58ー脱獄
「――な、何ですって?私に魔力封字をかけた上に誘拐?」
リリアンはエルディウスの拘束を外した事を後悔した。
エルディウスは拘束具の跡が付いた腕をさすりながら言った。
「心配しないで。僕にはもうほとんど魔力が残ってないから。聖力を込めていた剣も折られちゃったし‥‥」
心配するなと言っても無理な話だ。
「何故私を攫う必要が?ロヴェルと折り合いが悪かったみたいだけど‥‥」
リリアンは距離を取りながら聞いた。
エルディウスは微笑んだ。力のない微笑みに、リリアンは少しだけ昔を思い出した。
(何かを諦めた時、エルはこんな顔で微笑ってたわね。たしか、あの時は中央神殿を離れる時だった)
「理由はここを出られたら言うよ。それより。リリィのその魔力、どういうこと?」
「え?」
「そんな魔力は今の君にはない筈なんだけど‥‥おかしいな」
エルディウスが思案しながら言う。
そう言われても、リリアンにも分からない。
「エル、この魔力封字取れないの?」
「君の魔力がもう少し溜まれば、自然に取れる」
「――あ」
リリアンは唐突に思い出した。
「そういえば、さっき寝てる時に女神が力を貸すって言ってたわ」
エルディウスは目を見開いた。
「女神が?リリィ、女神に会ったの?」
リリアンはエルディウスの剣幕に慌てた。
「夢でよ!夢」
「夢でも、もう何百年も女神との接触をした人はいないんだよ。皇帝以外で」
「皇帝は女神に会えるの?」
「ロハドの皇帝は、即位する時に女神と邂逅すると言われているよ。真偽は皇帝しか分からないけど。ただ、今の皇帝の女神への執着は深い」
「ロハド‥‥」
このロハド大陸に、帝国は今やここエゼルバルド帝国だけだ。現皇帝カイエン・エゼルバルドが一代で築き上げた。
女神の言葉を思い出す。
(女神が会えないと言ったのは皇帝の事なのかしら····)
ドーーン!!
爆発音が外から聞こえた。
「公爵がだいぶ派手に始めたようだね」
エルディウスはそう言うと、自身に治癒術を施した。
足はおそらく折れている。苦痛に顔を歪めるのを見て、リリアンは言った。
「私がやろうか?私がやると、痛みが少ないみたいだから」
きょとんとして、エルディウスは微笑った。
「いいよ。リリィは魔力を少しでも残しておいて」
しばらくすると、治癒が完了したようで、腕を伸ばしたり足を伸ばしたりしている。
「よし。思ったより動けそうだ」
ガチャリ。扉の開く音を聞き、エルディウスはリリアンを背に庇った。
皇帝とは違う、重たい空気が漂った。その人物は全身に黒い鎧を身にまとい、瞳が暗く光っている。人を殺す目だ。
「ほう。抜け出るほどの魔力が残っていたとは」
「···アーサー·ツエイク」
黒の鎧を纏った人物を見て、エルディウスの額に汗が流れる。
「ツエイク卿、陛下に付いていなくていいのですか?」
エルディウスの手に剣が召喚される。以前皇城で見た剣とは違うようだ。
「エルディウス。即席の剣を私に向けるな」
リリアンはエルディウスに小さな声で聞いた。
「誰ですか?」
「アーサー・ツエイクは皇室騎士団団長で、皇帝の右腕と言われる騎士です。更に公爵の剣の師でもあります」
「そ、それは····とっても、お強そうね」
さすがのリリアンも血の気が引く。対峙して良い相手ではなさそうだ。
「ええ。なので、逃げましょう」
眩い閃光がエルディウスの手から放たれた。真っ白な強い光に、リリアンは咄嗟に目を閉じた。
次に目を閉じたのは一瞬だったはずだが、目を開けた時には長い廊下をエルディウスに抱えられ走っていた。
「す、すごい光だったわ」
「光属性ですから」
エルディウスは走りながら答える。
「逃げ切れるの?」
「無理ですね」
はっきりとした返事に、リリアンは覚悟を決めた。
「どうするの?」
「リリィはバリアが得意でしょう?もう少し魔力が回復すれば使えるはず。時間を稼ぎます」
(何故知っているのかしら)
リリアンを庇いながらだと対峙出来ないということだ。リリアンは抱えられたまま頷いた。
奥の部屋に素早く入る。
「魔力は溜まった感じがしますか?」
エルディウスの問いに頭を振る。いつもの魔力の5分の1も感じない。
対峙して、エルディウスもツエイク卿に勝てるのだろうか?先ほどの言葉が気になる。
「即席の剣とはどういうことですか?」
「ああ。今持っているこの剣の事です。10年かけて私の神力を染み込ませた剣はこの間皇帝に折られました」
「では、本来の力が出せないということですか?」
エルディウスはちょっと目を逸らした。
「まぁ、そう言う事になります」
エルディウスは静かに立ち上がった。
「ですが、貴方が逃げる時間くらいは稼げます」
リリアンも立とうとすると、エルディウスの手に止められた。
「動かないでくださいね。来られても足手まといにになります」
冷ややか眼でぴしゃりと言われ、リリアンは固まった。
エルディウスが廊下を出てすぐだ。何かを殴る音が聞こえ、エルディウスの呻き声が聞こえた。
エルディウスを殴ったであろう人物の足音が、一歩、一歩と扉に近付く。
扉の前で足音が止まった。リリアンは恐怖で動けない。先ほど見た漆黒の鎧。目を瞑ると、刺すような暗い眼が脳裏に過った。
「リリアン」
耳に馴染みのある声。顔を上げると、目の前に焦がれる金髪が見えた。




