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帝国一の治癒師リリアン・アナベルは 今日も仕事を選べない   作者: 織子
第二章

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55ー略奪


一通り話し終わると、リリアンは眠ってしまった。やはり、魔力を大量に使ったからだろう。しばらく起きそうにない。

規則正しく寝息を立てるリリアンをしばらく眺めていたが、なんだか悪い事をしているようでその場を離れた。


「そこに誰かいるか。カインツを呼んで来てくれ」


外にいるシュヴァルツの騎士に声をかける。騎士は一礼してカインツを呼びに行った。




「閣下、お呼びですか」

しばらくしてカインツが現れた。


「ああ。ドミナート嬢の様子を見てきてほしいのだが―···」

かすかな違和感。ロヴェルは素早く剣を抜きカインツに向かって振り下ろした。

(しまった。立ち位置が悪い)



ロヴェルの剣をヒラリと交わして、カインツは一回転してリリアンの眠っているベッドの上で剣を構えた。


「やはり貴方は騙せませんね」


向き合った時には、すでにカインツではなかった。銀髪の間から怪しく光る紫色の瞳。エルディウスは片手で剣を構えたまま、寝ているリリアンを抱き上げた。


ロヴェルの剣気で地面が揺らぐ。


「閣下!」

廊下に待機していたヨイテとラナも部屋に入るなり剣を構えた。


「エルディウス···彼女を離せ」

ロヴェルの声が地面に低く響く。怒りが抑えられず、溢れる剣気で壁にヒビが入る。


エルディウスは気にした風もなく、懐から取り出した指輪をリリアンにはめた。


「うっうぅ」

リリアンが目を閉じたまま呻いた。


「魔力封字のアーティファクトか」

ヨイテが呟く。


「ええ。魔力がたいぶ減っているので、ようやく封じることが出来ます」

エルディウスは口に笑みを浮かべたまま言った。



「エルディウス!?貴様何をしている」

騒ぎを聞き王太子も部屋に飛び込んで来た。部屋を見渡し、状況を確認するとロヴェルを諭す。


「落ち着け公爵。剣気を収めろ。フォルツナー嬢まで怪我をするぞ」


とても収められない。怒りでどうにかなりそうだった。左手を握りしめ、なんとか耐える。爪が食い込み、血が流れた所で冷静さが少し戻った。


ヨイテにちらりと合図を送る。一瞬の隙さえ出来れば、奪い返せる。


「やめたほうがいい。妙な動きがあれば、リリィに怪我が増えるだけです」

エルディウスが剣先をリリアンの首すじに向ける。ロヴェルは自身に冷や汗が流れるのを感じた。


「貴方はお嬢様が大事なのではないのか?」

ラナが堪らず声を上げた。


「大事です。ですが貴方たちと違い、私は傷つけても治癒することが出来る。足を折ったとて、腕を折ったとて、あとで治せばいいのです」


顔に優しい微笑みを称えたまま、とんでもないことを口にした。狂気が滲み出ている。



「陛下と何か契約を結んでいたのではないのか?こんなことをして、今の立場も危ういぞ」

皇太子が言うと、エルディウスは嘲笑った。


「陛下には感謝しています。彼女と再会出来ましたから。陛下との契約は目的までの手段だったので、目的が達成した今、契約は終わりです。教皇である必要もない」


エルディウスが片手を上げた。

「残念でしたね公爵。ここが公爵領であったなら、貴方の部下の追跡魔術が効いたのでしょうが」  


リリアンを抱き抱えたエルディウスの姿がぐにゃりと歪む。



「待て――」

ロヴェルの静止は届かず、2人は空間に吸い込まれるように姿を消した。







❉❉❉❉❉❉❉


エルディウスは子爵家の私生児として産まれた。

母は出産の時に亡くなり、幼い頃から家族に蔑まれて過ごした。物心つく頃には、感情もなく気味の悪い子供になっていた。


日常的な暴力に耐えきれなくなり、7歳の時に逃げだした。何日も何日も歩き、傷が膿んで歩けなくなった頃小さな教会に辿り着いた。


「いたいのいたいのとんでいけ」

「·····?」

しゃがみ込んだまま寝ていたようだ。気付くと自分と同じくらいの子供が、手をかざして何かしている。


「何してる?」

「治してる」


(僕と変わらないくらいの子が?治せる訳ないだろう)


教会のドアを叩く気力もなく、蹲ったまま痛みに耐えていたら、嘘のように痛みが消えた。感覚がなくなっていた腕も、赤黒くうっ血していた足も、所々にあった切り傷まで綺麗に治っていた。きらきらと、自分とその子の周りに金の粒が舞っていた。


顔を上げると、薄紫色のふわふわした髪の女の子が微笑んでいた。


「ね?もう大丈夫」 


しばらくすると、2人で教会の門を叩いた。

リリィは昨日教会に母親と来ていたらしい。「もう少し待ったらママが迎えに来る」と言っていたけど、お腹も空いたし、リリィのママは迎えに来ないだろうと思ったから教会に入った。


僕たちを出迎えた教会の司祭は、リリィを見るなり中央神殿に使いを送った。見るからに魔力の高そうな子供だ。小さな神殿では持て余す。


リリィと一緒に来た僕も、それなりに良い待遇を受けた。3食ごはんが出てきたし、僕を誰も殴らなかった。


中央からの迎えが来るまで、2ヶ月ほど、リリィと僕は共に過ごした。朝目が覚めて、夜に眠りに付くまで。同じ布団で寝ていたから、眠りについている間も一緒だった。

僕の宝物のような2ヶ月。もうこれ程幸福な時間は得られないだろう。


リリィが中央神殿に行ってしまってからもずっと、ずっと彼女の事を思って来た。魔力が少ない僕が、彼女に会うためには聖騎士にならないといけなかった。血の滲む努力を経て、聖騎士になった時には彼女はどこにもいなかった。

それでも、彼女が癒やしの魔術を使う限り、神殿との縁は切れない。

なんとしても、彼女を見つけ出したかった。


(やっと。やっと手に入れた)



シュヴァルツの目を盗むのもそうだが、皇室の目を盗んで暮らさないといけない。いつまでも隠れて暮らすつもりはないが、しばらくは身を隠さねば。


リリアンが納得しないかもしれない。

(まぁ、しばらく寝かせておいてもかまわない。1年でも2年でも。それくらい経てば、公爵も諦めるかもしれない)


聖神国からもシュヴァルツからも離れた場所に転移した。移動できるぎりぎりの距離だ。

用意した小屋のベッドにリリアンを寝かせ、周囲を確認する為に外に出た。




「――お前も、公爵も、ソードマスターになったくらいで私の事を侮りすぎじゃないか?」


冷酷な声が響いた。

空気が重くなり、周囲の重力が変わったかのように立っていられず膝を着く。

(しまった)


小屋は皇室騎士団に取り囲まれており、皇帝が薄く嗤いながら近付いて来る。


皇帝が剣を振り上げた。エルディウスも咄嗟に剣で防いだ。防いだつもりが、防げておらず、エルディウスの剣は折れ、血しぶきが舞った。


「連れて行け」

皇帝の声が聞こえたが、エルディウスはもう動けなかった。




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