24ー劇場へ
夕刻になり、リリアンは身支度を済ませホールに降りた。
昼の間に怒られたのであろうエドガーが、少しやつれた顔をして階段をエスコートしてくれた。
「エドガー卿、今朝は私のせいでごめんね」
エドガーはキョトンとして、すぐに明るい笑顔を見せた。
「いえいえ。お嬢様と団員を止めれなかった私の責任ですよ」
「でも······」
「それに今日は閣下の機嫌も良いようで、あまり怒られませんでした。お嬢様のおかげです」
「え?」
外に出ると、馬車の前にいるロヴェルが見えた。
何度か見たが、正装したロヴェルは目に毒だ。とリリアンは思う。
襟に金糸の刺繍のある黒のコートに身を包み、紫のクラバットを付けている。
ロヴェルはリリアンに気付くと目を見開いた。
リリアンが目の前に来ても固まったままだ。
「ロヴェル?」
見かねたカインツがロヴェルをつついた。
ロヴェルはハッとして手を差し出した。
「あ、ああ。出発しようか」
表情はいつものロヴェルだが、様子がおかしい。
(調子が悪いのかな)
馬車の中でも、ロヴェルはいつも以上に喋らなかった。
なんとなく重く感じだ空気にリリアンは耐えられなくなった。
「ロヴェル?どうしたの。具合が悪いんじゃない?」
「ん?いやどこも悪くないが」
「そんなわけないでしょ!ずっとぼーっとしてるじゃない」
「ああ、さっきのことか」
「調子が悪いなら、今日はやめよう?」
「あれは君に見惚れてただけだ。具合が悪いわけじゃない」
「ーーーえっ」
「何を驚く?」
思いもよらなかった返答に、リリアンの頭は真っ白に、顔は真っ赤に染まった。
「いや、え。あ」
言葉にならない言葉が口から出た。顔からは火が出そうで一気に汗をかいた。
あまりに顔が赤くなったからか、今度はロヴェルの顔に心配の色が浮かんだ。
「いや、君こそどうした?具合が悪そうだが......」
リリアンは気恥ずかしさから、ロヴェルをジトリと睨んだ。
「ちょっと黙っててくれませんか」
"黙れ"と言われたロヴェルは、面を食らった後、肩を揺らして笑い始めた。
「······くっくっくくっく」
ロヴェルは笑いながら言った。
「心配したり、真っ赤になったり、怒ったり。忙しいな君は」
年相応の笑顔を見せるロヴェルに、リリアンは怒ることも忘れて見惚れた。
前世から数えて、まともに恋愛をしてこなかった自分でも分かる。これはまずい。この気持ちを育てたところで、成就しないことは目に見えている。ロヴェルは帝国の公爵だ。
前を向くと、急に真顔で黙り込んだからか、ロヴェルが様子を伺っていた。
「怒ったか?」
恐る恐る聞いてくる。なんだか可愛く感じて、リリアンも微笑ってしまった。
ロヴェルの問いには答えずに窓の外を見ると、劇場が見えて来た。まだ外が明るいにもかかわらず、劇場の明かりは全て灯されている。入り口の前には馬車の列ができており、着飾った貴婦人たちがぞろぞろと中へ入っていった。
「ロヴェル!あそこで見るの?」
明るい声に、ロヴェルは明らかにホッとしている。
「そうだ。今日が初日だからか、人が多いな」
馬車が入り口に止まると、先に降りたロヴェルが手を差し伸べる。ごく当たり前なエスコートだが、リリアンは心中穏やかでなかった。
(大丈夫!私は大丈夫!なってない!)
頭のなかで芽生えつつある感情を抑え込み、ロヴェルの手を取って馬車を降りた。
途端に周りがざわついた。前を歩く貴婦人は振り向き、二度見する者もいる。
ロヴェルこと、シュヴァルツ公爵は、それほど社交をして来なかったらしい。夜会にも参加しない彼が、ましてや、観劇に同じ年頃の令嬢と来るだなんて。
針のような視線をかいくぐり、ロヴェルはリリアンの手を引き、しれっと2階の席に上がっていった。
席は2階バルコニータイプの貴賓席だった。他の席と離れているため、リリアンは座って一息つくことが出来た。
「挨拶に来ても誰も通すな」
入り口に立つエドガーにそう言うと、ロヴェルも椅子に座った。
「今日の演目は何かな?ロヴェルはよく視察で見に来るの?」
「え?」
まだ演者のいない舞台を眺めながら、リリアンは聞いた。久しぶりの観劇で率直に楽しみだった。
返答のないロヴェルに視線を送ると、ロヴェルの目が泳いだ。
「ロヴェル?」
2人の後ろに立つカインツが代わりに答えた。
「分からないですよね。閣下は観劇の視察に来るの初めてですから」
「えっ」
「毎年来る観劇の案件は、他の者に行かせてましたし。今日はお嬢様の為に来られたのでは?」
ニヤニヤと口を緩ませながらカインツは言う。
「カイン。飲み物とってこい」
射抜くような鋭い視線を向けて、ロヴェルはカインツを追い出した。
「今日はシュヴァルツの先々代の逸話の1つを演目にしたものだそうだ」
「そうなんだ。調べて来てくれたの?」
バツが悪そうにロヴェルは視線を落とした。
「そうだ。普段は見ないからな。チッ、カインを連れて来るんじゃなかった」
珍しいロヴェルの舌打ちに、リリアンは口が緩む。
ロヴェルはそれを見逃さなかった。
「なんだ。ニヤニヤして」
「えっ。カインツ卿と仲が良いんだなあと」
「まぁ小さな頃から公爵邸に出入りしていたからな。身内しかいない場所では軽口が多い」
その身内に自分も入っていることがリリアンは嬉しかった。
ブザーが鳴り、照明が少し暗くなった。
リリアンは光の差し込む舞台に視線を向けた。




