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帝国一の治癒師リリアン・アナベルは 今日も仕事を選べない   作者: 織子
第二章

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40ー4年越しの問い

ガタンッ


馬車の中で、下を向いていたリリアンは窓の外を見た。公爵領にある、移動ポータルに着いたようだ。


「着いたぞ」

騎士は馬車のドアを開け、一瞬躊躇した。


エスコートの手を差し伸べるか迷ったのだろう。リリアンが普通の貴族令嬢ならば、当然のように手を差し出しただろうが、リリアンの立ち位置は微妙だ。

シュヴァルツ公爵邸に長く滞在しているものの、はっきりとした身分はない。


騎士が手を差し出す前にリリアンは自ら降りた。


皇帝はリリアンが行くと返事をすると、自分はゲートを開いてさっさと帰って行った。


同行が許されなかったので、リリアン1人だ。

(私の護衛をしなくてよくなったから、エドガー卿たちもロヴェルを探しに行ける)


良かったじゃないか。ロヴェルさえ戻ってくれば、きっと迎えに来てくれる。


頭にそう言い聞かせても、馬車から降りて足が動かなくなってしまった。このまま行ってしまったら、二度とここへ戻れない気がした。



立ち尽くし、グズグズしていると騎士が訝しそうに振り返った。

「何だ?来なければ引きずってでも連れてこいと言われている。急げ」


それでも足が動かなかった。リリアンが固まっていると、騎士は仕方ないと言わんばかりに、近づいて来た。


言われた通りに引きずって行かれるのだろうか。リリアンは身構えた。




「――それ以上、近付くな」


怒気を孕んだ声が響いた。と同時に、声と同じ方角から突風が走り、リリアンの前に激しい音と共に地響が鳴った。


砂煙が収まると、リリアンと騎士の間の地面に深い亀裂が出来ていた。




振り返る間もなく、リリアンは抱きしめられた。相手の顔も見えなかったが、誰かはすぐに分かったのでリリアンも力の限り抱きしめた。


「どこに行ってたの。ずっと連絡なくて、私っううぅー」

最後は言葉も出なくなり、話すのを諦めて泣いた。


「すまない。公爵領の近くにはいたんだが、結界から弾き出されていたんだ。皇帝が結界を壊したから、私たちも戻ってこれた」

ロヴェルは優しい声で言った。


「弾きだされるって···?」

「ああ。こんな事は初めてだ。詳しくは戻って話そう」


抱き合ったまま話していたので、リリアンは周りが見えていなかった。気付けば皇室騎士団に囲まれていた。


「シュヴァルツ公爵、困ります!皇帝陛下の命により、リリアン・アナベルは必ず連れ帰るよう言われております!」


30人はいるだろうか?リリアンはロヴェルの腕の中から見た。

ロヴェルは片手でリリアンを抱いたまま、剣を凪いだ。一振りだったが、半分の人数が吹っ飛んだ。


流石に騎士たちも怯み、戸惑っている。


ロヴェルの顔は見えないが、騎士たちの恐怖の表情からしてすごく怒っているようだ。


怒気を孕んだ低い声が響き渡った。


「困るだと···?」


ロヴェルの金の瞳がギラリと光り、怒りで浮き出た血管が痙攣している。



恐怖で座りこむ騎士もいた。騎士たちをロヴェルは睨みで黙らせ、リリアンをひょいと抱えた。


「戻って陛下に伝えろ。こうも何度も、私の留守中にシュヴァルツの客人を連れて行かれては困ると」


そう言うと、ロヴェルは風に乗り飛び去った。
















ーーーーーーーー


リリアンは邸宅まで抱えられている間に、眠ってしまった。


しまったと思って飛び起きたが、そこはもうベッドの上だった。辺りが暗い。夜になっていた。

ロヴェルが帰ってきた実感が一気になくなり、リリアンは泣きそうになった。


「起きたか?」


リリアンの部屋の片隅で、テーブルに書類を広げて腰掛けているロヴェルが目に入った。


「ロヴェル?」

暗くてよく見えない。


「まだ夜だ。もう少し寝てろ」


「ここで仕事してたの?」


持っていた書類を起き、ロヴェルが側に来てくれた。

ベッドに腰掛け、微笑んで言った。

「目が覚めた時、私が居なければ悲しむと思ってな」

びっくりする程優しい声だった。リリアンは顔が真っ赤になりそうで、恥ずかしくて話題を変えた。


「ロヴェル、結界から弾かれたってどういうこと?」


「ああ。領地内の結界から出るつもりはなかったが、境界まで行くと強制的にはじき出されたんだ。色々試したが、入れず連絡も出来なかった。心配かけたな」


淡々と言っているが、信じがたいことだ。結末に干渉するなど、並の魔術師では出来ない。


「皇室の仕業かと思ったが、皇帝のあの様子からすると違うようだな。壊したくなかったが、結果、皇帝が結界を壊したから戻ることが出来た」


「結界はどうなったの?」

「もう、張り直したから心配いらない。今回はビビ殿にも手伝って貰ったから、より強固なものになった」


「良かった」

結界がなくなれば、街に魔獣が入ってきてしまう。


聞くかどうか迷ったが、リリアンは呟いた。

「····結界に干渉したのは」


「ああ。皇室でなければ、神殿だろうな。結界の事は確かに神殿の方が詳しい」



(神殿が追っているのは私だ。私がここにいた為に、今回の事が起きたのならば、私はここにいない方がいいのでは)


俯いたリリアンの手を、ロヴェルが握った。


「リリアン。自分のせいだと思っているなら、それは違う。この4年の間で事情が変わったんだ。神殿はもうお前を追っていない」


「えっ」

「もともと、リリアンの次の教皇がお前に固執していたらしいな。先日、その教皇が崩御した」


「そう、なの?」

「ああ。もう執拗に追手をかけられることはないはずだ」


リリアンは公爵邸に来るまでの逃亡生活を思いだし、涙がポロポロ落ちた。


ロヴェルは涙を拭いながら、申し訳なさそうに言った。


「だが、安心は出来ない。皇帝はリリアンを諦めないだろう」


リリアンの安堵の涙はすぐに引っ込んだ。ため息をついて項垂れる。目を見て聞けなかったので、俯いたまま聞いた。


「ロヴェル、私はここにいていいのかな···」


この問いは、ロヴェルに公爵邸に連れて来られてから、リリアンの中にずっとあったものだった。







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