32ーエルフの里⑥
「アレクシウス様、ここを開けて下さい。オロフィスです。長もそこにいらっしゃるのでしょう?」
ドアの向こう側から声がした。
アレクシウスはすぐにドアを開けず、そのまま答えた。
「オロフィスか。外はどうなっている?周りに敵はいないか?」
「襲撃は皇帝1人のようです。周りに敵はおりません。長に報告があるのです」
アレクシウスは少し思案したが、鍵を開けた。
「手短に話せ。状況が緊迫している」
ーーーーパンッ!
乾いた音が鳴り、血しぶきが飛んだ。
「アレクシウスさん!」
リリアンが駆け寄ろうとすると、アレクシウスは手で制した。
「女神の娘、ここにいたのか。ちょうどいい」
オロフィスは片手に小さな銀の銃を持っていた。隣に見慣れた人物がいる。
「カーラ!」
カーラは銃を突きつけられている。
「お嬢様!お逃げください!」
オロフィスはカーラを銃で押しながら、部屋に入った。
「アレクシウス様、何故早く決断されなかったのですか?皇帝はお怒りです」
オロフィスが冷たく言うと、アレクシウスは撃たれた肩を手で押さえ、嘲笑うように言った。
「何を決断すると言うのだ。皇帝に協力しても、ただ魔力を奪われ利用されるだけだ。協力関係にはなり得ない。そんなことも分からないのか」
「何を言うのです。皇帝とてただの人族。恐るるに足りません。我々エルフには到底敵いませぬ。数で敵わないといえど、今の皇帝は唯我独尊。今日とて1人で現れたではありませんか」
(正気じゃないわ)
リリアンはアレクシウスの撃たれた箇所を診た。
(貫通している。早く止血しなければ)
オロフィスはぎょろりとリリアンを見た。
「女神の娘」
急に声をかけられ、リリアンは後ずさった。年老いた顔に欲望が浮かんでいる。
「ふむ。お前を渡せば、皇帝は同盟を受け入れるそうだ。来なさい」
オロフィスが手を上げると、数人のエルフが入って来た。中にはハーフエルフもいた。
「我々は皇帝と手を組む。」
「お嬢様に手を出してはいけません!」
カーラは入って来たハーフエルフに言った。
「俺たちに、エルフと同じ生活は無理がある。カーラも分かるだろう?」
ハーフエルフはそう言うと、リリアンに手を伸ばす。
(バリアがうまく張れるかしら)
リリアンが魔術を唱える前に、バチンッとハーフエルフの手が弾かれた。
振り向くと、ルキウスが手をかざしている。バリアを張ってくれていた。
「やめなさいオロフィス。千年も生きた者が子供に手を出すなど、恥ずかしい」
ルキウスは静かに言った。声音に怒りが込められている。
オロフィスはため息をついてルキウスを見た。
「長には私の考えを理解していただけると思っています」
ルキウスは眉をぴくりと動かした。
黙っているルキウスに、オロフィスは恍惚と告げた。
「長。今はもう里に籠もっている時代ではありませぬ。人族と手を組むのは一時的です。数で劣るとしても、能力で圧倒しているので問題ありません。以前の様に、エルフがまた生態の頂点に立ちー········」
恍惚と話続けるオロフィスは、突然熱風と共に吹き飛んだ。
「ーーそなたこそ、いつの時代の話をしているんだ?」
眉をしかめたビビが、怒りを顕にして入って来た。
チラリとアレクシウスを見て、ますます表情が歪んだ。
「リリアン、アレクを頼むよ」
「うんっ」
慌ててリリアンはアレクシウスに駆け寄った。
「私の弟に、なんて真似をするんだ?」
ビビはゆらりとオロフィスに近づく。
オロフィスは地面にぶつけた額を押さえながら、ビビと向き合った。
「ベアトリクス。お前こそ閉鎖的な里に反発して、里を捨てたのではないのか」
「そんな訳ないだろう。私だって故郷に愛着はある。知っているか?オロフィス。そなたの様な者を、人族で何というか」
ビビは手を掲げたまま、オロフィスに近づいた。
「老害だ」
バチバチッと小さな、しかし激しい雷撃をオロフィスは受け、そのまま仰向けに倒れた。
ビビは痺れた右手を見て、呟いた。
「やはり雷撃が人体には一番効くな。皇帝がよく使うはずだ」
「ベアトリクス、結界はどうだった?」
リリアンに肩を治してもらったアレクシウスは、ビビに駆け寄る。
「結界はもう駄目だ。里を諦めよう。今ジーナシウス達にエルフ達を里から避難させている。長も早くー······」
ビビが言い終わらないうちに、外から悲鳴が聞こえはじめた。
「なんだ?」
リリアン達が慌てて外に出ると、見慣れない甲冑の騎士たちがエルフ達に襲い掛かっていた。
「皇室騎士団だ」
ビビが呟いた。
地面という地面に、無数の魔法陣が生まれている。
「転移して来たのか」
「アレクシウス、長と一緒に避難していろ。リリアン
も頼んだ」
ビビの言葉に、思わずリリアンはビビの腕を掴んだ。
「師匠!私も行きます。治癒師が必要でしょう」
ビビは首を振った。
「いや、戦場から離れた場所に治癒師は必要なんだ。治癒師が怪我をしては意味がない。怪我人を連れていくから、先に救護場を整えてくれ」
リリアンは何も言えなくなった。そのとおりだ。
「女神の娘、急げ!」
アレクシウスが言うと、リリアンも付いて行くしかなかった。
「師匠!早く来てくださいね!」
リリアンはビビに言うと、カーラの手を引きアレクシウスに付いて行った。
「どこへ避難するんですか?」
「里の者だけに反応する転移陣がいくつかある。ここからだと、私の執務場が一番近い」
リリアンは走りながら、倒れているエルフを見つけた。
「アレクシウスさん、長と先に行ってください!私はあの人も連れて行きます」
「しかし、君1人には」
「私が手伝います」
カーラがすぐにリリアンに駆け寄った。
「分かった。急ぐのだぞ」
アレクシウスは、リリアンの魔力量を考えて大丈夫だと判断したようだ。
「はい!」
勢いよく返事をし、リリアンは怪我したエルフの元へ急いだ。
倒れているエルフの女性はあきらかに重症だった。
「カーラ、この人はすぐに治癒しないと危ないわ。少し待って」
普段なら治癒の箇所を断定してヒールを唱えるが、時間が惜しい。リリアンは集中して唱えた。
「ハイ・ヒール」
かざした手のひらから、金の粉が舞い、女性の傷は立ちどころに治っていく。だが血を流しすぎているせいか、意識が戻らなかった。
(私とカーラで抱えていくしかないわ)
「カーラ····」
「ふむ。やはり凄まじい治癒力だな」
背後から聞こえた皇帝の声に、振り向く間もなく背筋が凍った。




