59ー皇帝の望むもの
「ロヴェル!」
リリアンはロヴェルに抱きついた。力いっぱい抱きしめたつもりが、ロヴェルの方がリリアンを更に強く抱きしめている。
「良かった」
震える声を出すロヴェルに、リリアンは腕の力を強めた。
すぐにロヴェルはびくりと身体を揺らし、リリアンを離した。リリアンはまだ抱きしめていたかったが、あっさりと引き離されてしまった。
「来たな」
ロヴェルが呟くと、轟音と共に壁が外側から吹き飛んだ。
ロヴェルに庇われたが、砂埃に咳き込む。粉塵が収まると、廊下と逃げ込んだ部屋の壁がなくなっている。
「君たち師弟は建物を壊しすぎじゃない?」
少し離れた場所でエルディウスが言った。右の頬が赤く腫れている。
(エルディウスを殴ったのはロヴェルだったの?)
ロヴェルはリリアンを砂埃からも守ろうと、マントで覆った。顔を向けると、ロヴェルはふわりと微笑み、リリアンの頬にキスをした。
「ここで待っててくれ。アーサーとはケリをつけないとな」
そう言うとマントをリリアンに被せ、アーサーに剣を構える。
「助太刀しよう。君はこの後、皇帝も相手にしなければならないだろうから」
エルディウスも剣を構えながら言ったが、ロヴェルは無反応を貫いた。
ロヴェルが地面を蹴り、剣で薙ぐ。剣戟で壁が崩れたが、アーサーは少しの動作でそれを防いだ。爆音と金属のぶつかり合う音が響いた。リリアンは必死で3人を眼で追った。時折見える血しぶきに、リリアンは見ていられない程不安になった。
エルディウスが地面に倒れ、起き上がらない。なんとか立ち上がろうと歯を食いしばっている。
リリアンは咄嗟に立ち上がり、駆け寄ろうとした。
(治癒しなきゃ)
エルディウスが叫んだ。
「来るな!」
ビクリと止まる。エルディウスの前方を見ると、ロヴェルが立っている。立っているが、エルディウスより血だらけだ。
リリアンは目の前が揺らいだ。
(倒れては駄目。気をしっかり持ちなさい)
自身に叱咤をし、自ら頬を叩く。目ざとく気付いたロヴェルが言った。
「やめろ。叩くな」
(自分は血だらけになっているのに、私が少し頬を叩いたくらいで···)
リリアンは泣くのを堪えた。――が、堪えきれない。
「じ、自分だって。もう怪我しないで····」
ぼろぼろ泣きながら言った。懇願するように。
ぐにゃりと視界が揺れた。涙のせいではない。宙ぶらりんになった足が見えて、その下にロヴェル達が見える。
「ロ――」
パッと口が塞がれた。
「婚約者を泣かせるとは、情けないな公爵」
からかうような声が頭上から聞こえた。
「皇帝!」
ロヴェルが叫ぶ。
「陛下を付けろ。不敬だぞ。まぁもう反逆を企てたのだから関係ないのか。――アーサー。もう少し公爵の相手を頼む。私は試したい事がある」
「閣下!ツエイク卿は我々がなんとかします!お嬢様を追ってください!」
カインツの声だ。後ろからラナの声も聞こえた。
「お嬢様!」
(シュヴァルツの皆が来てくれた)
皇帝の手の中にいるものの、リリアンは安堵した。
皇帝は飛んで移動した。少し息が粗い。
(空間移動をしないのね。···疲れている?)
皇城のすぐ近くに降りた。
「ここは····」
「式典の場だ」
皇帝が応えた。皇太子の立太子式を行った場所だ。
「ここで私も皇帝の即位式を行った。伝承に女神が現れる場所だと記してあったからな」
ザワザワと落ちた木の葉や土埃が舞った。皇帝の眼に微かな怒りが見えた。
「だが女神は現れなかった。だから私は他の女神を信仰する奴らを消した。それでも現れない」
ぎらぎらと金の眼が光る。
「女神が愛する森の民を痛めつけたら、怒って現れるかと思ったが、それでも現れなかった」
ぞくりと悪寒が走る。
皇帝リリアンの肩を掴んで言った。
「お前は、会えたのだろう?分かるぞ。あの方の力を感じる」
「うっ」
掴んだ力が強い。指が食い込み、血がにじむ。
(女神に、会うためだけに?)
壊滅させられたエルフの里。ロヴェルの家族。
リリアンは皇帝を正面から見据えた。
「女神は来ません」
「なに?」
「あなたには会えないと」
皇帝はがくりと膝から崩れ落ちた。怒りを含んでいた金の眼は空虚に虚空を見ている。
「受け入れられない。何故だ?」
皇帝は虚空を見つめたまま言った。
「――‥‥いや、女神は慈愛に満ちている。ロハドに住まう者を全て消そうとすれば、きっと出てくる」
(何をばかなことを·····!)
皇帝の眼は狂気に満ちていた。ふらりと立ち上がり、リリアンを見た。
「お前は死んだら女神の元へ行くのか?ならば伝えてくれ貴方が降りてこない限り、貴方が大切に想っている者たちを殺すと」
「ご自分でお伝えください!」
リリアンは叫んだ。
「それは無理だ。私は死んでもあの方の所には行けない」
皇帝は淡々と話しながら、掲げた手をリリアンに向けた。バチバチと小さな雷のようなものが、皇帝の手のひらに集まっていく。
(魔力が全然戻らない!バリアが出来ない)
リリアンは慌てた。走って逃げようにも、腰が抜けたように力が入らない。
皇帝の手のひらから雷が放たれる寸前で、リリアンの足元に魔法陣が浮かんだ。刹那、透明の防護壁がリリアンを包む。
「お嬢様!」
振り向くと、ヨイテの姿が見えた。
「ぐっ」
風を切る音と共に、皇帝が小さく呻く。
ヨイテの少し後ろにロヴェルが見えた。ロヴェルが投げた剣が皇帝を掠めた。
「ロヴェル!」
「リリアン!無事か?怪我は?」
ヨイテが防護壁を消すと、リリアンはロヴェルに駆け寄った。遠目に見てもすごい怪我だ。涙が出そうで歯を食いしばる。
「あっ皇帝は?」
リリアンが振り向くと、皇帝の姿はなかった。
「今は良い。とにかく怪我はないな?」
「うん、ロヴェルの怪我治したいんだけど、まだ治癒術が使えないの····」
申し訳なくて情けなくて、また涙が湧き上がる。
「良い。怪我は大したことない」
こんなに血が出ていて、大したことがないはずがない。
「ヨイテもありがとう。よくここが分かったわね」
「ええ。公爵領じゃなくても、近くにいれば魔力感知くらい出来ます」
ヨイテも肩で息をしている。皆ぼろぼろだ。
「カイン達とアーサーがまだ戦っている。私は戻るから、ヨイテと一緒に居てくれ」
ロヴェルが戻ろうとした時、皇城から落雷と爆発音が響いた。




