23ーデートのお誘い
ロヴェルは赤く染まった頬を、手でぱたぱたと仰ぐリリアンを眺めた。
(それで赤面は収まるのだろうか?)
フッと微笑ってしまい、リリアンにジロリと睨まれた。
ふわふわと流れる薄紫の髪を、思わず触りたくなり何度我慢しただろうか。
ロヴェルは自身の心情から目を背けていたものの、もう誤魔化せないことに気付いていた。自分はリリアンに惹かれている。
自ら頼んでおきながら、中断させてしまった講義。誰であろうと、たとえリリアン本人が付けた傷だろうと、彼女が傷付く姿は我慢出来なかった。
(あのような態度を取ってしまって驚いただろうな)
頭を冷やす為に数日、邸から離れていた。
コンコン。
「閣下、よろしいでしょうか?急ぎの報告があります」
カインツが外から声をかけている。入ってこないということは、良くない報告なのだろう。
まだ眺めていたかったものの、ロヴェルは立ち上がった。
「リリアン。また夕食の時に」
願望かもしれないが、リリアンの表情は少ししょんぼりして見えた。
夕食の時には彼女の赤面も治り、ゆっくり話が出来るだろう。
ロヴェルはカインツを連れて自室に戻った。
「皇太子が神聖国へ入国したようです」
隠密部隊のヨイテが報告した。
右眉がぴくりと動く。皇太子のことは心底どうでもいいのだが。
「この時期に?目的はなんだ?」
「おそらく、教皇の息女との婚姻を勧めるためかと」
「ふむ·······」
「何か裏もありそうですね。今の教会はシュヴァルツに不満が溜まってるでしょうから」
カインツがため息まじりに言った。
「そうだろうな。おおかた皇室に泣きついたのだろう。皇室が教会にやけに協力的なのが気になるな」
シュヴァルツを陥れるために、皇室と教会が一次的に協力することは今まで何度かあった。
ーふぅ。ため息をつきながら眉間に手を当てた。
「神聖国の隠密を増やせ。状況を逐一報告しろ」
皇室にも手を回したいところだが、皇帝の目を欺くのは難しい。
「お嬢様が来られてから、皇室の動きが活発になりましたね」
悪気なく言うカインツを睨む。
皇帝は明らかにリリアンに狙いを定めている。
「自衛のためにバリアだけでも完璧にマスターしてもらわないとな」
ロヴェルは呟いた。
ーーーーーーーー
「観劇は好きか?」
「え?」
ロヴェルの口から、似合わない単語が出てきたので思わず聞き返してしまった。
「観劇だ」
ロヴェルは気にせず繰り返す。
2人は約束通り、広間で一緒に夕食をとっている。
リリアンは意図がわからず、とりあえず頷いた。
「好きだけど、どうしたの?」
この世界に娯楽は少ない。教会を出てからは見れていないが、教皇だった頃、何度か接待で見に行ったことがある。
「明日から街の劇場で、帝都の劇団が公演をするんだ。視察に行かねばならない。一緒に行かないか?」
(仕事の一環か。びっくりした)
「行く」
リリアンが笑顔で答えると、ロヴェルはほっとしたように微笑った。
初めて会った時から無愛想なのは変わらないが、ロヴェルはリリアンに色々な表情を見せてくれるようになった。リリアンはそれがとても嬉しい。
「いつ行く?」
「早い方が良い。明日行こう。夕方部屋へ迎えに行く」
翌日、リリアンはご機嫌だった。朝早く目が覚め、夕方まで何をしようかと悩みながら騎士団の稽古場に来た。
「エドガー卿、今回の遠征で怪我をした人が居たら教えてくれる?」
朝稽古中のエドガーは驚いてリリアンに駆け寄ってきた。
「お嬢様、良いのですよ。今回の遠征は近場でしたので、危険な魔物はいませんでしたし、あまり頻繁だと私が閣下に叱られます!」
稽古中だった他の騎士たちも集まってきた。
「お嬢様!ありがとうございます」
「このくらいの傷、なんでもありません」
「テールがヘマして脚の骨を折ったくらいです」
わらわらと寄ってきた騎士たちを、エドガーがなんとか遠ざけようとする。
「散れ散れっ!私が閣下に怒られるんだぞ」
リリアンは騎士たちを見ながら、ふむ···と手を顎に添えた。
「本当に大怪我をした人はいないみたいね」
「そうです!なので部屋に戻りましょ······」
エドガーが最後まで言い切る前に、リリアンは両手で輪を作るように広げた。
「エリアヒール」
リリアンが唱えると、稽古場は薄い光に包まれキラキラと光の粉塵が舞った。
一瞬の沈黙の後、騎士たちの歓声が上がった。
「すごいっ小さな切り傷まで治ったぞ」
「テールの脚もだ!」
「奇跡だ······」
上機嫌だったリリアンも、騎士たちの興奮具合を見て我に返った。
(やり過ぎたかしら······?)
叫びながら走ってくる気配があった。
「お嬢様!今の光は何ですか」
カインツが青い顔をして駆け寄る。
我に返ったリリアンは目をそらすしかできない。
カインツはサッとエドガーを見る。
「エドガー!今度は何だ!」
「お嬢様〜!」
エドガーはわざとらしくリリアンにすり寄った。
「エドガー卿を責めないで、その、私がちょっとはしゃぎ過ぎてみんなにエリアヒールを······」
カインツは顔を手で覆い、ため息混じりに言った。
「お嬢様、そんな高度な光魔法をホイホイ使わないでください。公爵邸は安全とは言え、人の出入りも多いのですよ?」
リリアンは何故怒られているのか分からず、曖昧な顔で頷いた。
「お嬢様、あまりピンと来ていませんね?」
「えっと、うん」
ふぅ。と短くため息を付いて、カインツはゆっくり話してくれた。
「公爵領は、教会の勢力は入れませんが、他はそうではありません。他国の者や、他の勢力の者にお嬢様の力が必要以上に知れ渡れば、お嬢様が攫われることもあり得るのですよ」
リリアンは少し青ざめた。
「もちろん、そんなことは我々が阻止しますが」
「分かったわカインツ卿。私が軽率だった」
カインツは騎士たちに向き直り、一喝した。
「お前たち!今後お嬢様の治癒を必要以上に求めるなよ!」
「はい!すいませんでした!」
騎士たちも顔を引き締めて返事をした。
エドガーはこそこそとカインツに近づいて小さく言った。
「あの、閣下は今どこへ?」
「良かったな。閣下は今留守だ」
エドガーは明らかにホッとした。
「だが閣下の耳に入るのは時間の問題だろう」
エドガーは目に見えて肩を落とした。
「ですよね·······」




