48ー立太子式
立太子の式典は滞りなく行われた。
教皇が聖杯を持ち、テオドランの名を呼び皇太子に任命した。
これで皇帝のロヴェルへの執着も少し薄らぐだろう。
リリアンとロヴェルは、離れた場所で眺めていたので、教皇とテオドランの表情は見えなかった。
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「ロヴェル・ド・シュヴァルツ公爵閣下、ならびにリリアン・フォルツナー伯爵令嬢が入られます」
ホールに名前が響き渡り、ロヴェルとリリアンは絨毯の上を歩いた。
高位貴族の中でも、皇族と縁戚であるシュヴァルツ公爵から皇帝への挨拶が始まる。
「帝国の太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
ロヴェルは一礼し、リリアンはカーテシーをとった。
「やあ公爵。またすぐに会えて嬉しいよ。そしてリリアン・フォルツナー嬢、公式では初めましてだな。顔を上げてくれ」
言われた通りに顔をあげ、皇帝をまっすぐ見据えた。
相変わらず、ロヴェルと同じ金の瞳には冷酷な笑みが浮かんでいた。
「4年で成長したな。実に惜しい。公爵に後れを取らなければ、皇太子の妃にしていたのに」
にやりと口の端を上げ、からかうように言う様に、リリアンは怖気が走った。
(ドミナート嬢が暗殺されかけたのは、私と婚姻させるためなの?)
身体の芯から震えそうになる。我慢しようと爪が食い込むほど手を握りしめた。
「ご冗談を」
リリアンの握りしめた手を、ロヴェルが上から包みこんだ。そして指をからませ、握りしめた指を解く。
「戯れはほどほどにしてください陛下。我が婚約者は、公式の場に慣れておりません。ご容赦を」
ロヴェルの顔を見ると、ものすごい形相で皇帝を睨んでいる。丁寧な物言いとは正反対の顔だ。思わずリリアンはぽかんとする。
(こんな表情して大丈夫なの?)
ハッとして皇帝を見ると、さして気にした風もなく、変わらずにやにやしている。
「ははは。そう睨むな公爵。公爵の言う通り、冗談にしておこう。下がっていいぞ」
「フォルツナー令嬢、少しあちらでお話ししませんこと?」
皇帝への挨拶を終えると、リリアンとロヴェルの周りに人が集まってきた。
「私はアラカーン伯爵家の次女、ナイジェルと申します」
「私はリンデル男爵家のー····」
リリアンに声をかけにきたはずなのに、自己紹介はロヴェルに向けてしているようだ。
令嬢達の迫力に、リリアンは思わず1本後ずさると、あっという間にロヴェルとの間に人だかりが出来てしまった。
(端っこにいた方がいいかしら?)
ホールの壁を目指して進み、ここで待つか。と思い振り向くと、リリアンを追ってきた令息たちが集まり、あっという間に身動きがとれなくなった。
初めての社交場で、どの程度相手をしたらいいのか分からず、涙目になりそうだった。
「こちらへ」
後ろから声がしたと思うと、あったはずの壁がなくなり、リリアンは後ろへ倒れた。
バタン。
リリアンが居たのはバルコニーのドアの前だったらしい。リリアンを抱きとめた青年は、すぐにドアの鍵を閉めると、カーテンまで閉めた。
「大丈夫ですか?」
リリアンは振り返り、相手を警戒した。大丈夫も何も、大勢の令息から逃げたものの、知らない人と締め出されたままでは大丈夫にはなっていない。
目に飛び込んできた法衣に、リリアンは青ざめた。
(神殿の関係者だわ)
「あの、私会場に戻りまー···」
相手と眼が合った瞬間、既視感が生まれた。会ったことがある。知っている。
「エル?」
リリアンの口から自然と出たその名前は、かつて神殿で一緒に過ごした男の子のものだった。
その名を呼ばれた青年は目を見開き、絞り出すように言った。
「リリィ、僕のこと覚えてるの?」
ドガッ!!
鍵のかかったドアが、バラバラと崩れた。
ロヴェルがすごい形相で立っている。
「ロヴェル」
ピリッとした空気が流れた。
当然だ。婚約者が知らない異性と、鍵がかけられた空間に居たのだから。リリアンは冷や汗が出てきた。
ドッという衝撃と共に、ロヴェルは法衣の青年に斬り掛かった。何もない状態から、オーラで剣を作れるのらソードマスターだけだ。丸腰の青年に、リリアンは血の気が引いた。
(皇城で、神殿の関係者に手を掛けて大丈夫なの?)
慌ててかけよろうとしたが、誰かに肩を掴んで止められた。
「大丈夫です」
ヨイテの声だ。
見ると、ロヴェルの攻撃を止めた青年の手にも、オーラで作られた剣が握られていた。
「どういうことです。エルディアス教皇猊下。私の婚約者に用事でも?」
(教皇?)
リリアンは驚いた。
(じゃあ人違いだわ。私の知ってるエルは、教皇になるほど魔力は持ってなかった)
「お嬢様、猊下とお知り合いですか?」
いつのまにか後ろに立ち、リリアンを支えていたヨイテが聞いた。
リリアンは慌てて応えた。
「知り合いかと思ったけど、違ったみたい。教皇猊下も、ソードマスターなの?」
「ええ。エルディアス教皇は聖騎士から教皇になった変わり者です」
「公爵、誤解です。剣を引いてください。フォルツナー嬢が困っていたようなのでお助けしたのですが、逆にご迷惑をかけてしまったようですね」
エルディアス教皇はしょんぼりと応えた。前教皇と違い、エルディアスには漂う威厳がない。柔らかく、威圧しないところが人心の心を得ていた。
ロヴェルが剣を下げると、エルディアスはあからさまにホッとして、リリアンを見た。
「フォルツナー嬢、ご無礼をお許しください」
「い、いえ、こちらこそ困っていたのでありがとうございました」
リリアンの感謝の言葉に、ロヴェルのこめかみがぴくりと動く。
「――猊下、次はありません。弁えてください」
低い声でエルディアスに呟いた。
「···存外、余裕がないのですね公爵」
エルディアスはそう言って広間に戻って行った。




