39ー消息
ロヴェルからの連絡が途絶えて3週間が過ぎた。
邸宅から捜索隊が次々と送られたが、見つけ出せなかった。
「お嬢様、先週発った捜索隊が戻りましたが、成果はありませんでした」
エドガーはしょんぼりと報告した。
「そう」
リリアンは暗い気持ちで応えた。最初の1、2週間は報告を期待して待ったが、もう受け止めることにした。胸にズシリと鉛が乗ったような気分だが。
横で控えていたバルトが励ますように言った。
「大丈夫ですよ。お嬢様。ソードマスターである閣下をどうこう出来る者など、早々おりません」
「でも、ロヴェルが連絡をしないことなんて、今までなかったのでしょう?」
「たしかに、お嬢様が来られてからはありませんね」
エドガーの答えに、リリアンは項垂れた。
バルトはエドガーを睨んだが、時すでに遅し。
バルトとエドガーはリリアンを励まそうと慌てた。
そんな2人の慌てぶりを見ていると、リリアンはおかしくなった。
「ふふ。そうよね。師匠も探してくれてるし、カインツ卿も付いてるから大丈夫よね」
ロヴェルが発った日、隣国との国境側の結界が破られたと連絡があった。ロヴェルはそのまま国境へ向かい、消息を絶った。
その後、シュヴァルツナイトが改めて国境へ向かうと、結界は破られておらず、そのような事はなかったと知らされた。
だがロヴェル達が国境を出たのは確からしく、その後の消息が掴めない。
(考えても仕方ないわ。ロヴェルたちはみんなが探してくれる。帰ってくるまで、私に出来ることをやろう)
現在すでに、窮地に立たされていた。これをどう切り抜けるか。
リリアンが目覚めてすぐ、皇帝から登城の催促状が届いた。
リリアンは知らなかったが、ロヴェルが一蹴したらしい。
とは言っても、リリアンの体力が戻っておらず、ポータルに耐えられないという事由もあったからまかり通った事だった。
ロヴェルが消息を発った翌週、また一通の催促状が届き、さらに昨日、皇帝の使者が来た。
これ以上は断れそうにない。ロヴェルがいない今、皇帝の要請を退けれる者はいないのだ。
それでも公爵邸の人々は、リリアンを皇城へ行かせるつもりはなく、ロヴェルが戻るまで粘るつもりのようだった。
「お嬢様、本日も薬草園に行かれますか?」
「ええ」
「では荷物をお持ちしますね」
リリアンが細々と始めた薬草作りも、4年で規模が大きくなった。"ビニールハウス"成るものを開発してからは、大陸で手に入る薬草は、ほぼここで栽培出来る。
「リリアン!来たわよ」
「カナリア」
「灼灼草はどう?」
「進歩はないわね。気候を合わせても効果がないの」
貰った灼灼草に興味を持ったのはビビだった。ロヴェルを探しに行く変わりに、リリアンはなんとしても育てるよう頼まれた。
「あとは土を試したいのだけど···」
土を取りに行くには、公爵邸を出なければならない。リリアンはロヴェルに言われたことを守り、あれ以来公爵邸を出ていない。
(薬草をよく知らない騎士たちだと、どの土か分からないだろうし···)
「えっ。土なら私が持ってくるわよ?」
「いいの?」
「もちろん。今度持ってくるわね」
リリアンはカナリアの提案をありがたく受け取った。
(良かった。これで前に進めるかもしれないわ)
ぐにゃり
突然、視界が揺れた。よろけたリリアンを慌ててカナリアが支えた。
「どうしたの?大丈夫?」
「――大変」
リリアンは咄嗟に空を見た。
(分からないけど、これは恐らく、結界が壊れたわ)
公爵領を覆っていた結界が、破壊され、何かが侵入した。リリアンは総毛立った。
(これは、この魔力は)
「お嬢様!」
エドガーが叫びながら駆け寄ってくる。
「結界が消えました。急いで本邸へお戻りください」
カナリアと別れ、本邸に戻った。ホールは騒然としている。指示を出していたバルトが、リリアンに気づくと近づいて来た。。
「バルト、結界が破られたのね?何か私に出来ることはある?」
リリアンがバルトに聞くと、バルトは深刻そうな表情で応えた。
「お嬢様、こんなことが出来るのは、大陸で1人だけです。ここは安全ではなくなりました。今すぐにエルフの里へお逃げください」
「バルト····」
バルトは更に早口で続けた。
「ビビ殿のお部屋に、エルフの里へのポータルがあります。ビビ殿とお嬢様しか通れないと聞いております。閣下が戻りましたら、必ずお迎えに向かいますのでー···」
広間がドシリと揺らいだ。
扉は壁ごと崩れ、大きな音と土煙が舞った。
ラナに咄嗟に庇われながら、リリアンは瓦礫の上に腰掛けた人物を見て血の気が引いた。
ロヴェルと同じ、金の髪に金の瞳。しかしロヴェルとは似ても似つかない冷たい眼差しで皇帝は見下ろしていた。
「待ちくたびれたぞ。もう良いだろう」
エドガーが剣を抜く。
「皇帝....!」
ズバっと稲妻が切り裂いた。エドガーから血しぶきが上がった。
「エドガー卿!」
駆け寄ろうとしたリリアンを、エドガーは手で制した。
「お嬢様、大丈夫。かすっただけです」
「敬称を付けろ。まったく躾がなっていないな」
皇帝は瓦礫から飛び降りると、まっすぐにリリアンを見た。
「登城しろ。リリアン・アナベル」
声が重い。
バルトが何か言おうとしたが、皇帝が制した。
「口を開くな。この場に、それが許可された者はいないぞ」
「お嬢様はエルフの里にお行きください」
ラナが小声で言い、リリアンを庇うように前に出た。
(私が逃げたその後は?私がいないからと皇帝が引く訳ない。むしろ――)
エルフの里の残忍な光景が脳裏に浮かんだ。
(逃げないわ。ロヴェルが戻るまで、守らなければ)
ロヴェルの護る、公爵邸の人々はもうリリアンの家族だった。
リリアンはラナの肩をたたき、微笑んだ。
「お嬢様···?」
ラナの静止を拒み、リリアンは前に出た。
「登城します」




