45ーロヴェルの遅刻
《すまない。少し遅れる》
前日の夜に、ロヴェルがよこした伝達はこれだけだった。
リリアンは悲しいを通り越して、怒りが湧いてきた。
「どうしてこうなの?男ってものは!」
「そうですよ。いかに閣下と言えど、これは到底許せるものではありません」
リリアンと、カーラ、護衛として立っているラナの3人で口々に文句を言った。
コンコン。
「お時間ですが、準備はよろしいでしょうか?」
ヨイテの声に、リリアンは立ち上がった。
「どうぞ」
入室したヨイテは、一瞬止まり、心から賛辞を贈った。
「お嬢様、とてもお美しいです。式典の華となりましょう」
リリアンは照れた。
「そ、そうかな?ありがとう」
素直に嬉しかったが、ロヴェルが選んでくれたドレス。リリアンはポツリと言った。
「ロヴェルに見てほしかったな」
寂しそうなその一言に、カーラとラナは心の中でロヴェルを罵った。
行きの馬車でヨイテは言った。
「会場までは私がエスコートさせていただきます。もし、入場までに閣下が戻られなければ、エドガー卿にエスコートを任せようと思います」
エドガーは子爵家の3男らしい。
「どうして?ヨイテが会場でもエスコートしないの?」
リリアンはロヴェルに期待しないことにした。
ヨイテは申し訳なさそうにしている。
「私と一緒に入場されますと、恐らく悪目立ちしてしまいますので」
そういえば、彼以外に黒髪黒目の人を見たことがない。だからだろうか?
「かまわないわ。ロヴェルが来なければ、ヨイテが一緒に居てちょうだい」
「しかし···」
ヨイテはまだ渋っている。
髪色で言うと、リリアンの方が目立つのではないだろうか。
この異世界ですら珍しい、薄紫色をして、教皇であった過去は知られていないにしても、平民の治癒術師から、いきなりシュヴァルツ公爵の婚約者になったのだ。悪目立ちしない方が無理だ。
「お嬢様が、お望みでしたら」
ヨイテはポータルに着くと、渋々返事をした。
エドガーでも全くかまわないのだが、ここ数日間一緒に特訓した第二の師匠、ヨイテに頼みたかった。
皇城へ直結しているポータルから出ると、また馬車に乗った。皇城の敷地がまた広いのだ。
人と馬車で溢れかえる門を抜け、馬車は停まった。
窓から外を見ると、馬車から降りた令嬢たちや、エスコートの為に待っている令息や紳士で溢れかえっている。その内の多くの人が、リリアン達の馬車を注視しているようだ。
ヨイテが力なく言った。
「この時点でだいぶ注目されてますね。まあ仕方ありません。シュヴァルツ公爵家の馬車から誰が出てくるのか、気になるのでしょう」
ヨイテがまず馬車から降り、手を差し出した。
「さぁ、行きましょうお嬢様。堂々としていてください」
心配しているヨイテに、リリアンはにっこり微笑って言った。
「大丈夫よ。ヨイテ」
物心着いた頃から数年間、教皇として崇められていたのだ。人に見られるのは慣れている。
「あら?公爵閣下ではないわよ」
「まぁ。紫の髪だなんて。神殿の方?」
「黒髪?嘘でしょう?」
ロヴェルがいないと知ると、何人か令嬢が興味津々に近づいて来た。
「あなた、シュヴァルツ公爵のご婚約者様ですか?」
「紫の髪色なんて、魔力がお高いのですね」
「どちらの家門のご令嬢なの?」
まだデビュタントを済ませたばかりだろうか?若い令嬢たちが口々に質問する。多少の無礼は、年若い令嬢ならば許してもらえると思っている節がある。
リリアンは仕方なく挨拶をした。
「はじめまして。私はリリアン・フォルツナーと申します。シュヴァルツ公爵邸にてお世話になっております」
アナベルは神殿で賜った姓なので名乗らないでおいた。
挨拶をして微笑み、カーテシーをとる。
美しい所作に、人々は目を奪われた。
リリアンは顔に笑みをのこしたまま言った。
「道をあけてくださる?」
皆、サッと道をあけた。威厳すら感じる声音に、周囲の人だけでなくヨイテも内心驚いていた。
「さすがです。お嬢様」
陰謀渦巻く神殿で、ただ見世物になっていたわけではないのだ。微笑っていれば周囲を黙らせることもできることを、リリアンは知っていた。
それより、馬車から降りてもロヴェルの姿がない。やはり、間に合わないのだろうか。
(いなくても大丈夫。私はシュヴァルツ公爵の婚約者になったのだもの。堂々と、堂々と)
自分に言い聞かせるように念じる。
(でも、私だって貴族令嬢としては初めての式典なのだから、やっぱり居てほしかった····)
鬱々と考えていると、令嬢たちの会話が聞こえてきた。
「シュヴァルツ公爵はいらっしゃらないのね」
「あら?貴方知らないの?シュヴァルツ公爵はここ数日、ドミナート侯爵邸に滞在されているとか」
「ナタリア嬢の部屋に入り浸ってるらしいわよ」
リリアンは思わず足を止めてしまった。
「えっじゃあフォルツナー嬢はどうなるの?」
「婚約したばかりでしょう?」
顔に笑みを貼り付けたまま、リリアンはまた歩き出した。
「お嬢様?」
不審に思い、ヨイテが聞いてくる。
「なんでもないわ」
「しかし皇都ともなると、噂が広がるのが早いのですね。閣下の動きまで令嬢たちに伝わっているとは」
ヨイテにも聞こえたのだろう。リリアンは嫌な予感がした。平常心を保ち、何気なく聞いてみる。
「えっと、ロヴェルがドミナート侯爵邸?に滞在してるのは本当なの?」
「はい。ドミナート侯爵家は、前教皇の生家です。皇都内に邸宅があります」
リリアンはヨイテのエスコートの手を、するりと離した。
「お嬢様?」
青い顔をして、ふらふら離れていくリリアンにヨイテは慌てた。
「どこに行かれるのです?」
すると後ろに付き従っていたラナがずいっと割り込んだ。
「ヨイテ卿。ヨイテ卿は閣下と共に、女性の繊細な心内を勉強するべきですね」
笑顔でラナは言っているが、圧がすごい。
「お嬢様には私が付いているので、ヨイテ卿はそこで閣下を待っていてください」
ピシャリと言うと、ヨイテを置いてラナはリリアンとその場を離れた。
行き場のない手をヨイテは引っ込めて、言われた通りにその場に留まった。




