60ー終わった
(落雷の音!皇帝だわ)
リリアンはロヴェルとヨイテに皇帝とした会話を話した。
ヨイテは叫んだ。
「馬鹿げている!女神を降臨させようだなんて」
ロヴェルが低い声で言う。金の瞳は氷の様に冷たい。
「元々皇帝の常軌は逸している。やることは同じだ」
ロヴェルを見上げると、頭をぽんと撫でられた。
「帝国民を皆殺しにさせるわけにはいかない。心配するな。ヨイテがだいぶ皇帝の体力を削ってくれた」
リリアンの元にロヴェルが来る間、皇帝と対峙していたのはヨイテのようだ。
(皇帝と対峙できるなんて。ヨイテはやっぱりすごい魔術師なのね)
「ん?」
ふいに、嗅いだ事のある独特の香りが鼻をついた。ロヴェルのポケットから香る気がする。
「ロヴェル!まさか師匠から何か受け取ってない?」
「ああ、そういえば」
ロヴェルがポケットから出した小瓶は、見覚えのある色と香りの薬瓶だった。ビビがここ何年も研究していたものだ。――魔力回復剤。
リリアンは受け取ってすぐにグイッと飲んだ。リリアンの指にはまっていた指輪がさらさらと崩れた。
一瞬の出来事だったので、ロヴェルとヨイテは目を見張った。
「ハイ・ヒール」
リリアンはロヴェルとヨイテに向かって同時に唱えた。
金の粒が舞い、一瞬白い光に包まれる。
2人の傷はまたたく間に消えた。
ロヴェルとヨイテは手を握りしめ、感嘆の声を漏らした。ヨイテはリリアンの治癒術を受けるのが初めてかもしれない。
「すごい····」
3人は雷鳴が響く皇城へ急いだ。
皇城は火の海だった。雷が所々に燻ぶり、発火している。瓦礫の下敷きになっている使用人もいた。
「私は皇帝を探す。ヨイテ、リリアンを頼んだぞ」
「気を付けてね」
リリアンが言うと、ロヴェルはにやりと微笑って消えた。
(私は私の出来る事をやろう)
「お嬢様、どこから行きますか」
ヨイテが問うと、リリアンは挑むように言った。
「全部よ」
目を閉じて、集中すると人の気配が白く浮かび上がる。赤く光る者は軽傷。紫は重傷。
(もっと。もっと広げよう)
皇城を覆うくらいに。大丈夫。今回はエルフの里の様にはならないわ。
確信があった。まだまだ広げられる。皇都を覆うくらいなら行けそうだ。一人一人、陣の中に入れる。
(この危うそうな光は、ツエイク卿だわ。これは外して)
心の中で叫んだ。
(エリア・ハイヒール)
皇城の所々で白い光の柱が立った。またしても金の粒が空を舞う。
痛みによる叫び声は聞こえなくなり、リリアンはヨイテを振り返る。
「けが人はもういません。火消しは城の衛兵にまかせて、私達はカインツ卿の所へ加勢に行きましょう」
ヨイテは頷いた。
「流石です。お嬢様」
リリアンは微笑って言った。
「そうでしょう?私は帝国一の治癒術師だもの」
しばらく走ると、ラナの叫び声が聞こえた。
「お嬢様!避けて!」
ヨイテが素早くリリアンを抱えて飛んだ。リリアンが居た場所に大きな瓦礫の破片が突き刺さる。
ヨイテはひらりとラナの横に着地した。
「状況は?」
ラナの額から汗が流れる。
「悪いですよ。4人がかりでこれですから」
リリアンのエリアヒールで、ラナ達の負わされた怪我は治っている。しかしアーサーの方が優勢だった。
ヨイテはリリアンを柱の陰に降ろすと、低い声で言った。
「ではお嬢様、今からは鉄より硬いバリアを作ってくださいね」
リリアンは頷いた。
❉❉❉❉
鳴り響いていた雷鳴が止まった。暗雲だった雲が少し晴れ、すき間に青空が見えた。
上空に黒い点が見える。ロヴェルは黒い点に向かって風に乗り真っ直ぐ飛んだ。
近くまで飛ぶと、点は人の形に変わり、それが自分に似た人物であることが分かる。
金の髪が揺れ、金の瞳は濁って見える。その人物は息を整えながらこちらを見据えた。
「力を出し切りましたか?」
「そのようだ」
ロヴェルは剣先を皇帝に向けた。
「では、いつもの力試しを致しましょう」
「はは。力を使い切った私と、回復したばかりのお前とか?」
皇帝は力なく嗤った。
「ええ。もう引導を渡す時ですので」
「そうか。なら仕方ないな」
ロヴェルは振り上げた剣をおろした。
距離はあったが、皇帝の首はあっけなく飛んだ。
❉❉❉❉❉
アーサーとヨイテ達を戦いを、リリアンは飛び出したいのを必死で堪えながら見守っていた。
リリアンのヒールでは体力までは戻らない。カインツとエルディウス。ラナとヨイテの、4人がかりで相手をしていると言うのに、アーサーに隙がなく勝機が見えない。
(みんなにまた傷が増えていく)
リリアンが鉄より硬く張ったバリアの中で、自分の無力さに打ちひしがられそうになった時、上空から
風の刃が落ちた。アーサーの剣を持った右腕が飛んだ。
そのまま小さな竜巻が起こった。
粉塵が収まると、膝を地面に着け右腕を押さえたアーサーが見えた。
「もうやめろ」
上空からふわりと降りたロヴェルは、アーサーに何かを投げた。
一瞬見えた金色。すぐにヨイテがリリアンの前に立ち、見えなくなった。
ロヴェルから受け取ったものを抱きしめると、アーサーが何か呟いた。微笑んでいるようにも見えたが、一瞬だったので分からない。もう一度見た時にはアーサーは消えていた。
カインツが追おうとしたが、ロヴェルが止めた。
「追わなくていい。追跡は他で付けておく。あれだけの深手だ。時間の問題だろう」
ロヴェルはくるりとこちらを向いた。
リリアンはしゃがんだまま、バリアを解いた。
「終わったの?」
ロヴェルは少し微笑んだ。
手を広げ、リリアンを待っている。立ち上がり、胸に飛び込むとロヴェルもリリアンの肩に顔を埋めた。
そして長いため息を吐くと呟いた。
「ああ。終わった」




