46ー遅刻の理由①
「お嬢様、閣下の名誉の為に言いますが、先ほどのご令嬢たちの会話の後半は嘘ですからね」
少し離れた場所の噴水に腰掛け、リリアンはラナの言葉に微笑った。
「ふふ。分かってるよ。ただ、何も知らないのが自分だけだったのが嫌だったの」
(まさか、他の令嬢に熱をあげていると噂されているなんて)
ロヴェルに限って、そんなことはないと分かっている。
だけど、何故あの場から逃げてしまったのだろう。
「ご令嬢たちでなければ、閣下の噂などされません。それか、よほどの怖いもの知らずでなければ、シュヴァルツの噂もしないでしょう」
それほど、ロヴェルに脅威を感じている貴族が多いのだろうか?ソードマスターとはいえ、私と3歳しか違わない青年に。
あまりピンときていないリリアンに、ラナは無理もないと首を振った。
「お嬢様は、お嬢様がいない時の閣下をご覧になったことがありませんからね。ご存知ないと思いますが、閣下を侮辱出来る方などおりません」
皇帝陛下くらいです。とラナは小さな声で付け加えた。
辺りが賑やかになり始めた。続々と貴族たちが集まっているのだろう。近くで喧騒しているような声もする。
「そろそろ戻りましょう。お嬢様はまだお顔が知られていないので、変な輩に声をかけられても大変です」
「分かったわ。1人で残してきたヨイテも心配だし」
リリアンが立ち上がると、怒気を孕んだ声が響いた。
「おい!無視するな!」
驚いて振り返ると、からまれているのはヨイテだった。
ヨイテは怒鳴る男を冷ややかに見ている。
「もう良いでしょう。人を探しているのです。どいてください」
ため息まじりに言うものだから、相手は更に顔を赤くして詰め寄った。
「お前!よくこの場に顔が出せたな。異教徒のくせに」
辺りがざわついた。
ヨイテは、声を低くして言った。
「異教徒などと、その呼び方は好きではありませんね。信仰する女神が違うだけで、そのように呼ばれるとは」
パリパリッとヨイテの黒髪からかすかに火花が散った。
「まずいですね」
ラナの呟きを聞いて、リリアンもサッと青ざめた。
(今の言葉は、ヨイテにとって禁句だったんだわ。止めないと)
「勇敢だな」
空気がピリッと揺らいだ。
現れたロヴェルは、リリアンからは暗くて表情が見えなかった。
「この場で騒ぎを起こすなど」
声に怒りが籠もっている。その場にいるものは、一言も発さなくなった。1人以外は。
ヨイテに絡んでいた貴族は、ロヴェルの存在に気づくと震えはじめた。
「シュヴァルツ公爵閣下、違います!この黒髪が私をー」
バキッ
「わぁあ」
ヨイテをさした指を、ロヴェルが折った。
リリアンはあまりの事に呆然と立ち尽くす。
(お、折った?問答無用で指を?)
ラナがリリアンの目を手で隠そうと視界を遮った。リリアンはその手を無言で下ろす。
(―なるほど、これは恐ろしいわね)
圧倒的な力と、冷たい金の瞳。
リリアンは初めて見たが、これが人々から見た彼の姿なら、恐れられるのは当然だ。
指を折られた貴族は泣きながら走っていった。
それを見もせず、ロヴェルはヨイテに聞いた。
「1人か?リリアンはどこにいる」
「ラナ卿と―···」
ヨイテがリリアンに気づくと、一瞬まずい。という表情をした。
ロヴェルはそれを見て固まった。
「ロヴェル?」
一瞬間があったものの、ロヴェルはいつものロヴェルの顔でリリアンを見た。
涼しい顔をしているが、少し焦っているようだ。
「先ほどの方、治癒した方がいいかしら」
ロヴェルは少しバツが悪そうな顔をして、ぶっきらぼうに言った。
「いや、いいだろう。神殿の関係者も多く来ている。誰か治癒するはずだ」
ロヴェルは改まってリリアンに言った。優しい声音だった。
「遅れてすまなかった。ドレスも、とてもよく似合っている」
リリアンは構えておらず、顔が赤くなってしまった。ドレス姿のリリアンに、ロヴェルは満足そうに微笑んでいる。
「では行こうか」
ロヴェルが手を差し出した。思わず手を出して、リリアンはハッとして引っ込めた。
目をパチクリさせ、差し出した手をそのまま、ロヴェルは固まった。
「リリアン?」
遅れたことと、ロヴェルの行き先を知らなかったことと、少し困らせてみたくてリリアンは子供のように少しだけ頬を膨らませそっぽを向いた。
ロヴェルはどうしたらいいか分からない。ラナが助け舟を出した。
「閣下、今回の仕事の内容を、詳しくお嬢様にお伝えした方がよろしいかと」
ロヴェルは面食らっている。
「そうなのか?ではあとで邸宅で説明しよう」
ヨイテも続いた。
「いえ、閣下。私もよく分かりませんが、今の方がよろしいかと」
ロヴェルはまだよく分からないまま頷いた。これは先延ばしにして良い問題ではないのかと感じて、2人の意見に従った。
「では、座って説明しよう」




