37ー久しぶりの外出
目覚めてから2週間、拍子抜けするほど穏やかな日々をリリアンは送っていた。
最初の2、3日はお見舞いに来てくれる人の対応で忙しかったが、それからは自由に動けた。
まだ公爵邸から出るのは止められたものの、公爵邸の訓練場や庭の散歩。邸内にある図書館で読書をしたりして過ごした。
ロヴェルは4年前も今も変わらず忙しく、公爵邸にいない時間がほとんどだったが、それでも合間を見つけては一緒に食事をしたり、時間を見つけては会いに来てくれた。
「――え?街へ行ってもいいの?」
5日ぶりに一緒に夕食をとった日、ダメ元で聞いたリリアンは驚いた。
「ああ。体力も戻りつつあるし、護衛を引き連れてならばかまわない」
ロヴェルはにこやかに言った。
4年の歳月はロヴェルを穏やかにしたのか、よく微笑うようになった。
「どこへ行きたいんだ?」
ロヴェルを見つめていたリリアンは我に返って下を向いた。
「あ、診療所へ。カザンさんが珍しい薬草が手に入ったと言ってて、見せてもらいたくて」
「····そうか、いつ行くんだ?」
ロヴェルの眉が一瞬ピクリと動いた気がしたが、気のせいだろう。微笑ったままだ。
「明後日にしようかな」
「·····ふむ」
ロヴェルが思考を巡らせる姿は、とても絵になる。リリアンはまたも見とれてしまう。
「明後日なら、近くに用がある。後に合流しよう」
「! うん!ロヴェルも何か用事があるの?」
あまりの嬉しさに前のめりになる。
「ああ。リリアンの着るものも、合わなくなっているだろう?ついでに見繕いに行こう」
「えっ」
思いも寄らない要件だ。なぜなら数日前に、衣装屋が邸宅に来て、リリアンのドレスや普段着、装飾品などを大量に新調したばかりだ。それもロヴェルの指示で。
「おとといたくさん買ったばかりよ」
これ以上増やしてどうするのだ。
「ハハハッ。良いじゃないか。困るものでもなし」
明るく微笑うロヴェルに、リリアンも釣られて軽口を言う。
「あれ以上増えたら服に埋もれてしまうわ」
ロヴェルは満足そうに言う。
「私が選びたいんだ」
「えっ」
(選ぶ?ロヴェルがドレスを?)
想像できない。
ラナに当日の護衛を増やすよう指示をすると、ロヴェルは席を立った。
「じゃあリリアン、また」
「今から行くの?」
「ちょっとな」
(忙しいくせに、私と街へ行く余裕なんてあるのかな)
ジトリと見ていると、ロヴェルは頭をポンと撫でて部屋を出ていった。
伊達に前世からの記憶を持っているわけではなく、リリアンだって鈍くはない。
どうしたらいいか分からない。ロヴェルが自分を見る目が、とにかく甘いのだ。溶けてしまいそうなほどに。
その理由も、分からないはずがなかった。
ーーーーーーー
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう、カーラ」
カーテンを開け、カーラは言った。
「あまり眠られなかったようですね?大丈夫ですか?」
「ちょっと考え事してて」
目を擦りながら言う。
「どうぞ」
差し出された白湯を受け取り、冷ましながら口に含んだ。じんわりと身体が温かくなり、ほっとする。
やさしく微笑ってカーラが言った。
「今日は公爵様とのデートですものね。分かります。緊張しますよね」
「ゴホッ」
口に含んだ白湯を盛大に吹いた。
「お嬢様?!」
「ゴッホゴホ」
「デート?違うわカーラ、そういうのじゃない」
慌てながら訂正すると、カーラも慌てた。
「えっそうなのですか?私はてっきり」
慌てる2人は、入ってきたラナに声をかけられるまで気づかなかった。
「お二人とも、どうされました?」
「あっ、ラナ卿。いえ、今日の外出を私がデートと勘違いしまして」
カーラの言葉に、リリアンは被せるように言った。
「違うわよね?ラナ?デートじゃないわよね?」
ラナは真っ赤になったリリアンに、小さな声で応えた。
「はい·····違うと思います」
ただ、心の中で「閣下、かわいそうに····」と呟いた。
ーーーーーーーー
午後、診療所は人でいっぱいだった。
リリアンは文字通り騎士を引き連れてきたので、ラナとエドガーと3人で中に入った。
「リリアン!来てくれたのね」
妹のカナリアが出迎えてくれた。彼女は頻繁に公爵邸へお見舞いに来てくれ、リリアンの親しい友人になった。
兄のカザンは奥で怪我人の対応をしている。
こちらをチラリと見、手を降ってくれた。
「兄さんは今手が離せなくて。薬草はこっちよ」
カナリアに付いていきながら、リリアンは申し訳なく言った。
「忙しいのね。日を改めれば良かったかしら」
「いえ、多分いつ来てもこうだったと思うわ。普段は暇なのよ。ただ、誰かがあなたと兄を接触させたくないようね。あなたが来る時間になったら、急に患者さんが増えたから」
後半はカナリアがボソボソとしゃべったので、よく聞こえなかったが、いつ来ても忙しいということだろう。何せ、カナリアはよくお見舞い来てくれたが、カザンは一度も来なかった。
カナリアがふとリリアンを見て言った。
「まぁ、仕方ないわよね。4年前から綺麗だったけど、成長した貴方はちょっと危険だわ」
「え?」
聞き慣れない言葉はよく聞こえない。
「あ、これよ。灼灼草。」
カナリアが薬草をお盆に乗せてくれた。
青紫のような、不思議な色合いの薬草だ。自然界では珍しい。
リリアンは一房手に取り、眺めながら記憶をたどる。
「成分と成分の譲渡を助ける効能を持つ薬草よね?。これを使えば、たしかに1つの薬の効力が増やせると思う」
カナリアが応える。
「ええ。でも、まだ群生地帯を見つけれてないのよね。いくつか実験したものがあるの。見ていく?」
「もちろん!」
リリアンは頷いた。




