3ー女神の娘①
15匹くらいの群れだった。2人とも、あまり息も上がっていない。
「すごいね2人とも。あっという間に倒しちゃうなんて······あ、カインツ卿、腕の怪我治しますよ」
カインツの腕に切り傷を見つけ、手を伸ばすとサッとさけられた。
「あ、いえ大丈夫です。この程度の傷、お気になさらず」
あんまり信用されてないのかな。とショボンとすると、カインツは慌てた。
「リリアン様の治癒術を信用してない訳ではありません。貴方の治癒力は素晴らしいです。ただ、ほんとにこのくらいの傷は日常茶飯事なので······」
後退りするカインツの腕を、ガッと捕まえたのはロヴェルだ。
「いただだ、殿下強い!力が強い!」
「治癒して貰うのが申し訳ないなら、小傷を作るな」
皇族は力が強いのだろうか?涙目になっているカインツを気の毒に思いながら、リリアンは身動きが取れなくなったカインツの腕をサッと治した。
すると2人は目をまん丸くして傷のあった腕を見た。
「いや、本当にすごいですね」
「ああ······」
2人とも、少年のように目を輝かせている。
「治癒の途中も全く痛みがないなんて!それもこんな一瞬で」
「え?何がですか?」
リリアンは2人が何に熱くなっているのか分からない。
「リリアン様、私は騎士なのでよく怪我をします。その時の治癒ときたら!もっと痛いし、時間はかかるしお金もかかるし大変なのですよ!なのに教会のやつらは····」
カインツは至近距離で熱く語ってくれた。
(なるほどそういうこと)
「ああ···そうでしょうね。たしかに私の治癒はあまり時間がかからないかも」
「なぜだ?」
ロヴェルもカインツを押しのけて食い気味に聞いてきた。
(そんなに時間がかかるのかな?)
「私の治癒は、患部の必要な箇所のみに力を注ぎます。おそらく、教会では患部の近く全体を治そうと力を注ぐので時間がかかるのです」
これは、現代日本で医療を学んだから出来る芸当だった。理解していなければ、患部すら分からない。
自らの魔力で患部を探し、魔力を注ぐ。
「ふむ。理解しがたいが、それは常人には難しいな」
考えていたロヴェルはパッと前を向いた。
「君が何故そんなことが出来るのか、その力があって何故こんな辺鄙な所にいるのか気になるが、詮索は止めよう。こちらも詮索されては困ることもあるしな」
ロヴェルはカインツをジロリと見た。
カインツはサッと目を逸らす。
リリアンはカインツの「殿下」呼びを聞かなかったことにして、奥に進んだ。
しばらく進んで、何度かモンスターの群れと出くわした。危なげなく2人は倒し、更に奥へ進んだ。
「今日はここまでにしましょう」
カインツが言い、一泊して朝からまた探すことになった。
思ったより見つからず、リリアンは焦った。
(あまり長く家を留守にしたくない。明日には必ず見つけないと)
3人は食事をすませ、寝ることにした。夜はロヴェルとカインツが交代で見張りをするそうだ。
「私も交代で見張り出来ます」
2人は渋い顔をした。
「君はモンスターが近付いてきても気付かないだろう?」
「気付いて我々を起こしている間にやられますね」
「途中で寝てしまわないか?」
「明日帰り道で歩けなくなっても困りますし」
散々言われて引き下がるしかなかった。
寝る前にトイレに行きたくて「お手洗いに行ってきます」と言って寝床から離れた。
見張りのロヴェルには伝わらず、
「? 手が汚れたのか?早く戻れよ」と言っていた。
この世界でスムーズにトイレに行くには何と言うのか、帰ったらビビに聞いておかねば。
トイレから戻る途中、リリアンの足元を素早く何かがかすめた。
「雪うさぎ!」
雪うさぎはロカの木の近くに巣を作る。
リリアンは咄嗟に追いかけた。
もちろんここが危険な場所なので遠くに行くつもりはない。近くまでだ。近くまで。
すぐ大きな湖に出た。真ん中に島と言えないほど小さな島がある。
雪うさぎは見失ってしまった。
キョロキョロと辺りを見渡してガッカリした。
「手がかりだったのにな」
水面に移る自身の姿を見る。
リリアンは編み込んである、珍しくもない赤毛を見てホッとした。
地毛ではなく、リリアンは髪を染めている。
この魔法がありふれた世界でも、髪を染めるのはとても難しい。髪色で身分が分かることがあるからだ。
そして瞳の色は変える術がない。リリアンの瞳は紫色だ。紫の瞳は魔力の高さを表していた。
「戻ろ」
踵を返してすぐ、湖から出てきた何かに引っ張られ水に引き込まれた。
「――っ!!」
(――大丈夫!私は泳げる!)
前世のスイミングスクールで、背泳ぎまで習った記憶のあるリリアンは自分を奮い立たせた。
泳ぐことは問題ないものの、問題はこいつらだ。リリアンの足は、水かきの付いた手に掴まれて動けない。
(背中にヒレもある。なんだったかしら。半魚人?)
だんだん苦しくなってきたので、魔物の手を思いっきり蹴った。――つもりだったが浮力もあり全く意味がない。
(攻撃魔法は苦手なのよね)
攻撃魔法は師匠の領域だ。攻撃は師匠がして、私が治癒をする。
教会から逃げて3年。ずっとそうしてきた。
(でもこのままじゃ死ぬわ)
リリアンは意を決して魔物に向かって手をかざした。
この魔物がもう少し人間とかけ離れた姿なら良かったのに。
何かを攻撃するのは恐ろしい。この世界で目覚めたのは5歳の時だ。異世界生活10年になる。それでも前世の感覚は抜けない。
攻撃の際、目をつむってしまったからか、まともに当たらなかった。それでも足は魔物から開放されたので、リリアンは必死に水面に出た。
息を思いっきり吸うと、また水の中に引っ張られた。
苦しくて軽くパニックになってしまい、頭が真っ白になる。
魔物も必死なので、お腹をしたたかに殴られた。口から息がゴボゴボッと漏れ、リリアンはちょっと諦めた。
(あー······失敗した。師匠に怒られるかな。せっかく私を逃がしてくれたのに)
更に奥に引き込まれながら、目を閉じて、また開けると月が見えた。
(――綺麗)
(――月じゃないわ。ロヴェル?)
バッシャーン!!!
水面がパカッと一瞬切れて、水圧で小さな渦が出来た。理由が分からず目をぎゅっと閉じると、お腹を抱えられて上へ連れて行かれた。
水中から助け出されゲホゲホと全身で咳き込んだ。背中を優しくさすってくれるのはロヴェルだ。水に濡れて輝く金の髪。
ロヴェルの目はいつもの冷めた雰囲気はそのままだが、明らかに見開いている。驚きを孕んでいた。
リリアンは顔に張り付く自分の髪を見た。水に揉まれて髪色が取れている。
(ああ、そりゃ驚くわよね。私も初めてみた時は驚いたもの。ファンタジーさながらのこの髪色に)
だがロヴェルはそのファンタジーの世界の人間だ。驚くには理由がある。
「リリアン。君は女神の娘だったのか」
この帝国で、金の髪は皇族の色。――紫は女神の色だった。
「じゃあ君が、失踪したリリアン・アナベル・フォルツナー猊下なのか」
リリアンは辟易して、自分の薄紫の髪の雫を搾った。
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