31ーエルフの里⑤
里の中には入らず、入り口付近で待機していたカインツは、ゾッとする魔力を感じて立ち上がった。
魔力感知が出来る騎士たちは瞬時に付近を警戒し、戦闘態勢に移ったが、感じる魔力に思わず手が震えている。
「ヨイテ、不味いぞ。入口にいるエルフに異変を知らせるんだ。この魔力はー····皇帝だ」
カインツは言うと同時に、剣を構えた。背後にヨイテが走り去った気配を感じ、額から流れる汗を拭った。
(どれだけ時間稼ぎができるだろうか)
暗い茂みから、輝く金の髪が見えた。寝巻きの様な姿で無造作に歩いてくる。
「ふむ。来るのが少し遅かったようだな。公爵に先をこされたか」
皇帝は首をかしげる。
「陛下、ここへは何のご用でしょう」
カインツが少し剣を下げて口を開くと、皇帝はギラリと目で怒りを顕にした。
「口を開く許可は与えていないぞ。公爵の右腕を始末したくはない。大人しくしているのが良かろう」
(ひとりか?皇室騎士団も連れずに?)
カインツは目だけ動かし、周囲を見た。
「下がれと言ったのだが?」
皇帝は声をかけながら手を振り上げた。
(下がらしてくれる気はないだろうに)
カインツはすばやく両手で柄を握る。
「もう遅いがな」
皇帝はニヤリと笑い、腕を振り下ろした。
振り下ろされた腕と同時に、カインツの頭上に激しい雷撃が落とされた。
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「皇室に力を貸す?戦争に連れて行かれるだけだわ。エルフに何の得があるの?」
リリアンは信じられない思いで言った。
「昔は、種族間の戦争があったからね。エルフは人族に次いで力を持っていた。やがて数で負け、森の奥に引っ込んだのだけど」
ルキウスは複雑そうに言った。
「聞いたことはあるが、遥か昔の事だろう?エルフに一緒に天下を取ろうとでも囁いたのか?現実味がないな」
ロヴェルは首をかしげながら言うと、ビビは微笑って言った。
「君たちにとって遥か昔でも、エルフにとってはそうじゃない。実際に私が子供の頃のことだ。だから年の多いエルフには現実味があるように聞こえるのさ」
「では、中央で暮らしたいハーフエルフと、昔を思い描いた一部のエルフを、皇室が誑かしているということか?」
ビビはアレクシウスに視線を移した。
「どうなのかな?」
アレクシウスはため息と共に答えた。
「簡潔に言うと、そういうことだ」
「でも、それが何故私を連れてくることになるのですか?」
「皇室が最近になって、ベアトリクスが保護した少女が女神の娘だと言ってきた。皇室に捕らわれる前に、こちらで保護しようと君を探していた」
ロヴェルが眉をぴくりと動かした。
「それが分からない。エルフの里より、公爵領の方が安全だろう?ましてやここには皇室の者が出入りしていると言うのに」
アレクシウスは少し目を見開いた。言われたことが意外だったようだ。
「女神の娘は、皇太子と婚約するために皇室に呼ばれると聞いたぞ。だからこちらで匿おうとしたのだ」
聞き捨てならない言葉に、リリアンは声をあげた。 「何ですかそれは!初耳です」
ロヴェルを見ると、明らかに眉間のシワが増えている。
「事実無根だな」
(どうして皇室はそんな嘘を?それとも、私を本当に皇太子の婚約者にするつもりなの?)
実際に折ったのは皇太子ではないが、足を折られた恨みもある。冗談ではない。
沈黙が訪れ、ルキウスが口を開いた。
「どうやら、もしかするとここへ集まるように仕向けられた気もしますね。貴方がたはここを発った方が良いかもしれません」
ルキウスが言い終わると同時に、勢いよく扉が開きジーナシウスが慌てて飛び込んで来た。
「襲撃だ」
ー直後、辺りに落雷の音が響いた。
「閣下!」
雷鳴が鳴り響くなか、小屋に入って来たヨイテはロヴェルに知らせる。
「1人か?」
「はい。カインツ卿が応戦しています」
カインツ卿も騎士の中ではずば抜けた実力を持っているが、皇帝には手も足も出ない。迷っているロヴェルにリリアンは叫んだ。
「行って!ここは大丈夫。私だってバリアの1つも張れないままじゃないのよ」
度重なる雷撃で、エルフの里の結界は崩れていた。今ならリリアンにも魔術が使える。
ロヴェルは一瞬躊躇したが、
「すぐ戻る!」
と言うと高いツリーハウスから飛び降りた。
リリアンはすぐにビビを見た。
「師匠」
ビビは頷き、微笑んだ。
「そうだね。私は結界を修復せねば。リリアン、アレクシウス、長を頼んだよ」
「ここより、先ほどまで君が居た小屋の方が安全だ。移動しよう」
アレクシウスはそう言うと、リリアンとルキウスを風の魔術で降ろした。
3人はそのまま、リリアンの居た半地下の小屋に入った。
鍵を閉めると、リリアンはルキウスに手をかざした。
(ずっと具合が悪そうだけど、私に治せるところはないかしら)
ルキウスは微笑んだ。
「ありがとう。リリアン殿。私は老衰です。治せるものではないのですよ」
リリアンはしばらく手を下げなかったが、足先まで診ると下を向いた。
「そのようですね。私がお役に立てるものではなさそうです」
リリアンがしょんぼり言うと、ルキウスはリリアンの頭を撫でた。
また1つ雷鳴が轟いた。
「皇帝の魔力は、凄まじいですね。離れた距離でも身震いするほどだ」
ルキウスの優しい眼差しに、決意の色が浮かんだ。
「これは、この里を捨てねばならないかもしれないな」
ルキウスの言葉に、アレクシウスは否定せず頷いた。




