41ー真夜中の婚約
問うてしばらくしても返事がなく、リリアンは顔をあげた。
ロヴェルは握っていたリリアンの手を、自分の口元に寄せた。
「いいも何も、もうリリアンがいない生活を考えられない。出ていこうとしているなら、諦めることだな」
ロヴェルの金色の瞳が熱を帯びる。
「リリアン。私が家をあける前、伝えたいことがあると言ったのを覚えているか?」
「えっ」
もちろん覚えている。ロヴェルがいない3週間、幸せだったあの日を何度反芻したことか。
「婚約者としてここに留まってほしい。君が好きだ」
止まっていた涙が、また目から溢れはじめた。
「私も、私もロヴェルとずっと一緒にいたい。ロヴェルが好き」
泣き出したリリアンを、ロヴェルは優しく抱き寄せた。
「でもっ私がいると迷惑がかかる」
ロヴェルの腕の中で、リリアンは泣きながら訴えた。
「皇帝もっ、また神殿からも狙われるかも」
その度に、ここの人たちやロヴェルが危険な目に遭うのは耐えられない。
「大丈夫、大丈夫だ」
頭をぽんぽんと撫でながら、ロヴェルは慰めた。
「元々、皇室との戦は避けられない。神殿ともな」
「え、、、」
ロヴェルは微笑んで言った。
「その話はまた明日話そう。今日はもう遅い」
「でも、、、」
「リリアンが寝るまで、ここにいるから」
確かに、すごく眠い。
時計を見ると、まだ夜が深かった。
ロヴェルはリリアンの手を離さなかったので、リリアンは安心してもう一度眠りについた。
ーーーーーーー
ロヴェルはリリアンが眠ったのを確認すると、丁寧に布団をかけて静かに部屋を出た。
部屋の外に立っているエドガーをチラリと見て言った。
「お前はもう交代しろ。そしてリリアンが目を覚ますまでには戻れ」
エドガーはびっくりした。
「閣下、どこへ行かれるのです?お嬢様が目覚めた時に、閣下がいなければ悲しみます」
「夕食までには戻ると伝えてくれ」
ロヴェルはエドガーの問いかけは無視した。
(また来る前に、こちらから行かねば)
部屋に戻ると、バルトが待っていた。
「行かれるのですね。準備をしておきました」
煩わしいが、正装をしなければ登城は出来ない。
「なるべくお早くお帰りください。お嬢様が心配されますので」
「ああ」
ーーーーーー
皇帝は短いため息をついた。
「はぁ。なぜ娘1人連れて来れないのか」
「陛下、言いましたでしょう?結界を壊さず入ってくださいと。結界を壊してしまったので、公爵まで入れてしまったのです」
「そういうことはちゃんと言ってくれ。聞いてなかった」
皇帝はムスッと応えた。
皇帝と話している人物は、フードを深く被っている。
「ん?来たようですよ」
2人は扉を見た。扉の前に立っている騎士の声が聞こえた。
「お待ちください!シュヴァルツ公爵」
止められたが、ロヴェルは待つ気はなかった。
2度目だが、謁見の間の扉を破壊した。
バラバラと扉の破片が散る。
「陛下、伝言はお聞きになりましたか?」
ロヴェルは努めて冷静に言った。
皇帝は口元に笑みを浮かべている。
「久しいな公爵。伝言は聞いていないぞ。能のない者の声を聞く耳は持たない」
皇帝の足元に、兵士が倒れていた。おそらく、ポータルにいた騎士だろう。事切れている。
「シュヴァルツの客人を、勝手に連れていかれては困ると言ったのです」
「まぁそう怒るな。今回は足を折ってでも連れて行こうとした訳ではあるまいし」
その一言に、ロヴェルは一気に頭に血が昇った。
(皇帝はまだ殺せない。だが、腕の1本くらいはなくなってもかまわないんじゃないか?)
剣を抜き、一足飛びで皇帝の間合いに入る。――刹那、横からの斬撃によりロヴェルは踏み留まった。
衝撃で爆風が起こった。
ロヴェルは現れたその男を、侮蔑を交えて睨んだ。
「戻っていたのか。――師範。この裏切り者が」
ロヴェルと皇帝の間に割って入った騎士は、ロヴェルの剣の師匠であり、元シュヴァルツナイトの団長を勤めていた男だった。
「剣を納めろ。不敬だぞ」
男が言うと、ロヴェルは睨んだまま剣を下げた。
(師範には無傷では勝てない)
「やぁアーサー。ありがとう。だが公爵だって本気で挑んだ訳ではないさ。なぁ公爵?」
ロヴェルは黙っていた。会話をしたくなかった。
「アーサー、下がっていろ。公爵も元シュヴァルツナイトの卿を見ると複雑なのさ。今は皇室騎士団の団長だからな」
ロヴェルは皇帝を無表情で見返した。
(そうではない。アーサーなどどうでもいい)
ロヴェルは皇帝の腕が落とせなかったことにがっかりしていた。
「しかしなぁ、公爵。客人がいなくなったくらいでそう騒ぐな」
にやにやと話す皇帝に、ロヴェルは勤めて無感情を装った。
そして事実だけ言った。
「さきほど婚約したので、リリアン・アナベルは私の婚約者です」
その言葉に、皇帝は間の抜けた声を出した。
「なに?婚約?」




