4ー女神の娘②
女神の娘とは、帝国での魔力の高い女の子のことを意味する。
紫の髪色や紫の瞳を持って生まれると、だいたい教会に送られ、祀られる対象になるのだ。
髪と瞳、両方女神の色を持って生まれたリリアンも例外ではなく教会へ送られた。
リリアンが前世を思い出した頃には、すでに教会で暮らしていた。
教会が特化しているのは治癒術。あらゆる治癒術と、前世の記憶もありリリアンの治癒術はあっという間に最高峰になった。
10歳になる頃には、教皇として祀られ、高位貴族や皇族の身分の高い者にしか治癒を施せなくなった。
身分が重きを置かれるこの世界で、助けられない命が多すぎた。リリアンは教会から逃げだした。
(どうしよう········)
見事な金髪のロヴェル。明らかに皇族の証がある彼に、見つかってしまった。
リリアンは青ざめて下を向いていた。
「とりあえず、リリアン立てるか?」
あまりにもいつもと同じトーンの声に、リリアンは目をぱちくりさせた。
「――ん?立てるけど、ロヴェル。それだけ?」
「聞きたいことはあるけど、とりあえず戻ろう。濡れたままだと風邪を引くし」
ロヴェルはそう言ってリリアンの手を引っ張って立たせた。
しかし、リリアンは立てると思っていたのだが、殴られたお腹の痛みと、緊張が溶けたからか膝からカクッと座りこんだ。
「うーん」
ロヴェルは少し唸ると、マントを外しリリアンの足にかけた。
「失礼」
呟くと同時にリリアンを抱き上げて地面を蹴った。
「えっ」
リリアンは思わず小さく叫ぶ。
ふわりと風に乗り、跳ねるように空中を跳ぶ。
「えっえっロヴェル、魔法も使えるの?」
「風魔法を少しだけなら。リリアンは治癒以外は使えないのか?」
リリアンは口をつぐんだ。
使えないと言った方が正しいかもしれない。攻撃魔法も当たらなかったし、風魔法は使おうと思えば使えそうだが、空を移動するなんてとても無理だ。
辺りは真っ暗で、空にぽっかりと月が浮いている。
リリアンは空を跳んで嬉しくなった。
ロヴェルと、後ろに見える月を交互に見ながら微笑んだ。
「ロヴェル、本当に月の妖精みたいね」
ロヴェルの瞳にまた驚きの色が加わった。少し見開き、納得いかないように言った。
「いや、それ嬉しくないから」
寝床に戻ると、カインツが慌てて駆け寄ってきた。
「ロヴェル様!リリアン様!心配しましたよ!どこに行ってらしたのですか········っえ?」
カインツはリリアンを見て、現世でいう芸人のように驚きの表情でかたまった。ポーズまで決めている。
リリアンは思わず笑った。
「ふっふふふふ。ちょっとカインツ卿、笑わせないでください」
「ふっ」
2人は素早く声の主を見た。
(あの仏頂面のロヴェルが!!笑ってる!)
ロヴェルの顔はすぐに戻ったが、リリアンは可笑しくてまた笑った。
服を乾かしながら、リリアンは一応聞いてみた。
「私のこと、見逃してくれるの?」
ロヴェルはこちらを見ずに答えた。布を1枚巻いているだけなので、恥ずかしいのか、マナーだと思っているのか。
「そうだな。報告はしない。」
「何故?皇族にも指名手配されてると思ってた」
「シメイ手配?なんだそれは?初めて聞く言葉だな。それと私はまだ皇族ではない」
「え?見事な金髪だからてっきり········ん?まだ?とは」
「迷い中なんだ。詮索するな」
ピシャリと言われてリリアンは反省した。
「ごめん······」
しょんぼりしたリリアンにロヴェルは慌てた。
「自分でもまだ結論が出ていないんだ。聞いても答えられないから······」
「リリアン様、ロヴェル様の立場はちょっと複雑なのです。しかしどのようになってもリリアン様の害になることはありません」
カインツが補足してくれて、リリアンは頷いた。
ふと、カインツの足元にある草を見て、リリアンはいきなり立ち上がった。
「それ!どこにあったんですか?!コカの葉!!」
カインツは驚いている。
「えっどれですか?」
「足元にあるそれです!」
「ああ、これは先程見つけて綺麗だったのでいくつか採って来たのです。これがお探しの植物だったのですね」
リリアンは興奮した。
「カインツ卿、すぐに案内してください!」
カインツはものすごく申し訳なさそうにリリアンに言った。
「リリアン様、明日にしましょう。とりあえず、落ち着いて······えっととにかく落ち着いてください」
2回言われた。
リリアンは巻いた布が今にもずり落ちそうなことと、気を使ってロヴェルがものすごく遠くに行ったことに気付き、顔から火が出そうになった。
カインツに言われたとおり、とりあえず落ち着いたリリアンは、大人しく寝床に着いて明日を待つことにした。
朝、支度が終わり次第出発した。
カインツに案内してもらい、コカの木の群生地を見つけることが出来た。
コカの葉は普通の葉だが、実が白くふわふわと起毛していて綺麗なのだ。
カインツが気に入り、思わず採ってきたことにも頷ける。
「これで師匠の足の痛みもマシになるわ。ありがとう」
リリアンは心からお礼を言った。
目的が達成出来たからか、帰り道は楽しかった。モンスターは数匹出たが、それ以外はのんびり歩いた。
(2人は小屋に着いたら帰るのかしら?)
一泊の旅だったが、距離が縮まった気がして少し淋しく思う。
「「あの」」
リリアンとロヴェルの声が重なった。
リリアンは笑いながら言った。
「かぶったね!お先にどうぞ」
ロヴェルは小さく咳払いをした。
「コホン。お言葉に甘えよう。リリアンはいつも髪を染めているのか?私の髪にも出来るだろうか」
(ロヴェルの髪色も目立つよね)
「街へ行くときくらいかな。ロヴェル達が来た日は街に行った日だったから。染めるのはあんまりおすすめ出来ないよ。落ちやすいし、そんなに長くもたないし」
「そうか」
「私は普段はフード被ってるよ。ロヴェルはどうしてるの?」
「特に隠していない。だからか厄介事に絡まれることが多いな。あの怪我も暗殺されかかって······手強かった」
なんでもない風に言うロヴェルに、リリアンはどう答えたらいいか分からない。
「だから普段は街や人が多い所には行かないのです」
カインツの言葉に、リリアンは納得した。
(だからうちの小屋に来たのね)
「街の教会に行かなくて正解でした!リリアン様の治癒の方が素晴らしい」
「それはそうだな」
褒められてリリアンはまんざらでもない。
「へへ」
ニヤついていると唐突にロヴェルが足を止めた。
顔面からロヴェルにぶつかる。
「な、なに」
「シッ、このまま小屋に行かない方が良さそうだ」
(え?また雪豹?)
木の影から1人、2人、あっという間に10人の人影に囲まれた。




