43ー魔術訓練
「師匠!」
リリアンは勢いよく扉を開いた。決意の強さが表に出てきてしまう。
びっくりしたものの、ビビは穏やかに返事をした。
「どうした?愛弟子」
ビビの軽口に、リリアンは出鼻をくじかれたものの、一気に言った。
「師匠、私に魔術を教えてください。私もロヴェルの役に立ちたいのです」
ロヴェルと婚約したものの、弱みになるつもりはない。自分の身くらい、自分で守れるようにならねば。
「うーん、確かにな。危ないからと言って、避けていていられる状況ではなくなった」
ビビは思案しながら言った。
「私はエルフだ。やはり人族とは魔力の源が違う。人族の魔術師に習った方がいい」
たしかに、これまで何度か教わったが、上達しなかった。
「公爵に誰かいないか聞いてみなさい。反対はしないだろう」
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ロヴェルはあっさり承諾した。
「それは私も考えていた。1人適任がいる」
「そうなの?誰?」
リリアンの身近に、魔術が得意な騎士は思いつかない。カインツもエドガーも、剣術は凄まじいが、魔術は初歩レベルだ。
「ヨイテ」
ロヴェルが呼ぶと、黒髪の男が唐突に姿を現した。
黒髪に、黒の軽鎧を身につけているので、闇に溶けてしまいそうだ。
「ヨイテは帝国でも上位の魔術師だ。普段は隠密行動をとっているが、リリアンが呼べばすぐに姿を現すだろう」
黒髪、黒目。リリアンはこちらの世界で初めて前世で馴染みのある容姿の人物に会った。うれしくて両手を握って言った。
「ヨイテ!よろしくお願いします。色々教えてください」
にこにこのリリアンに、ヨイテの顔色が悪くなる。リリアンは気づかなかったが、ロヴェルの顔の血管が浮き出ている。
「リリアン、ヨイテから礼法も教えてもらえ。ヨイテも伯爵家の出身だ。神殿にいた頃に習っただろうが、忘れていることもあるだろう」
ロヴェルの声が若干いつもより低い。疲れているのだろうか?
「そうなのね。じゃあ礼法もお願いします」
さっそく習いたいリリアンは、ヨイテを連れて外に出ようとした。
執務室に残されたロヴェルは、ため息をついたがリリアンには聞こえなかった。
「お嬢様、みだりに男性の手を握ってはなりません」
「へっ」
廊下で唐突に言われ、リリアンは手を離した。
「特に閣下の前では。お相手の命が危険に晒されます」
顔色の悪いヨイテを見て、リリアンは考えた。
(そうか。そうよね。貴族の令嬢らしからぬ行動だったわ)
「そうね。ごめんなさい」
(でも、なぜ命の危険が?)
「いえ、ご理解いただければ良いのです。お嬢様はたしか19歳でしたよね?立派な淑女です。これから、閣下の婚約者として相応しい振る舞いをしていただければと思います」
そうだ。今までのように、平民の治癒術師ではなく、貴族の振る舞いをしなければならない。リリアンは決意を新たにヨイテに付いて歩き始めた。
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マナーについては、あまり困らなかった。
神殿で一通り習得していたし、人生2度目のため、多少の失敗をカバーする度量もある。
――問題は、
「お嬢様、これほどとは」
ヨイテが思わず失言をしそうになるほど、リリアンの攻撃魔術は駄目だった。
目の前の、動かない的にならかろうじて当てれる程度のもの。
――センスがないのだ。
「当たらない」
リリアンは半泣きだった。
ヨイテの説明は分かりやすかった。自然界から魔力を得るエルフと、身のうちの魔力を使う人族ではやはり魔術の根本の方法が違った。
ヨイテの説明を聞き、理解出来て"このザマ"なのだ。落ち込む他ない。
「どうだ?」
ロヴェルが様子を見に来た。
リリアンは落ち込んでいてそれどころではない。ヨイテが報告した。
「帝国のマナーについては問題ありません。今すぐにでも皇室のパーティーにも参加出来るでしょう」
「そうか」
ロヴェルの顔には、参加させたくないのだが。と書いてあるようだ。
「攻撃魔術は、恐らく使わない方が良いでしょう」
ヨイテはリリアンに聞こえないように、トーンを落として報告した。
「そうか」
全く問題ではないようだ。
「攻撃魔術は出来ずとも問題ない」
ロヴェルの付け加えたその一言だけ、リリアンの耳に届いた。
リリアンはジロリとロヴェルを見た。
(問題ない?私だってロヴェルや公爵領のみんなを守りたいのに)
ロヴェルはリリアンの睨みに気づき、しまったという顔をした。
「いや、人には得手不得手がある。私だって治癒など出来ないし、治癒だけで充分助かっている」
しどろもどろに話すロヴェルを見て、ヨイテは目を丸くした。
(本当に柔らかくなられた)
出会った頃は、お互いにあんなに殺伐としていたのに。
「閣下、バルトさんが呼んでらっしゃいますよ」
ヨイテが言うと、ロヴェルは不満そうな顔をして、一言付け加えた。
「つまりだな、リリアン。攻撃魔術など使えなくてもいいんだ。私が守るのだから」
リリアンは嬉しいやら悔しいやら、ぷいっと顔を背けてしまった。
それを見たロヴェルはまた少し慌てたが、諦めてバルトの所へ向かった。
しょんぼりした背中が可笑しくて、ヨイテは少し吹き出した。
「ヨイテが笑うなんて、珍しいわね」
顔を合わせて数日しか経っていないが、初めて笑う所を見た。
ヨイテは笑った自身に驚き、呟いた。
「そうですね。久しぶりかもしれません」




