7話
かつて、この国で最初にHIV/AIDSが流行した時、ゲイ関連免疫不全症と呼ばれていた。それは最初に発見した患者がゲイであり、ゲイのコミュニティ全体に急速に広まったことからゲイと関連付けられ、ゲイはその時代汚名を着せられ悪者扱いの対象とされていた。それは例えるなら、自然の法則に反した行為に対するこれはその報いであり、また、それを容認しようとした社会に対する天罰だといった個人的偏見が広まった事実がある。現在、それは事実でなかったとされたが、それまでのゲイは社会から差別されてきたのは明らかだった。
そして今回。どのような拡散なのか不明な点から解明される前に拡大し、それは男性中心に広がった。結果、未知という恐怖心から一部の女性は男性から病が移されるのではないかという恐怖があり、男性嫌悪が広まったのは確かなこと。
それはつまり男性が姿を消したのではない。その一部が男性達を追いやったに過ぎなかった。
それを男の口からインタビューで答え語られるまで、テレビを観ていたサラは全く知らなかった。
インタビューでは更に続き、男達は今どこにいるのかと質問がされると、男はその質問にはお答え出来ないと拒否した。
男は恐らく他の男性達の居場所を知っていると思われ、マスコミ達は男の行き先を尾行した。
だが、男がインタビュー後に向かったのは都市部のホテルだった。そこから男の行動は数日間の監視中、ホテルと外を行き来するのみでまるでホテルに住み着いているかのようだった。もしかするとマスコミの追跡以外に政府、警察からのトラッカーやGPSによる追跡を恐れてのことかもしれない。
一方でこのパニックを引き起こした病について新たな進展が見られた。太陽フレアが起きた運命の日、事故を調べていくと飛行機の他に軍用ヘリが落ちる事故があった。しかし、政府はそれを非公表にしていた。だが、事故現場にいた市民がいて、それをスマホで撮影していたのだ。ヘリは空港近くから基地へ向かう途中だった。メディアはそのヘリにこの原因を引き起こしたものが積まれ移送中だったのではないかと報じた。政府はそれを否定したが、その日の道では一部交通事故により渋滞が起きていた。また、一部匿名でその日厳重体制でヘリに積荷が運ばれたという告発を報じた。だが、信憑性は未だ不透明としメディアはその可能性を視野に更に調査を行うと報じた。
テレビを観ていた利用者達は恐ろしそうに「まるでこの世の終わりみたいだわ」と呟いた。どうやら化学兵器によるものだと信じているようだった。エマはそれを聞いて「まるで映画みたいな話しね」と言った。ナノマシンでターゲットだけを殺す兵器。それを取り除くことは出来ない。エマは観た映画の設定をそのように語ると、ヘリが落ちてそこにあった化学兵器がもし何者かに持ち出され、そいつが万が一過激な男性敵対主義の手に渡ったら、男性を殺そうとそいつを使うかもしれないねと言った。冗談で言ったのかもしれないが、利用者はそれを本気にした。サラはまさかと女性もごく少数患者がいたみたいだけどと言うと、手術をしていないけど男性を名乗る人だっているし、そもそも機械でも人間の男女を完璧に振り分けられないだけかもしれないと言った。私は返す言葉を失った。そういうことではなくて……しかし、時は遅し。時間がある利用者にとって話題は直ぐに広まった。エマが主任に呼び出されたのはその後だった。
◇◆◇◆◇
サラはエマを置いて先に一階にあるロッカールームへ向かった。そこには他の階の介護職がいてユニフォームから私服に着替えていた。
「お疲れ様です」
「あら、サラ。お疲れ。そういえば聞いた? あの廃虚に今年ロードトレインが何台も入っていったのを見たって言う人がいるらしいよ」
「そうなの?」
廃虚と呼ばれてるのはこの田舎にある謎の施設のことだ。宇宙船を打ち上げるカタパルトがあったりするのだが、その施設の職員とまず住民は見掛けたことがなかった。
「宇宙船でも打ち上げてくれたら少しはここも話題になって人が来てくれるんだけどねぇ」
「まさか男性が宇宙船に乗って宇宙へ移住とか?」
「まさか」
「ですよね」
「いや、あり得るか」
ロッカーの閉じる音が響くと、職員は「お疲れ」と言って部屋を出ていった。
「あり得るのかな」
サラは一人呟きながら着替えた。
それから着替え終わる頃にエマは戻ってきた。エマはうんざりした表情をしていた。利用者を変に不安がらせてはならない。それは例え冗談であっても。だが、エマがそこまで悪いことをしたというわけでもない。今回はたまたま運が悪かったと思えばいい。サラはエマを励まし、帰りにショッピングする約束をした。
エマの機嫌はそれで治った。
だが、不幸とは連続して起きる。数日後、施設で職員が数名退職する予定だと知った時は今より厳しいシフトになることに皆肩を落とした。既に他の施設ではここより酷いと聞いてはいたが遂にここも…… 。職員が絶望する中、若き施設長は職員の前でその対応策を発表した。それは施設に最新の介護ロボットを導入することだった。
これまでの介護ロボットとはパッとしないものばかりで前にパワードスーツが導入されたが、あれは着て介護するのも装着の着脱が面倒に感じて最終的にいらないなと思って使っていなかった。腰の負担なら、移乗の際にスライディングボードを使うなり工夫すれば負担の軽減は出来たものだ。しかし、今回はそれとはまるで違うものだった。
皆の前に現れたのは二足歩行で人型のロボットだった。人工皮膚に顔は人間そっくりにつくられてあった。服は施設のユニフォーム、ポロシャツを着ている。
「マジか……」
「これ、幾らしたの?」
ブツブツとざわめくのをよそに施設長は2つをそれぞれ2階と3階に設置すると発表した。
「これからあれが私達の代わりになるのかしらねぇ」
「私達も遂に必要無くなる時代が来たのか」
しかし、主任は「ロボットはこの2台のみですので、夜勤のシフトは辞めた人の分皆さんには夜間の回数が増えると思います」と告げた。
やっぱりそうなるのかと皆絶望に戻った。
ただ、このロボット。利用者には不評だった。人間ではないことがどうも怖いと感じ嫌がる利用者が出てきたのだ。中にはロボットを杖で突く利用者まで。
主任はまだ慣れていないだけだと言ったが、エマはそれに首を傾げた。
「ロボットに慣れた世代ならいけたかもしれないわね」
今じゃロボットはお茶くみロボットだ。
サラは頑張れと心の中でロボットに期待した。