【保険金詐欺①(Insurance fraud)】
ブルックリン区の東、スミスストリートにある昔ながらのバー『Brooklyn Social』のカウンター席の一番奥に、その男は居た。
「やあ、君がアルベルト・グッデイレスかい?」
俺はそう言って男の右隣の席に座った。
男はカクテルグラスを片手に、スマートフォンを眺めていたが、俺に声を掛けられると持っていたスマートフォンの画面をテーブルに伏せて置いた。
「やあ、どこかで?」
男は知らない男に声を掛けられたと言うのに、怪訝な顔を見せずに愛想よく何処かであったのかと聞いた。
「ボロ工場の旦那に雇われた者。そう言えば分かるはずだ」
俺は男の顔を見ずに隣に座り、マスターにジムビームのコーラ割りを注文した。
「何人目だ?」
俺の質問に男は一瞬驚いて振り向いたが、直ぐに何の事かと聞き直した。
「惚けるのは無しにしてくれ。もっとも俺が何人目かは問題じゃない。問題はこれで終わりだと言う事だ」
「終わり?」
男はユックリと左手で持っていたカクテルグラスを置いた。
「ああ、終わりだ」と言って男の右手の傍に左手を置いた。
手を置いたのは、男が銃を取ろうとするのを抑えるため。
「何を言っているのか分からないが……」と男が言った。
「とぼけちゃイケねえ」
俺はこの “事件” について調査した結果を男に伝えた。
元々パラリーガル(弁護士補助職)のコノ男が弁護士から受けた仕事は、俺の依頼人からの借金の取り立てだった。
だが依頼人の会社は倒産寸前で返済能力もない。
このまま倒産してしまえば、貸し倒れで、そうなれば弁護士事務所に依頼した側も金は払わない(アメリカでは基本、弁護士の収入は成功報酬なので、裁判で負ける、もしくは依頼内容が通らなかった場合、依頼人は弁護士料を支払う必要はない)
「だからアンタは、家計が火の車で夫婦仲が悪くなった依頼人に付け込んで、保険金詐欺を仕組んだってわけだ」
「何を根拠に……ヤツのカミさんの事故は既に警察で正式に事故と断定されているのに、保険金詐欺だなんて馬鹿げている」
「確かに事故報告書は上がっているが、コレはあくまでも事故として考えた場合のことだ。ボーっとしてノーブレーキで対向車と、ぶつかることは高齢ドライバーならあり得ることだが、死亡保険に入ってたった数ヶ月で死なれた保険会社は黙っちゃいなかった。そこで保険会社は探偵を雇った。違うか?」
グッデイレスは静かにカクテルグラスを持ち、その液体を口に運んだ。
平然を装っているつもりだろうが、元刑事の俺の目は欺けない。
グラスに立つ微かな波紋が、店の照明に照らされ揺れていた。




