29ーエルフの里③
朝、リリアンは空腹で目が覚めた。
昨日カーナは食料を持って来てくれたものの、量がとても少なかった。少しの木の実と、水だった。
「申し訳ありません。ハーフエルフの私ですら少しお腹が空いていたのに、お嬢様はなおさらお空きになってますよね」
カーナは申し訳なさそうに話す。
「エルフは物を食べないの?」
ビビが自分と同じように食事をしていたので、夢にも思わなかった。
「はい。エルフは樹木から生気を貰っているので、特に食事は必要ありません。甘味として木の実を食べるくらいです」
(師匠は私に合わせてくれていたのね)
「明日はハーフエルフの友人の所に行って食べ物を貰ってきますね」
リリアンは心からお礼を言った。
「ありがとうカーナ」
目が覚めてしばらくすると、カーナはパンを持って来てくれた。
1つしか持って来れなかったことに、カーナは申し訳なさそうだったが、リリアンのお腹は満たされた。
その日はカーナが湯浴みを手伝ってくれたり、服を持って来てくれたりして時間が過ぎた。
アレクシウスはこの日も現れなかった。リリアンは少しの木の実を食べて、また眠りについた。
更に、次の日もアレクシウスは来なかった。
ー翌朝。リリアンは決意した。
(このままでは駄目だわ。食料もなく、動けなくなってしまう)
3日間だけだが、空腹でふらつくのが分かる。
カーナが言うには、エルフの里には結界があり、エルフ以外は魔術が使えなくなってしまうとのことだった。
つまり自らの体力だけが頼りなのだ。
これ以上このままだと、逃げれなくなってしまう。
3日間でカーナはすっかりリリアンに気を許し、外出の際に鍵をかけなくなった。もともと誰かを監視するなど、エルフの性分には合わないのだろう。
夜は鍵をかけたカーナだったが、朝リリアンに顔を洗うための湯を持ってきたあと、鍵をかけずに食べ物を取りに行ってくれた。
(ごめんカーナ)
心の中で謝って、リリアンは部屋を出た。
部屋を出て、外に出るまで誰とも会わなかった。外も、早朝だからか人気はない。リリアンは木陰に隠れながら進んだ。
(たしかこの方向から来たはずだわ。まず里から出て、魔術が使える状況にしないと)
進む方向に人影が見えた。自分の派手な髪色にまた嫌気がさす。少しでも見られたら誰かに報告されてしまう。
リリアンは家の陰に隠れて、人物が通り過ぎるのを待った。
「陛下はお早い対応を望んでいます。決断なされませ」
「そうは言っても、まだ長の了承を得ていない」
リリアンは思わず座り込んだ。すぐ横に窓があるのを気づかなかった。
「アレクシウス様、今はもう貴方が長の実権を握っておられるでしょう」
アレクシウスはため息混じりに答えた。
「いや、そうではない。私は試されているだけだ」
「とは言え、これ以上決定を待たすのは得策ではありませぬぞ」
地中に埋まった構造の家なので、窓から覗いても視界に入らない。
アレクシウスと話しているエルフは、歳を取っていた。
アレクシウスは長い睫毛を伏せたまま言った。
「さがれオロフィス。この件はすぐに返事は出来ない」
オロフィスと呼ばれたエルフは、納得いかない表情をしていたが、やがて引き下がった。
「分かりました。また伺いましょう」
慌てて木陰に移動し、出てきたオロフィスに見つからないようしゃがみ込んだ。
(何の話をしていたの?陛下って皇帝のこと?どうしてエルフの里で皇帝の名前が出てくるの)
ぐるぐる考えていて、近づいて来た人影に気付けなかった。
「そこで何をしている」
アレクシウスの低い声を聞くなり、リリアンは駆け出した。
「待て!」
闇雲に走ったが、足に力が入らずもつれてしまった。
(転ぶ。捕まるー)
傾いた身体は倒れなかった。ふわりと胴に腕が回され、支えられた。
リリアンは支えてくれている人物の顔を見なかったが、すぐに誰か分かった。ぼろぼろ涙を流しながら言った。
「遅いよう。お腹空いたよう」
ロヴェルは困り果てた顔でリリアンの頭を撫でた。
「ごめん」
少し離れた場所から、アレクシウスの怪訝な声がする。
「人族か?どうやって入った」
「相変わらずだね。アレク」
リリアンが振り向くと、そこにはリリアンが一番見慣れたエルフが居た。
「師匠」
ビビはリリアンに近付き、コロンとした塊を口に突っ込んだ。チョコだ。
「こんなことだろうと思ったよ。ーアレク、人は食事をしないと死んでしまうんだよ。私の愛弟子を飢えさせないでくれ」
アレクシウスは鋭い視線をビビに向けた。
「長い年月便りもなく、よくも私の前に姿を現せれたな」
「お前は私を目の敵にするからな。いない方が良かったろう?」
ビビは幼い弟を扱うように飄々と接した。
「あれだけ探しても見つからなかったのに、どういう風の吹き回しだ?」
アレクシウスはアレクシウスで、世話のかかる姉に辟易している様だ。
リリアンは2人の雰囲気にホッとした。いがみ合っている訳ではなさそうだ。
「長とはずっと連絡を取り合っていた。アレクの様子が最近おかしいと言うので、様子を見に来たのさ」
アレクシウスの表情が強張る。視線を下に向けた。
ビビは小さくため息付いた。
「その話はあとにしよう。さあ、どうして私の愛弟子がこんな所にいるのか聞かせてもらおうか?」




