33ーエルフの里⑦
「治癒術は素晴らしいが、魔力感知は苦手なようだな?」
皇帝は首をかしげた。
たしかに魔力感知は苦手だ。あちこちに様々な魔力があり、皇帝が近くにいる事に気付くことすら出来なかった。
「ロヴェル·······シュバルツ公爵はどうしたのです?」
リリアンはたった今治癒したエルフを背後に隠しながら、皇帝に向き合った。恐怖で語尾が震える。
(皇帝がロヴェルから逃げて来たんだわ。そうに違いない)
震えた声に、皇帝は訝しんだ。
「私を目の前にして公爵の心配とはな。まさか公爵と恋仲なのか?」
皇帝はからかうように、先ほどと逆側に首をかしげてみせた。
一歩一歩ゆっくりと近づいてくる皇帝に、リリアンの身体は動かない。カーラも恐怖で立ちすくんでいた。
「公爵に期待するな。私と対峙して無事なわけがないだろう」
バッサリと言う皇帝に、リリアンは手を握りしめた。
(大丈夫。大丈夫よ。皇帝だってロヴェルを殺したりはしないわ。どんな怪我だろうと、私が治せばいい)
「女神の娘、私と一緒に来なさい」
皇帝は左側の口角をにやりと歪めて言った。
「私が行けば、里には手を出しませんか?」
リリアンは握りしめた手の勢いのまま言った。
皇帝は一瞬だけ目をまん丸にし、手を目にあてて笑い出した。
「はははは!君に私と取引が出来るほどの価値はない」
目に当てた手が外れると、金の目はギラリと光っていた。
「この里は壊滅させる。私の要求を拒んだのだからな。見なさい」
皇帝の視線の先を見ると、エルフの住人たちが皇室騎士団に蹂躙されていた。
今まさに斬りつけられそうな者、血溜まりの中に倒れて動かない者。皇室騎士団が優勢な上、次々と地面の魔法陣から召喚されている。
「里をなくす気ですか····やめてください」
リリアンは意味がないと分かっていても、皇帝に言った。声は震えて小さかったが、聞こえないほどではなかった。
「もうすぐ終わる。そこで待っていなさい」
皇帝は当然のようにリリアンの言葉は無視した。
エルフも果敢に立ち向かっているが、エルフの魔法は古いのだ。騎士団の鋼鉄な鎧に、魔法の効力は薄かった。
「どうして」
ここまで残虐に出来るのか。
皇帝の顔には、何の感情も読み取れない。リリアンはゾッとした。
いつのまにか腰が抜け、気づかぬうちに地面に座り込んでいた。後ろにいるエルフが、動いた気配がした。
「ああ、まだそこに居たな」
皇帝が手を振り上げた。リリアンは上がらぬ腰を何とか動かして、後ろのエルフに覆いかぶさった。
「おい。私に慈悲があると思うな。君にそこまで執着していないぞ」
皇帝は変わらぬ声のトーンでいい、手を振り下ろした。
バチバチバチッ
激しい振動がしたが、痛みがなかった。
「うぅっ」
自分以外のうめき声に、リリアンは反射的に顔を上げた。
カーラがゆっくりと倒れた。
リリアンは倒れたカーラを見て絶句した。
「足が···」
右足の太腿から下が、ない。あまりの惨状に、リリアンは目眩がした。
(大変····大変···カーラの足が)
「カーラ、大丈夫よ。落ち着いて。私が···」
(私はなくなった足は治せない)
両目から涙が溢れた。途端に視界が歪む。
思わず固まったリリアンを、カーラはふわりと抱きしめた。
「お嬢様、大丈夫ですよ」
歪む視界の向こうで、皇帝が動いた。
「ふむ。ハーフエルフにしては惜しい忠誠心だ」
リリアンは自分の身体の中心から、初めて感じる激しい苛立ちを感じた。一般的には殺意と言うのだろう。
「はは。そう睨むな。その子は今楽にしてあげよう」
皇帝がまた手を上げた瞬間、皇帝とリリアンの間に風の壁がそり立った。
リリアンにとって一番落ち着く、優しい風。
「遅くなってすまない」
一瞬、耳の近くに声がした。姿は速すぎて見えなかったが、声が聞けただけでリリアンは落ち着きを取り戻せた。
皇帝の気配が遠くに消えたことを感じ、リリアンはカーラの腕を振りほどいた。
しっかり診ると、焼け落ちているのは右足の膝から下だ。左足はかろうじて残っている。
額に滲んだ汗を吹き、目を閉じて集中する。
手を掲げて、唱えた。と言うより叫んだ。
「ヒール!」
リリアンは皇帝に感じた激しい怒りを、抑えることが出来なかった。
一方的な殺戮を見たのは、初めてのことだ。
(私は)
リリアンの周りの光の粒が大きくなっていく。
(治癒師だ)
先ほど見た村の惨状が脳裏に浮かぶ。
(屈したくない!)
「うっ」
カーラが小さく呻いた。
閉じていた目を開ける。カーラは治癒していく。失った足以外は。
リリアンは悔しさと他の感情も相成り、歯をギシリと食いしばった。
力いっぱい、息まで止めた。
リリアンの周りの光の輪が、5メートルほど広がった。
(治す!)
酸欠もあり、目の前がチカチカして来た。
(治す!)
光の輪は更に広がっていく。視界が真っ白になる。
(治れーーーーーーー!)
里全体に広がったドーム上の光の輪が弾け、キラキラと光の粒が舞い散った。
「すごい治癒力だ。想定以上だ」
皇帝は関心して言った。
ロヴェルは腰に刺していた短剣を、顔面目掛けて投げた。
「口を開かないでください」
「ははは!公爵、どうするんだ。こんなに全面的に争って。独立でもする気か?」
ロヴェルが投げた短剣を、2本の指で挟んで受け止め、皇帝は言った。余裕を見せているが、皇帝も体力の限界だった。肩で息をし始めている。
「許されるのなら、今すぐにでも」
ロヴェルは既に限界は超え、片腕は動かぬまま、剣を右手に括り付けている。短剣も身体の反りの反動で投げたものだ。そろそろ足も言うことを聞かなくなってきた。
「ふぅ」
大きなため息を皇帝は付いた。
「強くなったな。公爵。ーいや、私が老いたのか?人族は老いが早すぎる」
身体は動かないものの、ギラギラと光る瞳を見れば、ロヴェルがまだ戦うつもりなのは皇帝にも分かった。
「殺さずに決着は無理そうだ。今日は帰る」
皇帝は空間を手で切り裂き、両手で無造作に広げ足を突っ込んだ。
ロヴェルも追える状態ではない事は分かっていた。
「渡しませんよ」
皇帝は頭だけぐるりと動かした。
「これだけの力となると、そうはいかない」
それだけ言うと、皇帝は切り裂いた空間に消えて行った。
ロヴェルは肩で息をしたまま、足を引きづって里に向かった。
(もう跳ぶ魔力もない。リリアン)
彼女の無事だけを女神に祈った。
読んで頂きありがとうございます。
第一章、終わりです。
34話からは第二章になります。




