47ー遅刻の理由②
リリアンは皇城の一室に通された。
「この部屋は?」
「応接室だ。私専用のな」
(滅多に来ない皇城にも、ロヴェルの部屋はあるのね)
ソファにリリアンを座らせて、その隣にロヴェルも座った。
(隣に座るんだ)
正面に座るとばかり思っていたので、リリアンは一気に緊張した。
「さて、仕事内容だったな。ここ数日はドミナート侯爵邸で····」
「ナタリア嬢のお部屋に入り浸ってたのでしょう?」
リリアンは被せて言った。
「ん?」
ロヴェルは困惑した。
リリアンはそのまままくし立てた。
「ロヴェルが誰とどう過ごしても、ロヴェルの自由だわ。でも私に1言言ってくれても良いと思うの。理由は何であれ、女性の部屋に入り浸るなんてー···」
ロヴェルが、そんな不貞な事をする訳がないと分かっていながら、止まらない。理屈ではない苛立ちと悲しみが、リリアンは初めて経験するもので止める方法が分からない。
ここまで言って、リリアンはハッとしてしゃべるのを止めた。
ロヴェルが何も言わない。
(怒っているのかしら?)
おそるおそるロヴェルを見ると、顔を手で覆って何かを堪えている。
「ーーリリアン。それは、つまり、嫉妬をしたと言うことか?」
ハッキリと言われて、リリアンは狼狽えた。冷や汗も出て来る。
「それは、するでしょう。貴方のことが好きなのだから」
ジロリと睨みながら言うと、ロヴェルの顔がみるみる赤面していった。
顔を手で覆っていても分かる。
「やめてくれ。こんな所でそんなこと言うな」
ーはい?そんなこととは?伝えたいことが伝わってないようで納得いかない。
コンコン。
「閣下、よろしいですか」
ヨイテがドアから頭だけ覗かせた。
「よろしくないぞ。さがれ」
ロヴェルが下を向いたまま言うと、ヨイテが気まずそうに言った。
「ドミナート侯爵令嬢がお越しです」
(何ですって)
ロヴェルの浮気相手と、ここで会えというのか。
リリアンはさすがに逃げたくなり、席を立った。
「まて、行くな」
ロヴェルが手を掴んだ。
「直接聞いた方がいいだろう。入ってもらえ」
非情にもロヴェルは入室を許可した。リリアンは修羅場など慣れていない。ヨイテに助け舟の視線を送ると、気まずい顔をして目をそらされた。
「失礼します」
入室してきた女性は、とても美しい人だった。赤い髪の、凛とした大人の女性。ロヴェルと並ぶと、なんと絵になることか。
「シュヴァルツ公爵閣下、このたびは命を救っていただき、感謝いたします」
(命?)
「ああ。とりあえず座ってくれ」
「今回ドミナート邸に滞在していたのは、護衛の為だ。ドミナート嬢は先代教皇の娘、テオドラン殿下の婚約者だ」
「護衛···」
リリアンが呟いてドミナート嬢をチラリと見ると、ドミナート嬢は微笑んだ。
「今回のことで、フォルツナー嬢に心労をあたえてしまい申し訳ありません。私は数年前から命を狙われていて、もはや閣下を頼るしかなかったのです」
「私に依頼をしたのはテオドラン殿下だ。立太子が近づくにつれ、暗殺が本格化していて手に負えないとな」
(そんな····そんなに長い間命を狙われるなんて)
リリアンはゾッとした。
「だれがドミナート嬢の命を狙っているのです?」
ロヴェルは口にしなかった。
「ここでは言えない。だが目的は明確だ。ドミナート嬢を殺し、別の者を皇子妃に迎えたいようだな」
(ーー皇帝だわ)
リリアンは察した。
「ええ。私の父が死に、新たな教皇を迎えたので、私は用済みになったのでしょう」
ドミナート嬢は静かに言った。到底受け入れられる事情ではないのに、どうしてこんなに落ち着いていられるのか。
ロヴェルはこめかみをぴくりとさせ、低い声で言った。
「私にとって、それはとても都合が悪い。殿下にはこちらの要望を飲んでもらう条件で手を貸したんだ」
リリアンの知らない所で、命のやり取りがあったにも関わらず、嫉妬をしていた自分が恥ずかしくなった。
「ドミナート嬢、ごめんなさい。そんな恐ろしい目に合われていたのに、私····」
「フォルツナー嬢、私はこう見えて聖騎士なのです。命をかけることは、恐れておりません」
リリアンは赤い瞳にしっかりと見つめられ、目を奪われた。強い意思を感じられた。
「聖騎士様なのですか」
こんなに美しい方が、剣を振るっている姿を想像出来ない。
ドミナート嬢はリリアンの手を握った。
「フォルツナー嬢、覚えていらっしゃらないでしょうが、貴方は私の憧れだったのです」
「え」
「幼い頃、教皇として壇上にいるフォルツナー嬢を何度か拝見しました。齢7歳にも関わらず、人を癒し導く姿に私は感動したのです。貴方のようになりたくて努力したのですが、私は魔力が乏しく、聖騎士になったのです」
ドミナート嬢は申し訳なさそうに続けた。
「貴方の次に教皇になった私の父も、ひどいものでした。神殿の腐敗は止められませんでした」
(私が見限った神殿で、この方は改革しようと踏ん張っていたのね)
「急にいなくなった私を、恨んでいないのですか?」
リリアンは震える声で言った。
「もちろんです。貴方は神殿を出て正解でした。神殿が手にするには大きすぎる力です」
「いつまで手を握っているんだ」
横からイライラとロヴェルが口を挟んだ。
2人はキョトンとして、ドミナート嬢は手を離して笑った。
「まぁ、ふふふ。閣下のそのような態度、初めて見ます」
ドミナート嬢がロヴェルに向き直り、一礼した。令嬢というより、騎士の仕草だ。
「テオドラン殿下と、私の望む未来は閣下と同じでごさいます。救っていただいたこの命、無駄にせぬように致します」




