【保険金詐欺③(Insurance fraud)】
次の瞬間、グッデイレスの心の何かが切れた。
ヤツの右手がテーブルの下に素早く動く。
俺は左手でテーブルの下に逃げようとするその手を掴んで捻ることも出来たが、逃げる手は追わずに反対に斜め上方向に移動させてヤツの右肩の下、つまり脇に廻してタイミングを見計らって思いっきり引き上げた。
パーン‼
わき腹から捻りあげられた男の手は天に向かって銃を撃ち、静かな店内に乾いた銃声が響き、穴の開いた天井から湿った埃が舞い落ちた。
「殺人未遂、拳銃不法所持は現行犯だな。あとは警察で殺人ほう助と保険金詐欺についてもジックリ調べてもらえ‼」
俺はその場でグッデイレスを取り押さえながら言うと、ヤツは俺に向かって「なんてバカなことをするんだ!」と言った。
“なんてバカなこと⁉”
悪人の最後の言葉にしては、変なセリフだと思った。
ヤツに言葉の意味を問いただす間もなく、近くに呼び寄せていた警察官たちが店に飛び込んできてヤツをさらって行った。
同じころ、俺の依頼人宅にも警察が事情聴取に訪れているはず。
事件の詳細は、破産寸前の工場主である俺の依頼人へ弁護士事務所から借金の取り立てに関して派遣されたパラリーガル(弁護士補助職)のグッデイレスが依頼人の家に出入りしていくうちに彼の財政事情のほかに家庭の事情にも気付く。
依頼人は既にカミさんから三下り半を突き付けられ、離婚寸前。
離婚となれば、依頼人は借金の他に、更に慰謝料も請求される。
そこでグッデイレスは依頼人に、保険金殺人の提案をした。
保険金さえ入れば借金を返すことができ、工場も続けられる。
かくして交通事故に見せかけた保険金詐欺は成功した。
あとは保険会社から金が振り込まれるのを待つだけ。
だが依頼人は考えた。
2人で申し合わせた保険金の分配金に当初異存はなかったが、グッデイレスはその金を特別収入として得られる一方、自分の方は借金の返済後に残るのは会社を維持していくための僅かな資金だけだと言う事を。
しかも会社を維持したとしても、また数年後には借金地獄に陥るかも知れないと言う不安。
そこで依頼人は考えた。
グッデイレスが不法移民であること。そして不法移民は刑事上の法的罰則が適応されれば強制送還もあり得ると言う事。
そこで探偵を雇って、彼の不利益になることを調べさせていたのだ。
しかしグッデイレスはバカじゃない。
彼は雇われた探偵たちに、自分は君たちの依頼人が保険金詐欺に関わっている事を調査していてそれはほぼ間違いない所まで調査が進んでいる事をにおわす。
そして探偵たちに、あまり深入りすると損をするから前金を貰ったのならすぐ手を引いた方が良いと提案し、探偵たちは彼の忠告に従った。
だが俺はそんなチンケな探偵じゃねえ!
元刑事。
しかも敏腕と言われた、レッテル付きの刑事。
銃や格闘戦だけでなく正義感も、誰にも負けねえ!
結局2人は保険金詐欺と殺人の罪で捕まった。
ピーターをはじめ元同僚たちに「さすがマックスだ!」と褒められた。
丁度警察から感謝状が出ると言う事で、その授与式に呼ばれた後、もと居た刑事課に立ち寄った時、取り調べを終えた依頼人とすれ違った。
依頼人は、すれ違いざまに俺に言った。
「こんなバカな奴に頼むんじゃなかった」と。
バカな奴……どこかで同じセリフを聞いた。
そう。 グッデイレスも似たようなことを言っていた。
何故?
俺は約束通りヤツの決定的な犯罪を見抜いたじゃないか。
これでヤツは当分ムショ暮らしか強制送還。
だから契約通り……んっ?
契約満了金は誰が払ってくれるんだ?
俺は振り返り、連れられて行く依頼人の後ろ姿を追っていた。
契約満了金が感謝状と言う一枚の紙切れに変わっていた事を、警察署の玄関を出たところでようやく気が付いた。
「Holy cow!(なんてこった!)」
呟いて天を仰ぐと、快晴の空から差す光が何だか俺に集まっているように眩しく感じた。
“Men are blind in their own cause” 人は己の正義のために盲目となる。
どこかで聞いた覚えのある、そんなことわざが脳裏を過ったが、まあコレはコレで良いんじゃないかと諦めて街で感謝状を入れる額縁を購入して帰ることにした。




