17ー罠
自室にて、リリアンはベッドの上で仰向けになっていた。
ロヴェルの言いつけ通り、部屋を出ていない。
皇城からの使者が皇子だったとラナから聞き、顔を拝んでやりたい衝動にかられたが我慢した。
(よくあることなのかな。皇子の来訪だなんて。まぁ一応、親戚なわけだし)
コロンと寝返りをうち、ぼそりと呟いた。
「私には関係ないことだろうけど」
何か報告を聞きたかった。公爵邸にとっては大きなイベントでないかもしれないけど、一緒に共有したかった。
ベッドの上でゴロゴロしていたら、あっという間に夜になってしまったのだ。扉の外に、夕方から護衛に復帰したエドガーの気配はある。
(わざわざ聞きに出るのもな)
明日の朝、ラナにそれとなく聞いてみよう。それしかない。
机に用意されている夕食を食べようと立ち上がった。
ふと、コンッと窓に何か当たった音がした。
「鳥かな?」
窓を開けたが、何もいない。
振り向くと、部屋の中に花弁がヒラヒラ待っていた。
「わっ?!」
驚いて開いた口に、スッと花弁が入った。
(うわ、食べちゃった?)
思わず手を口に持っていく。········持っていったつもりだったのだが、身体が動かない。
(あれ?ん?)
声も出ないことに気付く。リリアンはサアっと血の気が引いた。身体が自分の意志とは別に、勝手に動く。
(何!?足が勝手に動く)
窓際まで来ると、手が勝手に窓をあけた。(いやだ。まさか) そして窓へ足をかけ、ふわりと飛んだ。
(―――っ??!)
2階だ。死にはしないが怪我をする。
思わず目を閉じた感覚はあったが、見えているということは、閉じれていないのだろう。
足に、強烈な痛みが走った。叫びたいほどだったが、叫ぶことも出来ない。
パニックにならないように、なんとか気持ちを落ち着かせる。
(怖い。怖いけど、状況を把握しないと)
自慢ではないが、幼い頃から色々な経験を摘み、更に転生者なので精神は鍛えられている。と、思う。
(飛び降りた時に、足が折れたんだわ)
それでもなお、リリアンの身体は進む。
(怖っ、これ傍から見たら私ゾンビじゃない?)
冷静になろうと自身へツッコんで、少し考えてまたゾッとした。
しばらく進んだ。茂みを進んでいるので、傷も増えているはずだが痛みを感じなかった。
(痛くないのも、それはそれで怖いわね)
しばらく歩いて、公爵邸の外に出た。知らない出入口だ。
出た先に、馬車が見える。
勝手に動くリリアンの身体は、馬車まで進む。
馬車のドアが開いて、一瞬見えた金髪にリリアンはホッとした。――が、声を聞いて絶望に似た気持ちを味わった。
「うわっ!無理はさせないと言っていたじゃないか。話が違うぞ」
ボロボロなリリアンを奇異な目で見て、皇子は顔を歪めた。
リリアンが馬車に乗ると、皇子は申し訳なさそうに言う。
「本当にすまないな。聞こえてはいるんだよな?これ、足折れてるじゃないか。おいおい。陛下じゃなくて公爵に殺されそうだ」
(金髪だわ。第1皇子····?···どうして)
「私も命がかかってるんでね。多少、手段が選べなかった。自我が戻るのはいつだ?」
皇子の隣に座っている男が言った。こちらはフードを深く被っていて顔が見えない。
「人によりますが、1時間程度だと」
(戻る?戻るなら良かった!)
泣けたら泣きたい気分でリリアンは思った。
「戻ってからでは難しいので、今から籠にいれましょう」
不穏な言葉をフードの男が言う。
「ふむ。そうだな。運びやすいし」
皇子が応じる。
(何なに?!怖いこと言ってる?!何されるの)
リリアンは無意識に暴れた。すると身体が白く光り始めた。
「急ぎます」
光を見て、フードの男はすぐに呪文を唱えた。
白い発光と、白い煙が視界を覆った。
「あぶない。ギリギリでした」
フードの男が言った。
リリアンは目を開けて、手を動かした。
(動く!)
