15ー診療所にて
「さて、リリアン。聞きたいことがあるんだろう?昨日出た魔物のこととか?」
サンドイッチをパクりと食べて、ビビが言った。
(さすが師匠)
ビビはリリアンのことをよく分かっている。買いたいものがあり、おこづかいが欲しかった時も、コップを割ってしまった時も、リリアンはビビに言い当てられた。
「はい。師匠、ヘルハウンドは群れにはなっても、群れ同士がつるむことはありませんよね?」
昨日の魔物の数はおかしかった。ヘルハウンドは群れを作るが、群れ同士が近くにいると争いが起きるので、2つ以上の群れが近くにいることはないはずだ。
「ふむ。そうだな。昨夜公爵からも相談を受けたが、極めて稀なことだ。偶然とも言えない。あの近さならば、群れ同士が気付き、争いが起きるはずだからな」
やっぱり。エドガーも、一つの群れしかいないだろうとリリアンと距離をあけたのだから。
「魔物を引き寄せる餌をまかれたのかもしれないな」
「餌·······ですか?」
「操るほどではないが、そういうものがあると聞いたことがある」
「何にしても、これは騎士団が調べる事案だ。心配することはないよ」
頭をぽんぽんと撫でられ、リリアンは黙った。たしかに自分の出る幕ではない。
研究室から戻ると、リリアンの部屋の前にエドガーではない騎士が持ち場に立っていた。
(えっまさか昨日の件でエドガー卿がクビになっちゃった?!)
サァーと血の気が引き、リリアンは騎士を見た。
「すいません、その、エドガー卿は·······」
騎士は丁寧に説明してくれた。
「私はシシリア・セリューと申します」
(女性だわ)
慌てていたからか、声を聞くまで女性と気づけなかった。
「エドガー卿が留守の際は、私がお嬢様の護衛に着きます。エドガー卿は昨夜また仕事をされたので、今は休んでおります」
エドガーが外された訳ではないようなので、とりあえずホッとする。
「今日のご予定はありますか?」
「診療所に行こうと思ってるの。いいかしら」
昨日の今日で言いにくかったが、街に他に怪我人がいなかったか気になっていた。
「もちろんです。シュヴァルツの地において、お嬢様が行ってはならない場所はないと閣下から仰せつかっております」
リリアンはきょとんとした。すこし大げさな物言いに恥ずかしかったものの、嬉しかった。
「ありがとう」
着替えてリリアンはシシリアと馬車に乗り込んだ。
ーーーーーー
「リリアンさんっ無事でした?」
診療所のドアを開けると、カナリアが心配そうに駆け寄ってきてくれた。
「リリアンさんちょうど良かった!こちらに来てくれますか?」
病室からカナンが顔を出した。入ると、昨日の顔を怪我していた商人がベッドで横になっていた。顔は紫色に変色し、苦しそうに呻いている。
「裂傷は治癒できたのですが、毒がすこし残っているようで······」
ヘルハウンドの牙にはまれに毒がある。
リリアンはベッドの傍らに立つと、男性の顔に手を掲げた。
「リザレクション」
指先から白い光が出て、顔の変色が治っていく。
「毒が······!」
見守る皆、感動して見ている。毒などの異常を快癒するリザレクション。教会では当たり前な治癒術だが、一般には浸透していない。教会が独占しているからだ。
「どうですか?まだ苦しさはありますか?」
リリアンが男性に問うと、男性はガバっと起き上がった。
「急に動いたら·······!」
リリアンが注意しようとすると、男性はリリアンの手をガシりと掴み頭を下げた。
「ありがとうありがとう·······!ありがとう!」
毒の傷は激しい痛みと苦しみがある。リリアンは微笑んだ。
「治癒師として当然のことです」
「聖女さまだ」
男性は呟いた。
(また聖女。本当に治しただけなんだけど······)
朗らかな雰囲気だった診療所が、一気に冷気に包まれた。
リリアンは背後に鋭い気配を感じて振り返る。
「えっロヴェ·······」
凄まじく鋭い視線をたたえたロヴェルが背後に立っている。視線はリリアンの手にそそがれている。
「シシリア卿」
低い声でロヴェルが言った。
シシリアはスススっとリリアンの横に移動し、患者が握っているリリアンの手を離して、先ほどの位置に戻った。
静寂に包まれた診療所で、まず口を開いたのはカザンだ。
「こ、公爵閣下でありますか?どうしてこのような場所へ······」
リリアンが公爵邸で保護されているのは知っているものの、公爵閣下がここに来る理由は皆分からない。
「ここに昨日ヘルハウンドに襲われた商人がいると聞いた。君か?」
「はいっ私です!」
ベッドにいた商人は慌てて姿勢を正す。
「楽にしていて良い。昨日のことを詳しく聞かせてくれ」
ロヴェルより遅れて、数人の騎士団が診療所に入ってくる。外にも何人かいるようだ。
ロヴェルの隣に、見知った顔がある。
「いつもと変わったことがありましたか?」
カインツが優しく商人に問いかけた。初対面の相手との話し方を、ロヴェルより心得えている。
久しぶりに会うカインツに、リリアンは嬉しくなった。話しかけたいのを我慢する。
「変わったこと·······そういえば街道に入る前に、薬売りから薬草を買いました。しかし特に珍しいものは買っていません」
商人は思い出しながら慎重に話している。
「見せていただいても?」
「どうぞ。そこのカバンにあります。巾着に入れてもらったので」
カインツはカバンから白い巾着を取り出した。かがけて確認したあと、中を覗いた。
「閣下、見てください」
低い声でカインツが言う。
ロヴェルは巾着を受け取り、中を覗いた。
「これは·······!」
「こちらは我々が証拠品として預かります。よろしいですか?」
「ええ。かまいません」
「ご協力感謝します」
(巾着に何が入ってたのかな)
気になるものの、ロヴェルが教えてくれるだろう。あとでカインツ卿にも聞いてみよう。
「帰るぞ」
考えていると、ロヴェルが入口の近くでこちらを見ていた。
(えっ、私に言ってる?)
「は、はいっ。またねカザン、カナリア」
リリアンは慌ててロヴェルに付いて外に出た。




