40ー4年越しの問い
ガタンッ
馬車の中で、下を向いていたリリアンは窓の外を見た。公爵領にある、移動ポータルに着いたようだ。
「着いたぞ」
騎士は馬車のドアを開け、一瞬躊躇した。
エスコートの手を差し伸べるか迷ったのだろう。リリアンが普通の貴族令嬢ならば、当然のように手を差し出しただろうが、リリアンの立ち位置は微妙だ。
シュヴァルツ公爵邸に長く滞在しているものの、はっきりとした身分はない。
騎士が手を差し出す前にリリアンは自ら降りた。
皇帝はリリアンが行くと返事をすると、自分はゲートを開いてさっさと帰って行った。
同行が許されなかったので、リリアン1人だ。
(私の護衛をしなくてよくなったから、エドガー卿たちもロヴェルを探しに行ける)
良かったじゃないか。ロヴェルさえ戻ってくれば、きっと迎えに来てくれる。
頭にそう言い聞かせても、馬車から降りて足が動かなくなってしまった。このまま行ってしまったら、二度とここへ戻れない気がした。
立ち尽くし、グズグズしていると騎士が訝しそうに振り返った。
「何だ?来なければ引きずってでも連れてこいと言われている。急げ」
それでも足が動かなかった。リリアンが固まっていると、騎士は仕方ないと言わんばかりに、近づいて来た。
言われた通りに引きずって行かれるのだろうか。リリアンは身構えた。
「――それ以上、近付くな」
怒気を孕んだ声が響いた。と同時に、声と同じ方角から突風が走り、リリアンの前に激しい音と共に地響が鳴った。
砂煙が収まると、リリアンと騎士の間の地面に深い亀裂が出来ていた。
振り返る間もなく、リリアンは抱きしめられた。相手の顔も見えなかったが、誰かはすぐに分かったのでリリアンも力の限り抱きしめた。
「どこに行ってたの。ずっと連絡なくて、私っううぅー」
最後は言葉も出なくなり、話すのを諦めて泣いた。
「すまない。公爵領の近くにはいたんだが、結界から弾き出されていたんだ。皇帝が結界を壊したから、私たちも戻ってこれた」
ロヴェルは優しい声で言った。
「弾きだされるって···?」
「ああ。こんな事は初めてだ。詳しくは戻って話そう」
抱き合ったまま話していたので、リリアンは周りが見えていなかった。気付けば皇室騎士団に囲まれていた。
「シュヴァルツ公爵、困ります!皇帝陛下の命により、リリアン・アナベルは必ず連れ帰るよう言われております!」
30人はいるだろうか?リリアンはロヴェルの腕の中から見た。
ロヴェルは片手でリリアンを抱いたまま、剣を凪いだ。一振りだったが、半分の人数が吹っ飛んだ。
流石に騎士たちも怯み、戸惑っている。
ロヴェルの顔は見えないが、騎士たちの恐怖の表情からしてすごく怒っているようだ。
怒気を孕んだ低い声が響き渡った。
「困るだと···?」
ロヴェルの金の瞳がギラリと光り、怒りで浮き出た血管が痙攣している。
恐怖で座りこむ騎士もいた。騎士たちをロヴェルは睨みで黙らせ、リリアンをひょいと抱えた。
「戻って陛下に伝えろ。こうも何度も、私の留守中にシュヴァルツの客人を連れて行かれては困ると」
そう言うと、ロヴェルは風に乗り飛び去った。
ーーーーーーーー
リリアンは邸宅まで抱えられている間に、眠ってしまった。
しまったと思って飛び起きたが、そこはもうベッドの上だった。辺りが暗い。夜になっていた。
ロヴェルが帰ってきた実感が一気になくなり、リリアンは泣きそうになった。
「起きたか?」
リリアンの部屋の片隅で、テーブルに書類を広げて腰掛けているロヴェルが目に入った。
「ロヴェル?」
暗くてよく見えない。
「まだ夜だ。もう少し寝てろ」
「ここで仕事してたの?」
持っていた書類を起き、ロヴェルが側に来てくれた。
ベッドに腰掛け、微笑んで言った。
「目が覚めた時、私が居なければ悲しむと思ってな」
びっくりする程優しい声だった。リリアンは顔が真っ赤になりそうで、恥ずかしくて話題を変えた。
「ロヴェル、結界から弾かれたってどういうこと?」
「ああ。領地内の結界から出るつもりはなかったが、境界まで行くと強制的にはじき出されたんだ。色々試したが、入れず連絡も出来なかった。心配かけたな」
淡々と言っているが、信じがたいことだ。結末に干渉するなど、並の魔術師では出来ない。
「皇室の仕業かと思ったが、皇帝のあの様子からすると違うようだな。壊したくなかったが、結果、皇帝が結界を壊したから戻ることが出来た」
「結界はどうなったの?」
「もう、張り直したから心配いらない。今回はビビ殿にも手伝って貰ったから、より強固なものになった」
「良かった」
結界がなくなれば、街に魔獣が入ってきてしまう。
聞くかどうか迷ったが、リリアンは呟いた。
「····結界に干渉したのは」
「ああ。皇室でなければ、神殿だろうな。結界の事は確かに神殿の方が詳しい」
(神殿が追っているのは私だ。私がここにいた為に、今回の事が起きたのならば、私はここにいない方がいいのでは)
俯いたリリアンの手を、ロヴェルが握った。
「リリアン。自分のせいだと思っているなら、それは違う。この4年の間で事情が変わったんだ。神殿はもうお前を追っていない」
「えっ」
「もともと、リリアンの次の教皇がお前に固執していたらしいな。先日、その教皇が崩御した」
「そう、なの?」
「ああ。もう執拗に追手をかけられることはないはずだ」
リリアンは公爵邸に来るまでの逃亡生活を思いだし、涙がポロポロ落ちた。
ロヴェルは涙を拭いながら、申し訳なさそうに言った。
「だが、安心は出来ない。皇帝はリリアンを諦めないだろう」
リリアンの安堵の涙はすぐに引っ込んだ。ため息をついて項垂れる。目を見て聞けなかったので、俯いたまま聞いた。
「ロヴェル、私はここにいていいのかな···」
この問いは、ロヴェルに公爵邸に連れて来られてから、リリアンの中にずっとあったものだった。




