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笑い者になっていた私の前に、戦死扱いだった婚約者が魔王の首を持って帰って来たのですが。

掲載日:2026/03/17

 私には幼馴染がいた。

 辺境伯家の次男だったアレクシスは私の婚約者でもあった。


 彼は剣術に優れていて、成人すると同時期に戦場へ駆り出される事となった。

 この世界には魔王と呼ばれる人類共通の敵が存在した。

 アレクシスは魔王軍との衝突の度、最前線で武勲を上げ、彼は高く評価されるようになる。


 そしてついに魔王を追い詰め、最後の戦となるだろうと言われていた魔王城への進軍。

 しかしその途中――魔王と、最前線で戦っていた部隊が丸々消滅したという。

 姿を消した部隊の中にはアレクシスも含まれていた。


 当時の様子を目の当たりにしたもの曰く、本当に一瞬の事だったとのこと。

 魔王の足元から泥のような闇が溢れ出し、一瞬にして味方を丸呑みにし、姿を消したとか。


 魔王もその闇に呑まれて消えたために、初めは転移系の魔法ではなどと囁かれ、味方の生存を期待する声も多くあった。

 しかしそれも一年、二年と時が過ぎる内……『魔王は最後に自爆したのでは』という噂にすり替わって行った。


 五年経った今――行方不明者はもう見つからないだろう、と皆が諦めていた。

 そんな中、婚約者の帰りを待ち続けた私は結婚適齢期を逃し、アレクシスとの婚約も白紙にせず、社交界の笑い者になっていた。




 一年に一度、王宮で行われる大きな夜会に私は出席する。

 しかし私と踊りたがるような物好きもおらず、私とて異性と踊りたいなどという気持ちになれる訳もなく、会場の隅で息を殺していた。


 そこへ……


「あらあら、セシリー様。ご機嫌よう」

「イーヴァ様。ご機嫌よう」


 伯爵令嬢のイーヴァ様は私に近づくと挨拶もそこそこに嘲笑混じりの声で言う。


「セシリー様、本日はパートナーはいらっしゃいませんの? ……ああ、ごめんなさい! 毎日いらっしゃいませんでしたわね!」


 イーヴァ様の家は侯爵家である我が家よりも低い地位に在る。

 それでもここまで明らかな嫌味をぶつけられるのは、私が大勢の笑い者であるとわかっているからだ。


 ……イーヴァ様はアレクシスに恋をしていた。

 けれど彼は幼い頃から私を想っていた。そして私も彼を想っていた。

 だから彼女がアレクシスに付け入る隙などなく、イーヴァ様が言い寄ろうとしてもアレクシスははっきりと拒絶し続けていた。


 そんな苦い過去があるからこそ彼女は惨めな私を見つけては笑いたいのだろう。

 イーヴァの言葉に呼応するように周囲もくすくすと笑いだす。


「そうですね。本日はいません」

「『は』ではないでしょう? そんなに恥ずかしがらなくてもいいのですよ?」

「お言葉ですが、イーヴァ様」


 私はにっこりと笑みを浮かべる。


 脳裏に過るのは最後にアレクシスと別れた日――戦へ向かう彼と言葉を交わした時の事だ。


 彼は言った『必ず戻る。そしたら迎えに行くから、待っていて欲しい』と。


 私は彼の婚約者だ。

 未来を捧げる覚悟をとうに終えた婚約者だ。

 ならば私が彼の命を諦める訳にはいかない。


「私の婚約者、アレクシスは生きております。生きて帰ると約束しましたから。だから私は――信じております」

「な……っ、もう五年ですよ!? どうせ新しい婚約者が見つからないだけの癖に、往生際の悪い――」


 その時でした。

 夜会の扉が激しく開け放たれます。


「――国王陛下ッ!!」

「何事だ」


 転がり込んできたのは数名の衛兵。

 彼らの内の一人が慌てて声を上げる。


「き、帰還いたしました」

「……帰還?」

「――魔王討伐軍の最前線部隊が帰還いたしました!!」


 衛兵の背後からは数十の足音が迫る。

 やがて扉の先から姿を見せたのは激戦の痕跡を負った数々の兵だった。

 そしてその最前に立つのは――見覚えのある、待ち焦がれた姿。


 アレクシスや他の兵は一斉に膝を突き、首を垂れる。


「国王陛下へ拝謁賜ります。我が魔王討伐軍は只今、帰還いたしました」


 周囲は困惑の渦に呑まれ、辺りは一斉に静まり返る。

 国王陛下は唖然とし、暫し呆けた後に、自分の正面を空けるよう周囲に呼び掛けた。




 アレクシスは話す。

 最前線から姿を消してからというもの、魔王の魔法によって時空を歪められた空間で戦闘を続行していた事を。

 そして彼が魔王の首を打ち落としたと同時に空間から解放されたが、不安定な空間であったが故に座標がずれて偶然にも王宮の敷地内に転移したらしい事を。


 それから彼は国王陛下の前に魔王の首を差し出し……それが本物であることが宮廷魔術師によって認められる。

 瞬間、辺りからはワッと歓声が上がった。


「我が国の英雄たちよ、よくぞ帰還した。まずはゆっくりと体を休め、後日改めて表彰と共に報酬を与えよう。だがもし今すぐにでも欲するものがあるというのならば、申してみるが良い」


