【胡散臭い仕事の依頼①(Shady job requests)】
最初こそハッキリとした声、そしてメモを真剣にとっていたが段々いいかげんになりテーブルから離れて窓際で煙草を吸ったりキッチンで珈琲を淹れたりして過ごしたが、結局その日に掛かって来た電話はコッチが期待するものではなかった。
次の日も似たような電話が続きウンザリしていたが、3日目以降にはそういった電話さえ掛かって来なくなった。
その電話がかかって来たのは、もう電話の事も忘れかけていた6日目の夕方の事だった。
「Yes, what can I do?(はい、なんか用?)」
既に仕事の依頼を受け付けることも忘れていた。
「Is this the Max Bell Detective Agency?(ここはマックスベル探偵社ですか?)」
喉が酒で焼けたような聞き取りにくい男の声だったが、相手は確かにマックスベル探偵社かと聞いてきた。
仕事の依頼だ!
俺は慌ててメモ帳とボールペンを探し、相手の要件を聞いた。
翌日の朝4時、ロングアイランド島ジャマイカ湾を渡った向こう側にあるロッカウェイビーチブールバード駐車場に止めた車の中に居た。
こんな時間に、こんな場所を指定してくるなんて、訳アリな野郎に違いない。
夏には入りきれないほどになるコノ駐車場も、シーズンオフの今は広大な駐車スペースに車は殆ど居ない。
空いた駐車場の中央に止めた車から降り、まだ暗い夜空を見上げながら煙草に火を点ける。
北斗七星が渡って来たマリンパークウェイ橋のシルエットと重なり、北風が煙草の煙を吹き流し俺は着ていたトレンチコートの襟を立てた。
ビーチの反対側、ジャマイカ湾沿いに見慣れない小型のSUVが走って来た。
おそらく依頼人の車だろう。
車は駐車場に入ると、ハイビームのまま真直ぐに俺に向かって走って来た。
“罠か⁉”
ハイビームを避けるため左手で影を作り、右手で腰に挿していたSIGザウエルP210-7を掴む。
M1911なら簡単に車を破壊出来るが、たった22口径しかないコノ銃だと正確にタイヤを撃ち抜くしかない……ってか、タイヤを撃ち抜けるのか?
直前になって車は減速して俺の車の隣に着けて止まった。
ヒュンダイのヴェニュー。
アメリカで最も安く買える車のひとつ。
しかも中古で買ったのか、あっちこち凹んで傷だらけで塗装も劣化していて、どう見てもボロだ。
「やあ、朝早くから、すまないね」
降りて来たのは小太りの中年の男。
安物の薄いダウンジャケットに作業用のズボン。
靴は汚れたスニーカー。
成功報酬は1万ドルだと電話で言っていたが、どう見てもその金を用意できそうな男だとは思えない。
「で、相手は?」
俺が聞くと男は持っていたA4の茶封筒の中から或る男の写真を取り出して俺に見せた。
画像が荒く、誰が見ても安物の監視カメラに映ったデーターの焼き直しだと分かる写真。
ヒスパニック系では珍しいタイプの誠実そうなハンサムボーイ。
男の名前はアルベルト・グッデイレス。
職業はパラリーガル(弁護士補助職)
依頼主の男は、コイツが不法入国者だと言うハッキリとした証拠と、犯罪歴を調べて欲しいと言った。