1ー帝国一の治癒師
――ふざけている。この国の治癒師というものは。
「どきなさい!」
人混みを掻き分けて、リリアンは倒れた子供にかけよった。傍らにしゃがみ込み、足先から頭までサッと診る。
「ヒール」
リリアンが子供の太ももに手を当てて唱えると、苦痛に歪んだ子供の顔が驚きの表情に変わった。
「痛くない!すごい!おねえさん治癒師なの?」
リリアンはにっこり微笑った。
「あんなに深く切れていたのに、泣かなかった貴方の方がすごいわ」
母親が慌てて駆け寄った。
「あっありがとうございます!ですが、私どもにはお金がなくて···」
貴族の馬車に引かれかけ、誰も見物するだけで手を貸そうとしなかった。貧民街の人たちだろうか。
リリアンは膝の土を払いながら立ち上がった。
「いいのよ。性分なの」
2人はリリアンが見えなくなるまでお辞儀していた。
脇道に入ると、赤毛の女の子が近づいて来た。
「リリアン!珍しいね。街に降りてくるなんて」
「ネリー」
顔なじみのネリーは、行きつけの薬剤屋の娘だ。ちょうど今から行く所だったので、道中話しながら歩く。
「見たわよ。また無償で治癒してたわね。ビビさんに怒られるわよ」
ビビとは私の師匠だ。
「師匠はもう諦めてるわ。でも、今日はたくさん買う予定だから黙っててちょうだい」
「ふふ。良いけど。リリアンて治癒の腕はすごいのに、どうしてお金を貰わないの?」
リリアンは、またか···と、思ってうんざりした。
「どうしてって、逆に私が聞きたいわ。治せるのに、治さない理由は何なの」
リリアンは転生者だ。前世は現代日本の医師だった。人種の差別もピンとこない。――人は人だ。偽善と言われればそれまでだが、身体に染み付いたものなのだ。自身が困窮していなければ、お金を持ってなかろうが治せるものは治す。
昔は誰かに分かってほしくて、価値観を言葉にしたことはあるが、みんなポカンとしていた。貴族、平民、貧民。人種の違いが当たり前の異世界で、リリアンの考え方は異質だった。
商店街の端にあるエルジェの薬屋は、小さいが薬剤の種類が多く、薬草も置いてあるのでリリアンは重宝している。
「いらっしゃい。あらリリアン、久しぶりじゃない」
ネリーの母、薬剤屋の店主エルジェは豪快な人だ。挨拶の平手がだいぶ痛い。
「ビビさんは元気かい?すっかり見なくなって心配してたんだよ」
「師匠は元気だよ。足以外は」
「リリアンにも治せないのかい?」
「病気や怪我じゃなく、歳だからね」
「そろそろ森から出たらどうだい?こっちの方が便利だろう」
「ふふ。師匠も私も、人混みは苦手なの」
リリアンは会話をしながら目当ての薬草を探した。
「んーエルジェ、ロカの葉はないの?」
「ロカは今、切らしてる。取りに行く人がいないんだ」
「そっか、残念だ」
目当ての品はなかったものの、色々と買い込みかばんはパンパンになった。
「じゃあね。ネリー、エルジェ。また来るよ」
リリアンは2人に別れを告げ、家路についた。
街から休み休み半日歩いたところに、リリアンが暮らす家はある。迷いの森と言われる鬱蒼とした森の入口に、ポツンと立っていた。
「師匠、ただいま」
「おかえり。どこまで行ってきたんだい」
暖炉の前の椅子に腰掛け、編み物をしていた女性はゆっくりとこちらを向いた。
ながい銀髪に尖った耳。整った顔の女性。見た目は20代後半のように見えるが、実際は500年は生きている。
リリアンが師匠と呼ぶビビは、エルフだ。
「エルジェの店に用事があったんだよ」
「ロカを探しに行ったのかい?」
ビビは微笑っているが、リリアンは厶スっとしていた。ロカの葉は、ビビの悪くなった足に効く薬草だったのだ。最近歩くのにもしんどそうだから、なんとしても手に入れたかった。
ロカの木は、モンスターがはびこる深い森にある。
リリアンは戦闘が出来ない訳ではないが、1人で深い森に行くほどの実力はなかった。
「また近くの森を散策して探してくるよ」
リリアンがしょんぼりして言うと、ビビはリリアンの頭をぽんぽんと撫でた。
「耐えれないほど痛い訳じゃない。気にするな。森には行かない方がいい。最近は入口の近くまでモンスターの目撃情報があるからね」
リリアンは更に俯いた。
ーーーーーーーー
――ゴンゴンゴン!
夜、寝る準備をしていると、激しくドアを叩く音がした。
リリアンは素早く動くと、覗き穴から来客を見た。
「申し訳ない!こちらに腕の良い治療師がいると聞いた!助けてほしい!」
騎士のようだ。
ぐったりした人を担いでいる。
見るからに重傷だった。リリアンは急いでドアを開けた。
「こちらへ!」
室内に案内し、清潔な布を取りに行った。
寝台へ寝かし、リリアンが近付くと連れてきた騎士は慌てた。
「待ってください!あなたが治癒するのですか?こちらのエルフの方では?」
ビビは微笑って言った。
「私は治癒はからっきしだよ」
騎士は明らかに愕然とした。
まぁよくあることだ。齢15歳の少女の治癒に、期待など出来ないだろう。リリアンは気にせず患者に向き合った。
全身に傷があり、血だらけなので分かりにくいが、1番危険なのは頭部だった。
(かなり強く打たれている)
頭に巻いてある布を外そうとすると、騎士はまた慌てた。
「ちょっ、頭は傷がありませんでした!足をお願いします!」
たしかに足もかなり抉れている。リリアンは布を取る手をとめずに話した。
「足もひどいですが、頭部は中が出血しています。急がないと命に関わる」
頭の布が外れると、リリアンは一瞬躊躇した。見事な金髪。
ハッとし、集中して頭に手をかざす。
患部に魔力を当てて切れた血管を探す。
(見つけた)
一気に患部に魔力を込めて蘇生させる。
「――よし、次」
心配そうに見ている騎士に、ビビはニヤリと笑って言った。
「まあ心配しなさんな。この子の実力は帝国一だよ」
抉れていた足も綺麗になり、全身の傷がなくなるころには、慌てていた騎士も静かに関心しながら見ていた。
「――ふぅ」
2人の患者の治癒を終えて、リリアンはため息を付いた。患者はそれぞれ眠っている。
「さて、どうする?この2人。あっちの金髪は見るからに皇族じゃないか」
ビビはやれやれと言った。
金髪は、この国では皇族の証だ。
厄介な種を招き入れた事に、リリアンはしょんぼり誤った。
「ごめん」
厄介な身の上の二人だが、一度引き受けた以上、放り出す気はなかった。
読んでいただきありがとうございます。
リリアンの物語、書き始めて一年が経ちました。とりあえず50話ほど書きためたので、投稿していきたいと思います。ラストはなんとなく考えているのですが、なんとかそこまで持っていきたいです。
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