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宇宙の彼方  作者: アズ
8/9

8話

 介護施設ではADLを維持する為に機能訓練が日中に行われる。その訓練にソフィアの姿があった。

「体調が悪くてからレベルが落ちたかなって正直思ったけど、戻って良かったわね」

「流石生命力が強いわね」

 職員が遠くから訓練を見届けながら会話をしているのを通り過ぎたサラとエマは偶然にも耳にしサラは「昨日から再開したんだよね」とエマに言った。

 ソフィアは平行棒を使って歩行の訓練を行っている。

「このまま走り出せるようになるかもね」とエマは返し、サラはそれに笑った。

 この国の介護は日本みたいな老人になったら老人ホームに行く人ばかりではなく、在宅でのケアを受ける人達がいる。かといって日本でも年金が少ない等々の家庭の事情で施設に入れられない場合がある。そういったヤングケアラー等の社会問題が起きているのだそう。介護保険等は日本の方が進んでいると思っていたのでそれは意外に感じた。とはいえ、この国にだって民間の保険がないわけではない。

 介護における事情は国によって様々ということだろう。施設の事情もサービスも。また、それは国だけでなく時代によっても変化する。例えばLGBTQ向けの高齢者施設があったり介護のジェンダーというものが考えられたりだ。

 エマに関して言えば彼女は性転換しているが、利用者がそこを気にすることはなかった。同性介護という点でもエマは女性として働いている。それにエマは満足している。

 そういったことも社会にとって大事なことなのだろう。

 サラも今の仕事に満足していた。




◇◆◇◆◇




 選挙は過熱しテレビでは誰がリードしているのか公表していた。それによれば野党は元州知事の女性にほぼ決まりそうな勢いだが、与党側は2名による拮抗した勝負となっていた。そのうちの一人があの防護服を着ていた男性、スタイルズだった。対する相手は元議員の女性。彼女はスタイルズは政治経験が全くないことをまず指摘し、その経験の差を早くにもってきた。それはスタイルズにとって痛いところにみえたが、スタイルズは過去の大統領で議員や州知事といった経験者でない人物が過去に大統領に選ばれたことをあげた上でこれまでの議員の実績を疑問視する反撃に出た。その戦いは予想外に盛り上がりを見せた。

 彼は最初の注目から成功していた。メディアは彼をスタジオに呼び、インタビューした。テレビやSNSで彼を見ない日はなかった。






「どうしてあなたは性転換をしなかったのですか?」

 訊かれたスタイルズはうんざりとした表情をしたが、それはマスクによって隠され、目元だけ眠気のような覇気か勢いを失った疲れ目になる。それでもスタイルズは何度も訊かれたその質問に義務感で答える。

「皆さんそれぞれの〈らしさ〉があると思いますが、それはアイデンティティであり、私にもそれはあります。どのように生きたいか、生きるかはその人自身が決めることですし、あなたはきっとそこに生死がかかっているから死生観の部分で命の方が大事だという前提があって訊いているのでしょうが、死生観もまた人それぞれで、それは宗教や哲学とかそういった思想や文化の違いは決定づけられないでしょう。そしてジェンダーもそうでしょ? ジェンダーに正解が一つしかないとは思いませんし、多くはそう思って理解しているかと思います。しかし、現実はそれを否定したり拒絶が行われたりする。まるで、そこに当たり前みたいな価値観といった絶対が、決定論があるかのように。死生観もまた同様です。例えば一般の高齢者を見てまだ生きてるの? とあなたは思わないでしょう。しかし、その人が重い病気や障害を持っていたらどうでしょうか? もし、そこで安楽死を何故選択しないのかと疑問に思っても、それはその人の死生観をどう考えているかにはならない。それは所詮その人の死生観、思想に過ぎず、それは絶対ではないからです。ですから、あなたの質問に私は何の意味があるのか分かりません」

 質問した女性は困惑した表情をした。

 だが、それを自分の部屋でワインを飲みながら観ていたサラにはスタイルズの言う事がなんとなく理解できた。それは介護も似ているからだ。介護も答えが一つではない。だから悩むことはあるし、何が正解なのかと考えたりする。しかし、一つ確かで重要なことはその人の願いや訴えといったことに耳を傾け尊厳を守ることだ。

 スタイルズの言う死生観にはどのように生きたいかという主張はそれだけでなく、望んでいたような死を迎えられるのかも含まれているのだろう。それは介護の領域にもある話しだ。

 それなのに多くがスタイルズに対し同じ質問を繰り返し、スタイルズは既に答えているにも関わらず、まるでそれに納得しないかのように、彼も女となり生きればいいという、どこか、そういった部分を感じ取っているからうんざりしたのだろう。しかし、スタイルズはそれを望んではいないし、他の男性もそうなのだろう。

 恐らく質問者にはそういった価値観が分からないのであろう。何故なら彼女の中で絶対的基準《命より大事なものなんてあるの?》があるからだ。

 スタイルズの答えは既にそれがあるから男性でいるのだ。つまり、彼女の質問に意味がないのは当然であり、彼女はスタイルズの意思はともあれ自分の命を大事にしていない人と思っている。男であることが命より大事なことなのか不思議でならないのだ。だから質問者は命がかかるなら全員女を選ぶだろうし、その逆も同じだと思っている。だが、それは致命的だと思う。

 例えば、ゲイ関連免疫不全と呼ばれ差別されていた時代、ゲイはゲイをやめただろうか? それはやめれるものなのか? 

 人がどんな理由や事情やその他を抱えようと、それは他者や例え神でさえ強制させることは出来ない。人の心までは。だから自然の法則に反していると、天罰が下されると言われようが、実際そうはならなかったし、そもそも事実ではなかった。





 質問者は咳払いし質問を変える。

「今、あなたは防護服を着て生活をしていますよね? 気をつけなければならないことは沢山あるでしょうし正直不便で……ごめんなさい、こんなこと言うべきではないんでしょうがそれが幸せな幸福な人生を送れるとは思えなかったもので」

「人生の99%が不幸だったとしても最後の1%が幸せだとしたら、その人の人生は幸せなものにかわるでしょう」

「マザー・テレサですか?」

「そうです。今、あなたには私が不幸に見えると言った。えぇ、そうです。あなたは既に私の過去を知っているから言いますが、過去に比べたら確かに幸せではありません。幸福とも言えない。ですが、私を応援してくれる支持者からの応援は私の活力となっているのは確かです。私は国民から必要とされる大統領になることで、それが私の1%の幸せになるのです」



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