兄、混乱
「で、どうするんだ?コレ。」
雪が指をさした先には頭のネジが吹っ飛んだ行人がうすら笑いを浮かべながら突っ立っていた。
「私が町長です。」
「あ、あの…ものすっごく怖いんですけど…」
マリィが恐る恐る行人に話しかける。
「私が町長です。」
「あ、あのイクトさん…?」
「私が町長です。」
「あの…」
「私が町長です。」
「ヒッ!!」
マリィは目にうっすらと涙を浮かべ雪に飛びつく。
マリィ、戦闘不能。
すると今度は佐奈が
「私がやります。兄さんへの対処法は全て心得ているつもりです。」
と言って行人に近寄って行った。
「兄さん♪」
「私が町長です。」
「に~いさん♪」
「私が町長です。」
「ふむ、なかなかこれは重傷ですね。」
「今のタイミングでわかる要素あったか?」
「いいえ、まったくわかりませんでした…」
雪とマリィが首をかしげる中佐奈は更に行人の近くへ寄った。
「はむっ…」
唐突に佐奈は行人の耳に甘噛みを始めた。
「なっなななななななななな何やってるんですか!?サナさん!!」
マリィは顔を真っ赤にしながら佐奈に言う。
「何って甘噛みですよ?」
「だだだだだだだだだから何でアマガミしてるんですかぁ!?」
「や、兄さんはいままでこれで必ず現実に帰ってきたので…はむっ…」
佐奈が色っぽい表情で行人に甘噛みを繰り返す。しかしその効果も虚しく行人は
「私が町長です。」
と、繰り返すだけだった。
「むぅ…これでもダメですか…」
佐奈は口元に手を当てて考え込む。これまで何があっても甘噛みで回帰してきた行人が今回は戻ってこない。それは佐奈にとっても初めてのことではあるし、マリィと雪に至ってはただただ傍観するしかなかった。
「こちょこちょこちょこちょ~」
ためしに佐奈が行人をくすぐってみても
「私が町長です。」
と、無機質に返すだけの行人。
「ふむ…」
佐奈は再び考え込む。
そして5分後…
「ああ、そっか。」
「なんか思いついたのか?」
雪があくびを噛み殺しながら佐奈に問う。
「はい、すっごく効果がありそうなことを考えつきました。」
そう言って佐奈は行人の制服に手をかけワイシャツのボタンをはずしていく。
「へ?サナさん?何しようとしてるんですか?」
マリィの問いかけに佐奈は素知らぬ顔で返す。
「や、今から兄さんのはじめてを私が奪ってあげようかと…」
全ての空気が凍りついた。
「何言ってるんですか!?」
「や、分かり易く言いますと兄さんのどうt…」
「言わなくていいです!!」
最早何の恥じらいすら持たない佐奈。この妹、なかなか危険である。
「や、でも最も強い快楽といったらやっぱり性行為かと…」
多分、間違ってはいないのだろうが場所が場所だ。白昼堂々晴れ渡った屋外、しかも神聖な教会の門前でだ。
「で、脱がせてどうするつもりだったんだ?」
雪は笑いを必死にこらえながら佐奈に問う。
「それは私も初めてですし兄さんが動けないので体位的には…」
佐奈も表情を変えずに返答する。
「さも当たり前のように受け答えするのはやめてください!!貴女仮にも女の子でしょ!?それに神父様もなに普通になじんでるんですか!!」
「や、恋する乙女に敵はないっていいますし…」
「敵はいなくても恥じらいを持ってください…って何脱がせてるんですか!!」
「や、ほら…兄さんを元に戻さないといけないですし…」
「その方法だけは絶対絶対ぜ~ったいダメ!!」
快晴の空にマリィの叫び声が響き渡る。
佐奈、失格。
「はぁ、お前らに任せようとした俺が馬鹿だったわ…」
行人は面倒そうにつぶやく。
「そう思うんだったら最初からそうして下さいよ…」
マリィは頭を押さえ大きなため息とともに呟く。
「いや、ほら…お前等が出来るのであればアイツにとってはいいだろうしな。」
「なんでですか?」
「まぁ、見てりゃわかるさ。」
そう言って雪は拳を鳴らす。
「ま、まさか神父様…」
「ああ、そのまさかさ。気ぃ失えば元に戻んだろ、きっと。」
単純明快な結論のようだ。
「え、ちょ…ちょっと、神父様?」
マリィがひきつった笑みを浮かべながら雪に問う。
「大丈夫だろ、多分。」
雪はそう言って行人の前へと歩いていく。
「私が町長です。」
「お前の言いたいことはよくわかった。だからもう…黙れッ!!」
「ほぶっ!!」
雪の正拳突きは行人の鳩尾にクリーンヒットし、行人はずるずると倒れこむ。
しかし、それでもなおこう呟いた。
「私が町長です。」
「うっせ。」
「へぶっ!!」
「私が…」
ゴスッ
「わた…」
バキッ
「わ…」
ドゴッ
2分後
「あ、あの…やり過ぎ…じゃないですか?」
「大丈夫、程良く気を失う程度にしか殴ってないからな。」
町長、ノックアウト