9話
大統領選挙に向け与野党ともに過熱していく中、野党側の候補者が突然演説で告白をし、話題になっている。各出版社はその告白の一部を広め、多くがそれを目にした。
告白しよう。私は元男で本当の名はサムだ。見た目は男とはかけ離れているがね。理由は言うまでもないだろう。私にとってこの時代、この世界は地獄そのものだ。まるでそこに突き落とされたかのように。しかもそれは一時的なものではない。永遠だ。この未知の流行り病はフレアとは関係なく、しかもどうやらこれまでの後天性免疫不全よりも感染力が強くおまけに空気感染とまできた。そう、スタイルズが防護服を着ているように、それが無ければ男は生きられない。メディアは無知でフレアとの関連性はないからこれからこれから生まれてくる男は性転換の必要がないと報じたが、あれは嘘だ。実際はこの病がこの世から消えて無くなることはない。では問題は何故このようなことになったのか? あるフェミニストは天罰だと語る。何故? 神は人間を創造した。男と女だ。そしてこの世は男女がいなければ人間は存在しない。実際、世界規模で増え続けていた人間は急降下し、絶滅へと向かっている。アンチナタリズムも増えた。これが天罰? 私がいったいどんな罪を犯したというのか? この仕打ちはいったい何なのか? 罪のない男性が虐げられ喜び女性だらけの社会になって誰が特をするというのか? 私には分かる。これは人間による仕業だ。こんな不自然な現象が自然で起こり得る筈がない! そして、政府は原因を知っていてそれを我々から隠している! 私は必ず暴いてみせます。奴らのした罪を! この責任は連中にある!
更にサムはこうも主張している。その内容とは、自分は性転換はしたが同性愛者にはなれない。むしろ、彼の中では今もこれまで生きてきたサムという人生が消えて無くなったわけではないと主張している。そして、彼には信仰心があり、また、サムは異性愛中心主義でもある。そんな彼が性転換したことで、また、他の男性が性転換したことで、純粋な愛は生まれにくい環境になったと。つまり、彼の主張をまとめると、女性だらけの社会でどのようにして愛が生まれるのか、そして、愛を失った社会、この世の中は破滅へと向かい、それは人間という種の絶滅であると主張した。
対して一番注目を浴びているスタイルズに主張に対する意見を求めると、
家父長制に戻ることも男性権威主義に戻ることも出来ないし、戻ることに賛成もしない。勿論、政府が何かを隠しているならそれは公表すべきでしょうし、それは自分の公約にも掲げています。
と短く返答。しかし、どのようにして明らかにしていくのかは不透明だという批判は野党支持者から早速出ている。サムは関わった人物、そして責任者を全員法定に立たせ、裁きを与えると言い切った。スタイルズがそこまでするのか疑問が残る。また、多様性はこの変貌した社会でどのように築かれるべきか、難題は山積みだといえるだろう。サムはその問に対してそれは無理だと即答した。
◇◆◇◆◇
サムのいきなりの告白で世間の注目は徐々にスタイルズからサムに移り変わろうとしていた。サムのメディアの露出もそこから増えていった。
スタジオに呼ばれたサムは質問者からパンデミックについて早速問われた。
「あなた自身、パンデミックによる変化をどう見ていますか?」
「私にとってパンデミックは分断だと思う」
「と言いますと?」
「身の安全が保障された女性達と、そうでない男性達とはまるで別世界にいるようだ。だが、無論パンデミックによる差は今に始まったことではない。例えば別の感染症のパンデミックの際、ワクチンを入手できる国とそれが困難な国があるように、この世界は今起きているパンデミックの前から既に格差はあった。だが、それはこれまでのような男女にわけられたものではなかった。経済とは無関係に男女をパンデミックが隔て、その壁は生死と直接関係し、壁の向こうでは女性が生き残り、一方の男性は生き残れずに死んでいく。いや、ここではジェンダーとしての男女でなくセックスとしてのオス・メスになるだろうな」
「つまり、セックスとしてのオスはパンデミックによって殺されたと?」
サムは苦笑した。
「性転換しても本能としてのオスが消えたわけではないと考えている。本能はセックスの一部であり、強く見せたいと思うのも、女性から好かれたいと思うのも、オスとしての本能であり、社会的通念でなく生物学的な点でセックスだ。それはつまりパンデミックに完全に殺されたわけではなくセックスは生き延びていることにならないだろうか」
「なるほど、確かにそうですね」
そんなサムの思想に影響された者たちは次々とカミングアウトを表明した。いや、男性名を使い続けてきた人達もいたが、諦めて自分を閉じ込め精神に反し強引に運命を受け入れ適応しようとした人達が適応をやめ、サムのように男を宣言した。
◇◆◇◆◇
サラのいる老人ホームに入所する利用者達はそれを他人事のようにテレビを食い入るように観ていた。
「私達が現役の時じゃなくて本当に良かったよ。まるでカオスね」
サラはそれを聞いて苦笑した。返す言葉も見つからなかった。