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帝国一の治癒師リリアン・アナベルは 今日も仕事を選べない   作者: 織子
第二章

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59ー皇帝の望むもの


「ロヴェル!」

リリアンはロヴェルに抱きついた。力いっぱい抱きしめたつもりが、ロヴェルの方がリリアンを更に強く抱きしめている。


「良かった」

震える声を出すロヴェルに、リリアンは腕の力を強めた。


すぐにロヴェルはびくりと身体を揺らし、リリアンを離した。リリアンはまだ抱きしめていたかったが、あっさりと引き離されてしまった。


「来たな」

ロヴェルが呟くと、轟音と共に壁が外側から吹き飛んだ。



ロヴェルに庇われたが、砂埃に咳き込む。粉塵が収まると、廊下と逃げ込んだ部屋の壁がなくなっている。


「君たち師弟は建物を壊しすぎじゃない?」


少し離れた場所でエルディウスが言った。右の頬が赤く腫れている。

(エルディウスを殴ったのはロヴェルだったの?)


ロヴェルはリリアンを砂埃からも守ろうと、マントで覆った。顔を向けると、ロヴェルはふわりと微笑み、リリアンの頬にキスをした。


「ここで待っててくれ。アーサーとはケリをつけないとな」


そう言うとマントをリリアンに被せ、アーサーに剣を構える。


「助太刀しよう。君はこの後、皇帝も相手にしなければならないだろうから」

エルディウスも剣を構えながら言ったが、ロヴェルは無反応を貫いた。





ロヴェルが地面を蹴り、剣で薙ぐ。剣戟で壁が崩れたが、アーサーは少しの動作でそれを防いだ。爆音と金属のぶつかり合う音が響いた。リリアンは必死で3人を眼で追った。時折見える血しぶきに、リリアンは見ていられない程不安になった。


エルディウスが地面に倒れ、起き上がらない。なんとか立ち上がろうと歯を食いしばっている。


リリアンは咄嗟に立ち上がり、駆け寄ろうとした。

(治癒しなきゃ)


エルディウスが叫んだ。

「来るな!」


ビクリと止まる。エルディウスの前方を見ると、ロヴェルが立っている。立っているが、エルディウスより血だらけだ。

リリアンは目の前が揺らいだ。


(倒れては駄目。気をしっかり持ちなさい)


自身に叱咤をし、自ら頬を叩く。目ざとく気付いたロヴェルが言った。

「やめろ。叩くな」


(自分は血だらけになっているのに、私が少し頬を叩いたくらいで···)

リリアンは泣くのを堪えた。――が、堪えきれない。


「じ、自分だって。もう怪我しないで····」

ぼろぼろ泣きながら言った。懇願するように。




ぐにゃりと視界が揺れた。涙のせいではない。宙ぶらりんになった足が見えて、その下にロヴェル達が見える。

「ロ――」

パッと口が塞がれた。


「婚約者を泣かせるとは、情けないな公爵」

からかうような声が頭上から聞こえた。


「皇帝!」

ロヴェルが叫ぶ。

「陛下を付けろ。不敬だぞ。まぁもう反逆を企てたのだから関係ないのか。――アーサー。もう少し公爵の相手を頼む。私は試したい事がある」


「閣下!ツエイク卿は我々がなんとかします!お嬢様を追ってください!」

カインツの声だ。後ろからラナの声も聞こえた。

「お嬢様!」


(シュヴァルツの皆が来てくれた)

皇帝の手の中にいるものの、リリアンは安堵した。


皇帝は飛んで移動した。少し息が粗い。

(空間移動をしないのね。···疲れている?)


皇城のすぐ近くに降りた。

「ここは····」

「式典の場だ」

皇帝が応えた。皇太子の立太子式を行った場所だ。


「ここで私も皇帝の即位式を行った。伝承に女神が現れる場所だと記してあったからな」

ザワザワと落ちた木の葉や土埃が舞った。皇帝の眼に微かな怒りが見えた。


「だが女神は現れなかった。だから私は他の女神を信仰する奴らを消した。それでも現れない」

ぎらぎらと金の眼が光る。

「女神が愛する森の民を痛めつけたら、怒って現れるかと思ったが、それでも現れなかった」


ぞくりと悪寒が走る。

皇帝リリアンの肩を掴んで言った。

「お前は、会えたのだろう?分かるぞ。あの方の力を感じる」

「うっ」

掴んだ力が強い。指が食い込み、血がにじむ。


(女神に、会うためだけに?)

壊滅させられたエルフの里。ロヴェルの家族。


リリアンは皇帝を正面から見据えた。

「女神は来ません」

「なに?」

「あなたには会えないと」


皇帝はがくりと膝から崩れ落ちた。怒りを含んでいた金の眼は空虚に虚空を見ている。


「受け入れられない。何故だ?」

皇帝は虚空を見つめたまま言った。


「――‥‥いや、女神は慈愛に満ちている。ロハドに住まう者を全て消そうとすれば、きっと出てくる」


(何をばかなことを·····!)


皇帝の眼は狂気に満ちていた。ふらりと立ち上がり、リリアンを見た。

「お前は死んだら女神の元へ行くのか?ならば伝えてくれ貴方が降りてこない限り、貴方が大切に想っている者たちを殺すと」


「ご自分でお伝えください!」

リリアンは叫んだ。

「それは無理だ。私は死んでもあの方の所には行けない」

皇帝は淡々と話しながら、掲げた手をリリアンに向けた。バチバチと小さな雷のようなものが、皇帝の手のひらに集まっていく。


(魔力が全然戻らない!バリアが出来ない)

リリアンは慌てた。走って逃げようにも、腰が抜けたように力が入らない。


皇帝の手のひらから雷が放たれる寸前で、リリアンの足元に魔法陣が浮かんだ。刹那、透明の防護壁がリリアンを包む。


「お嬢様!」

振り向くと、ヨイテの姿が見えた。


「ぐっ」

風を切る音と共に、皇帝が小さく呻く。

ヨイテの少し後ろにロヴェルが見えた。ロヴェルが投げた剣が皇帝を掠めた。


「ロヴェル!」

「リリアン!無事か?怪我は?」


ヨイテが防護壁を消すと、リリアンはロヴェルに駆け寄った。遠目に見てもすごい怪我だ。涙が出そうで歯を食いしばる。


「あっ皇帝は?」

リリアンが振り向くと、皇帝の姿はなかった。


「今は良い。とにかく怪我はないな?」

「うん、ロヴェルの怪我治したいんだけど、まだ治癒術が使えないの····」

申し訳なくて情けなくて、また涙が湧き上がる。


「良い。怪我は大したことない」

こんなに血が出ていて、大したことがないはずがない。

「ヨイテもありがとう。よくここが分かったわね」

「ええ。公爵領じゃなくても、近くにいれば魔力感知くらい出来ます」


ヨイテも肩で息をしている。皆ぼろぼろだ。


「カイン達とアーサーがまだ戦っている。私は戻るから、ヨイテと一緒に居てくれ」


ロヴェルが戻ろうとした時、皇城から落雷と爆発音が響いた。





 








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