35ー想いの募った4年間
ロヴェルはリリアンが治癒師に診てもらっている間、腕を組んで待っていた。
エルフの里の顛末を話そうとした時に、治癒師が到着したからだ。
ロヴェルとリリアンは一旦話を止め、診てもらうことにした。
動くリリアンを見ていると、夢ではないか?と感じてしまう。この4年間、実際に何度も見た夢だった。
「ロヴェル······見すぎよ」
リリアンがジロリと睨み、言った。
その半眼も、ロヴェルの馴染みがあるものだ。照れているのか頬が少し赤い。ロヴェルは真顔で手に力を入れて耐えた。まずい。抱き締めたくてたまらない。
「ロヴェル?」
無言のままのロヴェルを、今度は少し心配している。
ロヴェルは足にも力を入れた。
「ああ、いや。動いている姿が嬉しくて」
リリアンはポカンとした顔をして、一気に頬を赤くした。
「なにそれ」
パッとそっぽを向いてしまった。ロヴェルはもう耐えられない。
2人の空気に治癒師も耐えれなかったのか、口を挟んだ。
「異常なしです。筋肉の硬直などは、お嬢様がご自分で治癒したようですし、あとは時間をかけて体力を戻していきましょう」
「それだけか?」
4年も寝ていたのに?ロヴェルは眉間にシワを寄せた。
「ええ。やはり激しい魔力切れが原因でしたからね。公爵様も、長居してはいけませんよ」
初老の女性治癒師はぴしゃりと言い、部屋を後にした。
気まずい空気が流れ、カーラが口を開いた。
「お嬢様、私は料理長に言ってスープを用意してまいります」
逃げた訳ではないが、逃げるように去ったカーラが部屋を出ると、ロヴェルは小さく息をはいてリリアンに向き直った。
「先ほどの話の続きだが、君はカーラの足を治癒した際に、そのままエルフの里全体の治癒をしたんだ。リリアンの治癒術は里全体を覆っていた」
「えっ。たしかに必死ではあったけど」
「リリアンは治癒術で、切断された手足を蘇生させたことはないそうだな?」
ビビがロヴェルに言っていたことだ。というか、そもそもそんな事が出来る治癒師などいない。
「うん。切断されたものをくっつけることは出来たけど、ないものを蘇生することは出来なかった」
ーふぅ。思わず小さくため息をつく。
「では、相当無理をしたに違いない。切断された足を蘇生した上に、里全体の治癒など······君以外には無理なことだ」
実際に目にしていなければ信じられないだろう。齢12だった少女が成し遂げたなど。
「心配、したよね?ごめん。まさか4年も眠ることになるなんて」
リリアンは俯いた。薄紫のふわふわな髪が流れ、表情を隠す。
ロヴェルは抱きしめたいのをなんとか堪え、リリアンの頭を撫でた。
「すまない。先に礼を言うべきだった」
すぐ過ちをおかしてしまう。
「リリアンのおかげで、エルフの里の皆と、公爵領の騎士たちの命がまた救われた。あの惨状で、死者は愚か、怪我人までいなかった。ありがとう」
リリアンはホッとしたように見上げる。
「うん」
我慢したつもりが、やはり出来ずに気付けば抱きしめていた。
「しかし、あんな無茶はもうしないでくれ」
「ごめんね」
リリアンがロヴェルの頭を撫でる。4年前と同じように。
ロヴェルにとっては4年前だが、リリアンにとってはそうではない。
今度はロヴェルはすぐに離れた。
リリアンは意外そうに言った。
「泣いてない」
「は?」
「この間は泣いてたのに」
「4年も前だぞ」
パチパチと大きな紫の瞳を開くリリアンに、ロヴェルは微笑って、言った。
「さて、もう休め。明日になると続々と人が来るぞ」
コンコン。待っていたかのようにカーラが扉を開いた。
「お嬢様、スープですよ。お食べになって休んでください」
「カーラ、あとは頼む」
ロヴェルが言うと、カーラはお辞儀で返事をした。
立ち上がり、ドアへ向かおうとすると裾が引っ張られた。裾を掴まれるなんて初めてだったので、何が引っかかっているのか分からなかった。
「どうした?」
すぐに振り返り、自分でも驚くくらい優しい声音でリリアンに聞いた。
聞かれたリリアンも驚いて、慌てて手を離した。
「あっごめん!なんでもない」
ただでさえ離れがたかったので、ロヴェルはまた椅子に座った。
「リリアンのスープがなくなるまでいよう。私が食べさせてもいいか?」
「「えっ」」
リリアンだけでなくカーラまで驚いた。
拒否される前に、カーラからスープを受け取り、一匙すくって差し出した。
リリアンはもごもご何か言っている。
「ひ、ひとりで食べれる」
真っ赤だ。
(可愛いな)
リリアンが目覚めて、何度思ったことやら。
「無理するな。まだ手が震えているぞ」
「カーラにしてもらう」
「私でも問題ないだろう」
途端にリリアンの瞳に涙が溜まった。
ぎょっとして、ロヴェルは慌てて反省した。
「まっ待て。すまない変わるから」
リリアンはすかさず言った。
「違う。恥ずかしいだけ。貰うから待って」
「いや、私が無理強いし過ぎた」
ロヴェルが席を立とうとすると、リリアンが叫んだ。
「もうっ!待ってって言ってるでしょ。ロヴェルがいいの」
ロヴェルはまた泣かれたくなかったが、淡い期待を込めて匙を差し出した。
リリアンは耳に髪をかけ、パクリとスープを口に加えた。そしてにっこり微笑んだ。
「美味しい」
全身に電気が走ったように衝撃が走り、ロヴェルは匙を慌てて置いた。
「カーラ、後は頼む」
立ち上がり、先ほどと同じ事を言い、足早に部屋を出た。
後ろ手で扉を閉め、しばしその場に立ちすくんだ。
(最後の表情は分からないが、呆れていることだろう)
慌てて出たものだから、リリアンが変に思っているのではと心配になったが、部屋には戻れない。触らずとも分かる。耳まで真っ赤なのだ。
4年で育ちに育った感情が、行き場を失ってもがいている。
「ーおや、公爵。愉快な表情をしているね」
からかうような口調に、ロヴェルはすぐに顔を上げた。
「········ビビ殿」
やっかいな人物に見られロヴェルは眉間にシワを寄せたが、リリアンの待ち人だ。ロヴェルはすぐに道を譲った。




