28ーエルフの里②
朝になったようだ。
部屋の隅で寝たつもりが、起きたらベッドの上にいた。
「おはようございます。桶にお湯がありますので、顔を洗いますか?」
ベッドの側に、世話係の女性が立っている。エルフらしからぬ風貌だが、耳が尖っているのでエルフなのだろう。
(この子にまで冷たくするのは、ちょっとダサいわよね)
心の中だけ前世の言葉を使う。
「ありがとう。お湯いただくわ。貴方の名前は?」
女性は少し驚いて答えた。
「まぁ。私の名を聞いてくださるなんて。カーナと申します」
「そう。よろしくねカーナ。私はリリアンよ」
カーナは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。リリアン様。お湯を持ってきますのでお待ちください」
カーナが抜かりなく鍵をかけて外に出ると、リリアンは部屋を見渡した。
集落の大半が木で作られたツリーハウスの様な家だったが、この家はそうではなかった。
地面にどっしりと建ててある。2つある小さな窓には格子があり、ドアも随分と重たそうだ。
(誰かを軟禁する為に建てたような部屋ね)
エルフの里に入る時、膜のようなものを感じた。公爵領にある結界と似たようなものだろうか。
嫌な予感を感じて、リリアンは手をかざした。
(そんな、まさかね。これがないと私は本当に何も出来ないわ)
拝む気持ちで呪文を唱えた。
「ウィンドカッター」
そよ風も感じないことに、リリアンは愕然とした。
魔力が封じられている。
「お嬢様、お湯をお持ちしました·······どうされました?」
カーナが驚いて駆け寄る。
リリアンの目からハラハラと涙がこぼれ落ちている。
慌てて涙を拭い、リリアンは桶を受け取った。
温かいお湯だが、今のリリアンにとっては冷水の方が良かった。お湯で顔を洗うと、いくぶんかスッキリした。
(泣いてなんていられない。助けてなんて思わない)
この髪のせいでトラブルには慣れている方だ。ここはきっと、公爵領からとても遠い。
リリアンは歯を食いしばって涙を止めた。
「カーナ、アレク···シウスさんに会えるかしら?聞きたいことがたくさんあるのよ」
「はい。夕方にこちらにいらっしゃるとのことでした」
カーナは少し気まずそうに言った。リリアンの涙に戸惑っているようだ。
(カーナは私のことをどう聞いているのだろう?)
まだ日が高い。夕刻になるまで、この部屋から出ずに過ごさなければならないのだ。
「じゃあ私とお話しましょ。することがなくて暇なのよ」
カーナは微笑って返事をしてくれた。
この日の夕刻、アレクシウスは来なかった。
リリアンは苛立ちを感じたが、カーナに言っても仕方のないことだと理解した。
夕刻までカーナと共に過ごしたが、カーナはただリリアンの世話を頼まれていただけだった。
「申し訳ありません、お嬢様。アレクシウス様はお忙しいらしく、今日は来られないとのことです」
「········そうなの」
ぞんざいな扱いに、苛立ちを顕にしたかったが抑えた。カーナはアレクシウスを心酔しているからだ。
「多忙でお忙しい方ですので」
申し訳なさそうに俯きながら言うカーナに、リリアンはため息を付いた。
「あなたが謝ることではないわ。そんなに忙しいなんて、アレクシウスさんはどういう方なの?ビビ······ベアトリクスの弟と聞いたけれど」
「ベアトリクス様は、私が生まれた頃には既に里にいらっしゃいませんでした。アレクシウス様は、次の長になるお方です。近頃長の体調が悪く、アレクシウス様が長の代わりを担っています」
リリアンはついでに気になっていたことも聞いてみた。
「カーナ、エルフの言う女神の娘とは、どういう意味なの?アレクシウスさんにそう言われたのだけど·······」
人族での女神の娘とは、魔力の高い子供のことだ。アレクシウスの言い方には含みがあった。別の意味があるのかもしれない。
カーナは思わず口に手を当てた。
「お嬢様、女神の娘なのですか?何ということでしょう。まさか私がお仕えできるだなんて。御髪が女神のお色でしたが、私などでは気づきませんでした」
リリアンは背筋が寒くなった気がした。
「カーナ、説明してくれない?女神の娘とは、魔力の高い子供のことではないの?」
「魔力が高いのは当然のことです。お嬢様、王の子供はいずれ王になりますでしょう?エルフが言う女神の娘とは、いずれ女神になる方のことでごさいます」
リリアンは一瞬思考が固まった。
(な、何を言ってるの)
カーナは感激したまま言葉を続ける。
「私は人族との混血、ハーフエルフなのです。なのでお嬢様の高い魔力を感じる事が出来ませんでした。短い間であろうと、お仕え出来ることを誇りに思います」
急に忠誠を誓いさせられそうになり、リリアンは慌てて言った。
「カーナ、私はただの人間よ。女神なんてとんでもないわ」
カーナは膝を折ってお辞儀をしている。
(どういうことなの。人間が女神になるわけないじゃない)
「顔をあげてカーナ。誤解だわ。アレクシウスさんにちゃんと話を聞きたいから、明日また会えるか聞いてみてくれる?」
カーナは恍惚とした表情で返事をした。
「はい。おまかせください」
リリアンは余計なことを聞いた自分に後悔した。
キラキラとした目でリリアンを見つめるカーナをチラリと見る。
(カーナは私を人質や捕虜としては考えていないのね)
手を額に当て、眉間に出来ていそうなシワを伸ばしながら考えた。
(ならば何故、ここへ来て食べ物はおろか水さえ貰えないのかしら?)
午前中は気が立っていて気にならなかったが、もう限界だ。
「あの、カーナ?良ければ、何か食べ物を貰えないかしら?水だけでも······」
カーナは水を被ったように真っ青になった。
「もっ申し訳ありません。すぐに用意致します」
カーナは慌てて出て行った。鍵も掛けずに。
(出るチャンスだわ)
とは言っても、昨日の夜から水も飲んでいない。更に自分がここからいなくなれば、カーナはとっても困るだろう。
(明日はアレクシウスさんに何としても会わなきゃ)
リリアンはベッドに横になり、食料を持ってカーナが戻って来るのを待った。