 国王陛下の申し出に真っ先に手を上げた者がいた。

 アレクシスだ。


「申してみよ」

「ハッ。どうか、我が婚約者セシリーのもとへ早急に向かわせていただきたいのです。彼女とはこの戦の終わりを機に生涯を添い遂げる約束をしておりました。まずは何よりも、彼女との約束を果たしたいのです」


 周囲の視線が一斉に私へ向けられる。

 傍に居たイーヴァ様は顔を強張らせ、肩を震わせていた。


 国王陛下は周囲の者の反応に気付いたのだろう。

 目を丸くしながら私を見た後、満足そうに微笑んだ。


「なるほど構わん。……が、どうやら迎えは必要なさそうだぞ」


 国王陛下に促され、アレクシスが顔を上げる。

 そしてその視線がゆっくりと私へ向けられ――彼は目を見開いた。


「ッ、セシリー……!」


 刹那、彼は私のもとへと駆け出した。

 瞬く間に詰められる距離。

 そのまま彼は止まることなく、私を腕の中に閉じ込めた。


「……おかえりなさい、アレクシス」

「っ、すまない、随分と待たせたみたいで」

「いいえ。……信じていたもの」


 私は何とか涙を堪えながら笑った。

 私とアレクシスは暫く互いに抱きしめ合う。

 漸く少し気持ちが落ち着き、腕を緩めた彼が一歩後ろへと下がる。


 そこで漸く、アレクシスはイーヴァ様の姿に気付いたらしい。

 彼の顔が徐々に強張っていく。


 ……イーヴァ様が私へ接触する時は決まって嫌味や皮肉を零す時だった。

 その事をアレクシスも知っていたからだろう。

 彼は何となく、私が社交界でどんな扱いを受けて来たのかを悟ったようだった。


 彼はイーヴァ様を睨み付けてから私を抱き寄せる。


「もしかしたら、俺の帰還が遅かったばかりに彼女を嘲笑う者がいたのかもしれない。だが――金輪際、彼女を笑うことは何人たりとも許さない! そのような者は見つけ次第、制裁する!」

「……ヒッ」


 睨まれたイーヴァ様が悲鳴を上げ、先程まで私を笑っていた人々は逃げるようにイーヴァ様から顔を背ける。


「……と、いう権利もどうかいただけませんか?」


 ひりつく空気から一変、アレクシスは笑顔で国王陛下にそう申し出る。

 陛下は目を丸くした後、愉快そうに声を上げた。


「ハッハッハ! 国の英雄がこれほどまでに一途とは! 構わん、世界を救った者に授ける権威としてはむしろ小さすぎるものだろう!」

「ありがたき幸せに存じます」


 アレクシスはそう言って頭を下げる。

 そしてこっそりと私にウィンクしたのだった。



***



 それからアレクシスは傷の手当てを受けて王宮に泊まることになった。

 しかし彼が私とは離れたがらず、私もまた離れがたさを感じていた事から、私も同室に泊まる許しを得る。


「まさか、五年も経ってるなんて」

「私の方がおばさんになってしまったわ」


 アレクシスは別れた当時のままの姿をしている反面、私はしっかりと五年分の歳を重ねている。

 元々アレクシスの方が二歳年上だったので、今は私の方が三歳上だ。


「もう少し可愛かった頃に帰って来てくれればよかったのに」

「馬鹿言わないでくれよ。セシリーは今もずっと可愛いじゃないか」

「調子が良いんだから」

「本当のことを言っているんだよ。……ねぇ、セシリー」

「なぁに?」


 アレクシスは私を優しく抱き寄せる。

 そしてすぐ近くで顔を近づけながら私の名前を呼んだ。


「信じて、待っていてくれてありがとう」

「当たり前でしょう、約束だったんだから。……でも」


 何でもない風に笑おうと思ったけれど、愛する人の元気な姿が目と鼻の先にあって、突然目頭が熱くなる。


「…………帰って来てくれて、ありがとう」

「……うん。ただいま」

「おかえりなさい」


 瞳から溢れた涙をアレクシスが優しく掬い上げてくれる。

 そして私達は互いの腕の中で、五年分の愛を分かち合うように深い口づけを交わしたのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!

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