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帝国一の治癒師リリアン・アナベルは 今日も仕事を選べない   作者: 織子
第一章

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25ー襲撃

舞台上で繰り広げられる踊りや歌を、ロヴェルは冷めた目で見ていた。

子供の頃に何度か連れて来られたが、興味が湧くことはなかった。


成人してもそれは変わらないらしい。視線だけ隣に向けると、舞台の女優と同じ表情をしたリリアンが目に入った。


演者が笑えば、つられて笑い、泣けばつられて泣いている。


(こちらの方が見る価値がある)

ロヴェルは頬杖を付いて、視線だけ隣に向け続けた。


しばらくリリアンを眺めていたものの、気になることが出来た。

(カインが戻ってこない)


飲み物を取りに行ったとしても、帰りが遅い。

(最初はカインが気を利かせようとしてるのかと思ったが)

護衛で連れて来たのだ。席を外すには長すぎる。


手をスッと上げると、後ろから静かにヨイテが現れた。

ロヴェルは小声で言った。

「何かあったのか?」


「邸が襲撃にあったようです。団長は戻られました。これを」

ヨイテがグラスを差し出した。それも、イチゴやホイップクリームの乗せられただいぶ可愛らしい飲み物だ。2つある。


「···········お前の趣味か?」

「お嬢様がお好きかと」

(なぜ2つなんだ)

「帰りは迂回して別邸に向かおう」

指示しながらグラスを受け取る。

「そのように手配します」


ヨイテが下がると、ロヴェルはリリアンにグラスを差し出した。

リリアンは涙目で振り向き、グラスを見るとニコッと微笑った。



(ふむ。こういう飲み物が好きなのか。バルトに苺を多めに仕入れるように伝えておこう)


しかし何故あまり関わりのないヨイテがリリアンの趣味を知っているのか。

納得いかず、飲み物をぐいっと口に入れる。 


途端にむせてしまった。

(甘すぎる·······)


隣で咳き込むロヴェルの背を、トントンとリリアンが叩いている。

「大丈夫?甘すぎたの?」

小さい声で、笑いながらリリアンは言う。


すぐそばにある彼女の顔に、白いクリームが見えた。拭おうと手を伸ばすと、小さな肩がビクッと震えた。


目の前にある大きな紫色の瞳が見開かれ、真っ赤になってこちらを見ている。


(出来るなら、手以外で拭いたい)

パッと浮かんだ思考を打ち消し、距離をとってハンカチーフを差し出した。


「あっありがと!付いてた?恥ずかし!」

リリアンは慌てながらハンカチで口を抑えた。


見た目では分からないだろうが、その何倍もロヴェルは内心慌てていた。

(私は今何を???)




2人がアワアワしている間に、舞台の幕は下りた。


ロヴェルは幸せな空間が終わったことを感じながら、席を立った。
















ーーーーーーーーーーー


「邸が襲撃されたようだ。カインが戻って応戦している」


ロヴェルからの報告に、リリアンは浮かれていた気分がどん底に落ちた。

「えっ大丈夫なの?みんなは?師匠は?」


「大丈夫だ。ビビ殿も今出掛けていて不在だ。襲撃の規模も小さく、すぐ制圧出来るだろう。だが念の為迂回をし、様子を見ながら別邸へ向かう」


馬車へ向かいながら、簡潔に説明を受けた。

「馬車は裏へ移動させてます」

後ろを付いてくるエドガーが報告する。


「リリアンはエドガー卿と一緒に馬車に乗ってくれ。私は馬で辺りを警戒しながら行く」

不安そうな顔をしていたからか、ロヴェルが優しく言った。


「うん、、、」

先程までの気分との落差が激しくて、声に覇気が出ない。心配させたくないのに。


俯いていたので、ロヴェルが目の前まで来たことに一瞬気づかなかった。


慌てて顔を上げると、ふわりと頬に唇が触れた。


「へ」

間の抜けた声が出た。無意識に頬を手で抑え、パッと前を向く。ロヴェルはいつもと変わらぬ表情で立っている。


「えっ?!」


(え······今、ロヴェルがキスしてくれた?)

ロヴェルは少し赤らめた顔で、「またあとで」と言って背中を向けて離れてしまった。


リリアンはキスをされた頬を手で覆い、立ち尽くすしかなかった。


馬車の前に立ち、エスコートしようと待機していたエドガーも、あまりの衝撃に固まっている。


「··········お嬢様」

「·····なに?」

「·····大変です。槍が降ってくるかもしれません。充分注意して進みましょう」



(ちょっと····なに?なんだったの?何のキスなの?)


邸への襲撃。教会か、皇室か、はたまた別の勢力か。聞きたいことや考えたいことがあったのに、リリアンの頭の中は別の疑問でいっぱいになり、とりあえず無言で馬車に乗り込んだ。




(·········これは、あれよ。元気だせ!的な激励のキスだったんだわ)

リリアンは無理やりそう思い込むことにした。

キスした本人がいないのに、あれこれ考えることなど時間の無駄だ。



空には厚い雲が覆っていて、遅い時間ではないのに辺りは暗かった。


「エドガー卿、邸に襲撃だなんて、何度かあることなの?」


「いえ、私が知る限り、閣下が爵位を継がれてから初めてのことです。頻繁にあることではありません」


「そうなのね」

「閣下の実力が知れ渡る前は、領内に攻め入ろうとする輩はいましたが、邸までは··········ん?」


「エドガー卿?」

「お嬢様、ちょっとお待ちください。辺りが暗すぎます」

「え?」

窓の外は漆黒の闇だった。月明かりがないとはいえ、暗すぎる。馬車は動いているが、御者はこの暗闇のなかどうやって道を確認しているのか?


「おい!馬車を一度止めろ!聞こえないのか?」

御者は振り向きもせず、前を向いたままだ。


リリアンはゾクりとした。

「お嬢様、馬車から出ない方がいいでしょう。何らかの魔術にはまったようです。一応、こちらをお渡ししておきます」


エドガーはリリアンに短剣を差し出した。リリアンの薬剤用の鞄に収まるほどの小さな短剣だ。

リリアンは短剣を受け取り、エドガーに言った。

「エドガー卿、自信はないけど、私も一緒に戦いますからね」











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