14ー怪我のゆくえ
目が眩むほどの強い光が駆け抜けると、腹部に感じていた痛みが一瞬にして消えた。
相変わらず、すごい治癒術だ。
お礼を言おうと前を向くと、ロヴェルはリリアンが怒っている気がした。しかし急に怒ることなどなかったはずだ。
「リリアン?ありがとう」
リリアンはムスッとしている。
(やはり、怒っている)
「どうした?やはり診療所の治癒師が――····」
(何かしたのでは?)
リリアンはキッと鋭い目でロヴェルを見た。
「ちがう!ロヴェルがすぐに怪我を言わなかったことに怒っているの!」
「そうなのか?すまない。明日言おうと思っていた。今日はもう遅いから」
謝罪したものの、リリアンの怒りは収まっていないようだ。
「明日じゃ遅いかもしれないでしょう?小さな怪我じゃないんだから、これからはすぐに言って!」
「わ、分かった」
と言ったものの、ロヴェルは分からない。シュヴァルツの血筋の者は、自己治癒力が強い。他の人だと縫合が必要な裂傷も、ロヴェルは数日で治る。だからロヴェルはしょっちゅう怪我をした。あまり避けなくても良いと思っているからだ。
今回の怪我も、1週間ほどで治りそうだと自分で思っていた。
2、3日痛みに耐えることになるが、それは慣れている。
とりあえず、リリアンが怒らないように、怪我はなるべくすぐ言おうと思った。
公爵である自分に対して、怒りを露わにする者を知らないロヴェルは、怒っているリリアンにどうすればいいのか分からない。
チラリと見ると、怒っていると思っていたのに、リリアンは悲しそうにロヴェルを見ていた。
「ロヴェルが怪我をすると、私は悲しいんだよ」
リリアンの真摯な言葉に、ロヴェルは心から謝った。
「すまない。次からはすぐに伝える」
「······うん」
「ゆ、ゆるしてくれるか?」
情けない声が出た。
リリアンはきょとんとして、微笑った。
「うん。仲直り」
ロヴェルは心から安堵した。
(良かった)
ふと、リリアンの腕にある傷が目に止まった。
「わっ」
リリアンの驚きの声は耳に届かない。瞬時に腕を掴んで確認する。
「おい。これは何故治さない」
「えっ」
「怪我をしているじゃないか」
リリアンは戸惑うばかり。
(自分では見えない場所なのか?)
おもむろに引き寄せて、ペロリと舐めた。
「ひゃあっ」
リリアンが逃れようと暴れる。
「怪我はここだ。早く······」
見るとリリアンは真っ赤になっている。
(うっ?!)
ゾクリと自分の中に湧いたことのない感覚に、慌てて手を離した。
「早く治せ」
ロヴェルは焦りを感じて言った。
「きょ、今日はもう魔力があんまり残ってない」
「何だと?!」
ビクッと半泣きのリリアンが舐められまいと腕を守る。
「!」
自分の中に、抑えられない感情が産まれてくる感覚に、ロヴェルは慌てた。
(早くこの部屋を出た方がいい)
ロヴェルはやけになって言った。
「じゃあ私が舐めて治す」
リリアンはまたビクッとした。目を潤ませ、何かを懇願するように見上げてくる姿に、睨みを効かせていたロヴェルは目を覆った。
(まいった·········)
「おい······」
「分かった!治す!治すから!」
リリアンは半泣きのまま、自らに手を当てた。すると全身が白く光り、がくりと項垂れた。眠っている。
(軽い魔力切れか)
すぅすぅと眠るリリアンを抱き上げ、ベッドに寝かせる。
薄い紫色のふわりとした髪を掬うと、まだ少し濡れていた。
「ラナ・アンセル」
扉が静かに開き、ラナが一礼した。
「私はもう行く。明日はリリアンは休ませてやれ。魔力切れだ」
「はい。かしこまりました」
「それと、風邪をひかさないように」
最後に一言加えて扉を閉めた。
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「おはようございます。お嬢様」
ラナの声にリリアンはゆっくりと目をあける。
「あれ?ラナ、今は何時?」
「もうすぐお昼でございます」
「えっどうして起こさなかったの?」
「公爵さまが、休ませるようにと仰せでしたので」
リリアンは即座に昨日の夜を思い出した。むず痒くなるような、また赤面してしまいそうなのでなんとか冷静を保った。
ロヴェルは、過保護気味じやないか?もしかして、連れて来た責任とか感じてるのだろうか。
「ふぅ」
だとしたら、やめてほしい。責任なんて感じなくても、自分で選んでここに来たのだ。なんと言ってもロヴェルの顔は心臓に悪い。鏡を見てないのか?あんなことされたら、流石に私でも心臓が保たない。
「朝食はお部屋にお持ちしましょうか?」
「うん。師匠は今日見かけた?」
「いえ、ビビ様ならまだお見かけしてませんね。ご用事ですか?」
「うん。ちょっと気になることがあって。朝食はバスケットに入れてくれる?師匠と食べるよ」
「かしこまりました。そのようにご用意しますね」
リリアンはラナが用意してくれたバスケットを持って、研究室に来た。
「師匠、起きてる?」
部屋を覗くと、長い銀髪を編み込んで白衣を着たビビがこちらを向いた。起きたというか、寝ていない感じだ。
「やぁリリアン。どうかしたかい?」
「師匠、食べてないでしょう?食事をお持ちしました」
「そういえばお腹が空いたな。おいで。一緒に食べよう」
研究室につながるバルコニーで、リリアンとビビは朝食を食べることにした。