よしっと前を向くと、自分の前に格子が見えた。
「えっ」
思わず声が出る。
目の前に、大きな皇子と、大きなフードを被った男が見える。
どうやら、自分は閉じ込められたようだ。鳥が入るような小さな籠に。
「何これ?!」
状況が理解出来なくてリリアンは思いっきり叫んだ。
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ロヴェルは机に置かれた、16代教皇リリアン・アナベルの報告書を読んで頭を抱えていた。
皇帝が皇子まで寄越して、彼女を連れていこうとする理由。
「これか·······」
常人の十倍はあろうかと言う魔力。兵器にもなり得るであろう脅威の魔力量を、彼女は保有しているのだ。
「これは確かなのか?」
影から出てきたヨイテは静かに答えた。
「はい。間違いないようです。教会にいた頃の測量で既にその量だったらしく、今はもう少し増えているかと」
「教会も長年諦めないわけだな」
ロヴェルは立ち上がり羽織りを着た。
「どちらへ?」
「研究室に。ビビ殿と話さねば」
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研究室には明かりが付いていた。バルトが言うには、ビビはいつ寝てるのか?と言うほど何かを熱心に研究しているようだ。
ドアをノックすると「どうぞ」とすぐ返事があった。
「やぁロヴェル殿、何か用かな?」
ビビは椅子に座るようロヴェルを促した。
ビビは微笑んでロヴェルを見ている。皇帝のような笑みとは違うが、慈しみがあるわけではなく、試されているように感じる。
なんとなく、ロヴェルが何を聞きにきたか分かっているようだった。
「どうして黙っていたのか、聞いてもいいだろうか?」
「黙っていたつもりはないさ。様々な偶然が重なったが、運命の導きとでも言おうか」
ビビは苦笑した。
「まさか、あそこで君に見つけてもらえるとは」
「リリアンの魔力量は、本当に常人の数倍あるのか?」
「ふむ。1人で国が滅ぼせる量は、あるのかな」
「追われているのは、教会だけではすまないだろう」
「そうだね。いずれ、皇帝にも追われるだろうと思っていた」
「君とリリアンが仲良くなってくれたようで、良かったよ」
ビビは微笑んだ。
「あのまま小屋に居ては、リリアンを守れなかった。あの子には自身の魔力量を、常人より少し多い程度と認識させているからね」
ビビはロヴェルの正面に座り、悲しそうに微笑んだ。
「それで?当初の約束通り、リリアンを教会と皇帝から守ってくれるのかな?シュヴァルツ公爵閣下」
「············皇帝と、教会がこれ以上力を持つのは避けたいからな」
ビビは微笑った。
「はは。今はそれで充分だよ」
釈然としないが、ロヴェルは少しスッキリしていた。リリアンを皇帝にも教会にも近付けてはいけない。護る正当な理由を見つけたからか。
「リリアンが治癒魔法以外使えないのは、貴方の仕業か?」
「それもある。私はリリアンの治癒魔法以外の師匠だからね。しかし彼女の才能もある」
ビビがあえて治癒魔法以外を使いにくく教えたことと、リリアン自身の治癒魔法以外の才能のなさ。
「ふっ」
ロヴェルは思わず笑ってしまった。
バタバタバタと走る足音が聞こえた。
「ビビ様、そこにお嬢様はいらっしゃいますか?」
ラナがドアの前で、慌ただしく聞いている。
怪訝な顔をして、ロヴェルがドアを開けて答えた。
「どうした。騒がしいな。リリアンはここにはいない」
ラナは焦りからか礼儀を少し忘れている。
「こっ公爵様!そちらにいらっしゃったのですか。お嬢様がお部屋にいないのです!」
「なに?」
詳細を聞かずにロヴェルは部屋を出た。




