27ーエルフの里①
鞄に入れた短剣を握りしめたまま、リリアンは馬車に揺られていた。
「我々をどこかへ連れて行こうとしていますね。どこの勢力でしょう」
真っ暗な窓の外を睨みながらエドガーが言った。
リリアンが答えられずにいると、エドガーはさらに言った。
「閣下が少し前に居ますから、心配されなくても大丈夫ですよ」
もしかしたら、いやかなりの確率で違う空間に移動させられたのだろうが、エドガーはリリアンを心配させまいとそう言ってくれたのだろう。
(怖いけど、不安になっても仕方ないわ)
リリアンは少し微笑って言った。
「ありがとうエドガー卿」
(空間魔法なんて高度な魔術、そこらの魔術師には不可能だわ。師匠クラスの魔術師じゃないと········)
ビビクラスの魔術師はそうそういない。居たとして、たかたが平民の治癒師を拉致するために動くなんてありえない。
しばらく走ったあと、馬車はゆっくりと止まった。
異様な静けさだった。
ガチャリ、とドアが開く。ドアを開いた人物に、リリアンは目を見張った。
長い銀髪に、長い耳、端正な顔立ち。
「師匠?」
思わず立ち上がりそうになったリリアンを、エドガーが腕で制した。
ビビのようで、ビビではない。ものすごく似ているが、瞳がとても冷たかった。
ビビに似たエルフは、リリアンを一瞥し、低い声で言った。
「出なさい」
(この人は、男性だわ)
命令口調が気に入らないが、従わないわけにもいかず馬車から降りた。
リリアンが馬車から降りると、サアッと辺りの霧が吹き飛んだ。視界の先に、村とも言えないほどの集落があった。
「エルフの里········?」
リリアンは思わず呟いた。ビビに聞いていた風景が思い出される。白っぽい木で作られたツリーハウスが並び、奥には綺麗な池がある。
「君はここまでだ」
リリアンがハッと振り返ると、馬車のドアがエドガーが乗ったまま閉められた。
2、3人のエルフが取り囲み、指示を待っている。
「元の場所に送っておきなさい」
「待って!!」
リリアンは必死で叫んだが、エルフたちが呪文を唱えると、エドガーが乗った馬車は霧のように消えた。
リリアンは呆然と立ちすくんだ。1人にされた。押さえ込んでいた不安と恐怖が、たちまちリリアンを覆い尽くした。
逃げようと森の方に走ったが、すぐに捕まり半ば引きずられて連れて行かれた。
放してほしくて、帰してほしくて色々と叫んだが、聞き入れてもらえるはずもなく、牢屋のような格子のある部屋に押し込めらた。
(怖い。エドガー卿は大丈夫だったかしら)
数刻前まで、華やかな劇場にいたのに。
ぎゅっと目を瞑ると、さらりと流れる金の髪に、優しい表情を浮かべてこちらを眺めるロヴェルが見えた。
観劇より、自分の顔を眺められている気がしたけど、気付かないふりをした。こんな風に別れることになるなら、気恥ずかしさなど置いておいて、その理由を聞けばよかった。
部屋の隅に膝を抱えてうずくまっていると、人の気配がした。顔を上げる気力もなく、動かないままでいると、近付いてきた人物が話しかけてきた。
「すまないな。里に人族を入れる訳にはいかないのだ」
ビビに似たエルフだった。
「私も人間ですけど」
顔を上げぬまま、低めの声で返した。
「君は違う。女神の娘だからな」
「······?」
何を言っているのか。髪が紫色なだけで、他の人より魔力が高いだけの人間だ。さらに言うと今は平民だ。
そんなことで1人拉致され、閉じ込められていると思うと、腹が立ってくる。
「エルフも、皇族と変わらないのね。珍しいものを集める趣味があるなんて」
エルフは皇族が好きではない。故に政に関わらない。ビビが昔そんなことを言っていた事を思い出した。
怒っただろうか?殴られるかもしれない。
(もういいわ。この髪のせいで逃げるのは疲れた)
「エルフにそんな趣味はない。お前はベアトリクスと長年一緒にいながら何も知らないんだな」
憐れみと、侮辱を孕んだ声だった。
(ベアトリクス?)
久しぶりに聞いた名だ。ビビの名前。幼いリリアンが、"ベアトリクス"を上手に呼べなくて、ビビと呼ぶようになってから久しく聞いていない。
顔を上げると、ビビと似ていながら、全く違う冷たい目でこちらを見下ろす人物と目が合った。
「私はベアトリクスの弟だ」
「弟?」
「女神の娘、すまないがもう少しここに居てくれ。急だったので長に報告出来ていないんだ」
「アレクシウス様」
入り口の近くに、もう1人居たようだ。小さくお辞儀をして、頭を少し下げている。
「この者が君の世話をする。何かあれば言うと良い」
長い銀髪を翻して、アレクシウスと呼ばれたエルフは去って行った。
「お嬢様、お疲れでしょうのでお休みください」
ベッドを勧められたが、反抗の気持ちで動かなかった。
知らない土地に来ることは初めてではない。教会の気配がするたび、ビビと2人で見知らぬ土地に移っていた。
だが今は1人きり。
1人で見知らぬ土地にいることが、こんなに心細い事だとは。
顔を埋めて目を閉じた。もう一度脳裏に浮かんだ人の名を、リリアンは心の中で呼ぶしかなかった。
(ロヴェル········)




