兄、召喚
「そうか、この世界が間違ってるのか!!そうか、そうなんだな!!」
大都会。人々が夢を求めやってくる場所。そんな都会のど真ん中のアパートの一室で行人は叫んでいた。
「まったく、朝から何を叫んでいるんです?」
妹の佐奈はあきれ顔で行人に問う。
「考えてもみるんだ佐奈。この世の中は人を裏切り欺いたものほど勝者となっていく。こんな世の中間違っている!!」
行人は拳を振るいつつ佐奈に向って力説を振るう。
「で、結局は何が言いたいんですか?」
あきれ顔のまま佐奈は行人に問う。
「こんな世の中を変えるために何か行動をしなくちゃならない!!俺は…俺はそう思うんだ!!」
行人はっすぐな視線で佐奈を見つめる。
「建前は結構。それで本音は?」
「あ、もうぶっちゃけ生きるのとんでもなく面倒だしこっから先嫌なことばっかりになっていくだろうからいっそのこと死んじゃおっかな?なんて思ったりしたのさ。…しまった!!」
「はぁ…」
佐奈のため息がアパートの一室に響く。
大川行人。職業、学生。勉学、運動、芸術と全てに秀でる天才。顔も美形で人当たりも良くクラスメイトからの人望もある。いわばクラスの人気者である。
しかしそれは世をしのぶ仮の姿。彼の正体は実は…
自堕落、無気力、自暴自棄。あえて言っておこう、ただのダメ人間であると。
大川佐奈。職業、学生。兄想いで、優しく思いやりのある少女。落ち着いた物腰と兄と同じく整った顔立ちから学園のアイドルとして人気を得ている。
「ホラ、学校に行きますよ。兄さん。」
「嫌だ、絶対に嫌だ!!」
意地でも連れて行こうとする佐奈に対し行人は布団から動こうとしない。
「何がそんなに嫌なんですか?」
「す、全てだ!!人の目が怖い、人と会話するのが怖い、人に会うのが怖い、人が怖い!!」
行人は学校どころか生存すら満足に出来ない様なしょうもない理由を掲げ布団の中に籠る。
「兄さん、対人恐怖症もいいところですよ。」
佐奈は行人を布団からひきはがし腰に手を当てる。
「な、何をするんだ佐奈!?」
「学校に行こうって言ってるんです。」
「だ、だから嫌だと…」
「お・に・い・さ・ま?」
佐奈は満面の笑みを浮かべながら行人を見つめる。
「はい解りました行きます私が間違っていました謝ります土下座します学校に行きます真面目に生活してみようととんでもないほど後ろ向きにですが検討してみようと思いますだからその手にある万能文化包丁1870円を下ろしてくださいお願いします。」
行人は観念してとりあえず目の前の佐奈に土下座をして命乞いをする。自殺はしたいが痛いのは嫌だ。それが行人のモットーだ。
通学路。学生がいちゃいちゃしつつ登校したり愛をはぐくんだりそれを妬んだりする場所。しかし大川兄妹にとってはスイッチを入れ替える場所である。
「大丈夫ですか、兄さん?」
「ああ、問題ない。いつもすまないな。迷惑掛けてしまって。」
先程の体たらくは何処へやら、行人は完全に優等生モードに入っていた。
「本当はいつもそうであって欲しいんですけどね。」
佐奈はあきれ顔で行人の3歩後ろをついていく。
「と言ってもな、佐奈。常にこうしていてはストレスがたまってしまう。」
行人は姿勢をただし佐奈の方を見る。あの体たらくさえなければ自慢の兄なのだと佐奈はいつも思う。
そうしていつものように校門の前につきいつものように別れを告げそれぞれの教室え向かおうとしたその時…
周囲に強烈な光が差し込み二人を包み込む。
「キャアアアアッ!!」
「佐奈ッ!!」
行人は佐奈に覆いかぶさるようにしてふたりは光に包まれた。
そして、ふたりが目を開けた瞬間に周囲に広がっていた光景は…
「草…原?」
「みたい…ですね…」
行人と佐奈は大草原の中にいた。しかし二人にはすぐにここが自分たちのいた日常でないことが分かった。
「さ、佐奈…アレは何だろうな?」
「わわわわ私に聞かないでくださいよ。」
ふたりの目の前にいるのはゲル状の体に間抜けな目を持ちうようよしている小型の生物。RPGなどでおなじみ、勇者たちに初期からずっと経験知稼ぎという名目上ボロクソにやられ続ける哀れな存在。そう、スライムだ。
「分かったぞ、佐奈。」
「なななな何がですか兄さん?」
ふたりはスライムと目があったまま会話を続ける。
「これは夢だ。」
「そそそそそうですよね。これが現実だなんてあり得るわけがないですよね。」
「「あはははははははははははははははは」」
ふたりはスライムと目があったままどちらからともなく笑いはじめる。
「夢なら刺激を与えれば醒めるはずだ。佐奈、試しにちょっと殴ってみてくれ。」
「わかりました。行きますよ…せーのっ!!」
バキャアッ!!!!
鈍い音にスライムがビクンと跳ねる。佐奈の手には行人の返り血がついている。
「どうです兄さん?」
期待に目を輝かせながら佐奈は行人に聞く。
「佐奈、一つ分かった事がある。」
「な、なんです?」
口元の血を拭いつつ行人はスライムから目をそむけ佐奈の方を見る。ここまでの激痛を伴ってもいまだに醒めることがない。ということはすなわち…
「これは…現実だ…」
草原に風が吹いた。