11ー謁見
ヴゥン
耳障りな音とともに、ロヴェルは目を開ける。
目の前の、公爵邸の何倍もあるであろう壮厳な城を睨見つけるように見上げた。
公爵領から、皇城に呼ばれるたびに使わなければならない転移陣。慣れたものだが、何度やっても不快だった。
(面倒だ)
たかだか報告だけの為に、わざわざ公爵領から離れて皇城に来なければならないなんて。
ロヴェルは毎回登城を断っていた。今回は、まだ報告をしてもいないのにリリアン達を保護した情報を皇帝が掴んでいたからだ。
(戻ったら公爵邸のネズミを洗い出さないとな)
イライラと謁見の間に進んだ。
「ロヴェル・ド・シュヴァルツ公爵が入られます!」
衛兵が声を上げる。ロヴェルは皇帝の前まで進み、片膝を付いた。
「ロヴェル・ド・シュヴァルツ。帝国の唯一無二の太陽にご挨拶申し上げます」
抑揚なく、淡々と述べた。
自分と同じ、金の髪と金の眼で、見下ろしながら皇帝は口を開いた。
「久しぶりだな、公爵。堅苦しい挨拶はよい。私と公爵の仲だろう?」
アクセド・エゼルバルド1世。
若くして大陸を統一した歴戦の猛者だ。一見細身だが、鍛え抜いた体躯であることが端々から感じ取れる。
常に不敵な笑みを浮かべたこの皇帝は、逆らう者、気に入らない者には容赦がなかった。
「またしばらく見ぬ間に背が伸びたな。一度手合わせしてやろうか?どれだけ強くなったんだ?」
カラカラと笑いながら、皇帝は言った。
皇帝の甥であるシュヴァルツ公爵は、皇帝の右腕であり、信頼関係にあると周知されている。
ロヴェルは短いため息をついた。
「余計な話はけっこうです。私を呼んだ用件は何でしょう?」
周りに居た家臣たちがざわめく。
「おい!不敬だぞ」
「なんて口の聞き方を」
ロヴェルは睨みつけるだけで家臣達を黙らせた。
齢20歳の年若い公爵だが、ソードマスターであるロヴェルを侮る者は少ない。
ロヴェルと皇帝の間に信頼関係などなく、皇帝はロヴェルに気さくに話しかけているように見えて、いつも目は笑っていなかった。
「ふふ。相変わらず威勢が良いな」
皇帝はニヤニヤと笑い、家臣たちを広間から下げさせた。広い謁見の間に、皇帝と、まだ自分より信頼を得ているであろう宰相。そしてロヴェルの3人だけになった。
「先の小さい反乱で深手を負ったと聞いてな。心配したんだぞ。元気そうじゃあないか」
皇帝は口の端を上げたまま言った。
(嗤いながら言うことか?)
皇帝が送ったであろう刺客に負わされた怪我だ。歯の奥をギシリと噛む。
「腕の良い治癒師に診てもらったので、大事ありません」
「ふむ。その治癒師、教会の関係者らしいな?お前がまさか公爵邸に入れるとは。何者なんだ?」
隠してもいずれ調べられると思い、ロヴェルは口を開いた。元より報告するつもりだった。
「行方不明になっていた元教皇でした。教会に追われているとのことで、保護しております」
「行方不明の元教皇······」
皇帝はぽつりと言った。
「それは本当か?」
皇帝は欲に眩んだ目でロヴェルを見た。
(なんだ?反応がおかしい)
「本人からの証言です。真意は確認中です」
皇帝は手を顎に当てた。
「ふむ······公爵、その子は私にくれないか?」
(ーは?)
想定外の発言だ。ロヴェルは露骨に嫌な顔をした。
(ペットじゃないんだぞ)
「陛下、ご冗談も程々に。教会に狙われているのであれば、1番安全なのは公爵領です。ここは誰でも入り放題じゃないですか」
「それはそうだが。うむ、今はいいか」
(今はって何だ)
腹の立つ発言にロヴェルはイライラを隠さない。出来ればしたくはないが、皇帝の自分に対する仕打ちにはそろそろ我慢ならない。争う覚悟は出来ているのだ。
「治癒師を公爵領から出す気はありません。私のように度々刺客を差し向けられては堪りませんから」
言葉にしても収まらない。ロヴェルは腹の底から沸々と沸いてきた怒りにまかせ、床の大理石を砕いた。
殴ったわけでも、蹴ったわけでもない。ソードマスターはオーラを使えば城も粉々に出来る。
「ははは。ほんとに強くなってるな。だが修理するのが大変だからそのくらいにしておいてくれ」
ロヴェルは力を抑えて、皇帝に背を向けた。
「用件が終わりでしたら、失礼させていただきます」
足早に謁見の間を後にした。
「不敬にも程があります。公爵の手綱を握るのは容易ではありませんよ」
今まで黙っていた宰相が口を開く。
「そうだなあ。今はまだ私の力で抑えられるが、もう何年か経つと分からないな」
皇帝はニヤニヤと言った。
「だがまだ生かしておかねば」
「陛下のご決断に異は唱えませんが·····」
宰相はすぐに引き下がった。
皇帝はロヴェルが去った方向を見つめ、呟いた。
「公爵の所にいるという治癒師、どうしたものか」
皇帝の欲望に満ちた目がぎらりと光った。禍々しく光る金の瞳に、宰相は思わず目を背けた。
ーーー
公爵邸に戻ると、深夜になっていた。
ロヴェルはふと気になり、控えていたバルトに聞いた。
「リリアンは?」
バルトは意図してない問いだったのか、一瞬間をあけて答えた。
「お嬢様は本日、エドガー卿と街へ買い物へ行かれました。お洋服を数点購入されたようです。」
「そうか」
聞いておきながら、自分がそれを聞いてどうしようとしたのか分からない。
とりあえず満足したので良しとする。
「あと、お嬢様からのお土産がお部屋に置いてあります」
聞き慣れないワードが飛び出し、ロヴェルは一瞬止まる。
(お土産?)
自室に戻ると、机の上に小さなクッキー缶が置いてあった。
ロヴェルは我知らず微笑んだ。
気の緩みに気付き、低い声で呼ぶ。
「ヨイテいるか?」
「ここに」
隠密に長けたヨイテは、気配がなくともそこに居る。
「5年前の教皇の情報を全て調べろ」
ヨイテは一礼して姿を消した。
ふう。ため息をつき、椅子に腰掛ける。
ロヴェルは自分の立場をよく分かっている。幼い頃から時期公爵として教育を受けてきたからだ。
公爵になった今、若くてもロヴェルに気安く接するものはいない。ソードマスターであり、帝国の剣である自分に。
リリアンに名前呼びを許可したのは自分でも驚いている。
許可してはいけなかったのかもしれない。だが、気軽に接することのできる温もりを知ってしまった今、手放すことが出来なかった。




