兄、説教
「まったく…」
講堂全体に反響するほどに大きな声で叫んでから5分。行人は佐奈からマリィを引きはがし、佐奈に服を着せ、雪に現状の説明を求めた。そしてすべてが一通り終わり、腰に手をあて大きく息を吐いた。行人の眼前には服を着て正座をする佐奈と、貞操の危機が守られた安堵からかへなへなと座り込んだマリィ。そして我関せずといった調子で小説を読みつづける雪。
「まず神父。あんただけは冷静でいてくれて助かった。」
「意外だな、まずは止めなかったことを咎められるかと思ったが…」
「俺もそこまで馬鹿じゃない。あそこであんたが止めに行って佐奈に巻き込まれたりしてみろ。想像するだけでもぞっとするような結果しか待ってないだろうよ。」
「ということは…経験ありか?」
「まぁな。俺が襲われそうになってるのを止めに入ったクラスメイトを4人ほど巻き込みかけたことがあってな…」
佐奈は少しむすっとした様子でそっぽを向いていた。
「その時はどうやって止めた?」
「後ろから知り合いが佐奈の気を失わせてくれて事なきを得たんだ…」
マリィは先程の佐奈の不気味な笑いを思い返したのか身震いをする。
「次にマリィ。すまなかったな。」
「い、いえ…私は大丈夫です。」
「佐奈はストッパーが外れると止まらないんだ。だからあんまり刺激しすぎるとさっきみたいなことになっちまう。それを先に言っておかなかった俺の手落ちだ。本当に悪かったな。」
行人はマリィの髪の毛をくしゃくしゃと撫でる。するとマリィは心地良さそうに目を閉じていう。
「少し怖かったけどもう気にしていませんから。」
「そう言ってもらえると助かる…」
行人は安堵の息を漏らす。
そして深く息を吸い込み佐奈を見る。
「で、佐奈。お前はなにをしてたんだ?ん?」
「兄さんと関係を持とうとしていました。」
「素直でよろしい。」
そういうと行人は佐奈のこめかみを掴む。
「痛いです!!痛いです兄さん!!」
頭を捕まれた佐奈は手をばたつかせ抵抗する。
「それはそうだろう。痛くしているんだからな。」
「なんで痛くするんですか!?」
「お前の行動が元凶だろ!!」
「良いじゃないですか!!好きな人と関係を持っちゃいけないって誰が決めたんですか!?」
佐奈の反論に一拍おいて行人は口を開く。
「都知事だ!!」
「へ?」
行人の言葉がよく解らないのかマリィは首を傾げる。
「都知事が規制をし始めたから諦めろといっただろ!!」
「なんで恋愛を諦めなきゃいけないんですか!?」
佐奈は強い語気で行人に詰め寄る。
「別に青春禁止令が出されたわけじゃない!!普通の奴とは好きなだけ付き合えば良い!!」
行人も物怖じせずに言い合う。
「なんで兄さんはダメなんですか!?」
「俺がお前の兄、親族に値するからだ!!」
「そんな条例幻想です!!私の手でぶち壊します!!」
「いや、お前の手に幻想殺しついてないだろ。それにここもう東京じゃないぜ。」
雪の冷静なツッコミに空気は一瞬で凍り付く。
「し、しまったぁ…!!」
行人は苦悶の表情を浮かべ頭を抱える。
「お前詰めを忘れてどうするんだよ…」
「トウキョウ?ジョウレイ?何ですか?ソレ。」
「まぁ、こいつのいた世界では兄妹間の恋愛なんかが禁止されるようになったってわけだ。」
「はぁ…」
マリィは小首をかしげながらも了承する。
「に~いさんっ♪」
ビクッ
佐奈の笑顔に行人は肩を震わせ後ずさりを始める。
「ここはもう東京じゃないですしあんな忌々しい条例もここには存在しません。兄さんと私の愛をじゃあする不逞の輩はもうどこにもいませんよ。」
「い、いやまて…俺にだって恋人を選ぶ権利ぐらいある…!!」
「確かに兄さんには権利があります。それと同時に私を選ばなきゃいけない義務もあります。」
「滅茶苦茶だ!!」
ダンダンダンッ!!
行人と佐奈が言い合う中教会の門が叩かれた。
「ほ、ほら…人が来ただろ!!この話はまたいずれかにしよう!!」
「しょうがないですね…」
行人は命拾いをしたかの様に胸をなでおろし、佐奈は苛ついたようにそっぽを向いた。
「神父様、お客さんみたいですね。」
教会の門をたたいたものが声を上げる。
『スノー、スノー神父はいるか!!』
「おうおう、最高のタイミングで最悪な奴らが来たもんだ。」
「スノーって誰だ?」
「俺のこっちの世界での名前だよ。」
そして雪は大きく息を吐き面倒そうにつぶやく。
「はいはい、いますよ。」