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準備を

要は、夕方到着した間下に聞いて、彰が外に居るのを知っていた。

何か考えたいことがある時は、彰は環境を変えて考え込む癖があるので、恐らくそのためだろうと思い、そっとしておくように言っていた。

だが、大概長いし、食事もしていなかったのでそろそろ呼びに行こうか、と思っていた時に、間下が急いで居間へと入って来て、ゲーム画面を見て騒いでる面々に気付かれないように、小さな声で言った。

「要さん、紫貴様が外に。恐らく、彰様がいらっしゃるのを見て、連れ戻しに行かれたのではないかと思うのですが。」

要は、驚いて立ち上がった。

「大変だ。彰さんの事だから、思い詰めて何を言い出すか分からないじゃないか。ちょっと見に行ってみよう。」

間下は、頷いてその場をメイドに任せ、そうして要と二人で、コートを着て外へと向かった。


彰と紫貴は、二人で何か話していた。

だが、遠すぎて何を話しているのか聴こえない。

…博正と真司を連れて来たら良かった。

要は、ヒトの聴覚しかない自分を呪った。

間下が、囁くような声で言う。

「こちら。」

間下は、ここの事は勝手知ったる場所のようで、要を誘導して脇の茂みからスルスルと音を立てずに進んで行く。

要は、それを追って忍び足で進んだ。

しばらく進むと、茂みの間から二人が見える場所まで来た。

だが、そこで見た光景に要は目を疑った。

彰が、紫貴の手をガッツリ握って、何とこれまでのネタばらしをしているのだ。

…なってこった、考えが煮詰まっちゃって放って置いたからこんなことに。

要は、顔をしかめて間下を見る。

間下も、まずいと思ったようだったが、ここで潜んでいることを二人に知られるわけにも行かない。

なので、じっと黙って会話を見守った。

紫貴は、戸惑っているようだった。

それはそうだろう、もうこのまま穏やかに余生を送ろうと思っていたのに、いきなり結婚してくれと押しに押されているわけだ。

おまけに子供を産んで欲しいのだ。

しかも、もう金の力で結婚して欲しいとか言っている。

なりふり構っていられない感じなのは見て取れたのだが、その本気の必死さが紫貴に伝わるだろうか。

だが、紫貴には分かったようだった。最初は絶対に断ろうと断る口実を探している雰囲気だったのが、彰が必死に訴える姿を見て、どうやら心が動いているようだった。

紫貴は、自分はおばさんなのにと戸惑っていた。なので、子供は産んで育てるので援助してくれたら、結婚まではと言うほどだった。

だが、彰はその生い立ちから、そんな境遇に子供を置きたくないようだった。最初、卵子だけ提供してもらうとか言っていた、彰の面影はそこには無かった。

本当に、紫貴との子供を大事にしたいと思っているようだった。

聞いているうちに、要の方が心を打たれて来た。そこまでして紫貴がいいのか、と。そんなに好きになったのなら、唯一愛した人と、結婚させてやりたい。

間下もそう思ったようで、横で涙を流して彰の様子を見ている。何しろ、自分達は彰の生い立ちを知ってしまっているのだ。

間下など、側で見守って来たのでひとしおだろう。

そうやって訴えた彰の想いが通じたのか、紫貴は遂に、結婚を前提に交際することに同意した。

おお?!

こちらで見ていた二人が、思わず叫びそうになって悶絶している中、彰は気が抜けたようで、芝の上に膝をついた。

腰が抜けたのかと慌てて出て行きそうになった二人だったが、そもそも居ない事になっているのに、出て行くなどもってのほかだ。

なので、ジリジリと見ていると、一緒に芝に膝を付いていた紫貴に、彰は何の躊躇いもなく、口づけた。

紫貴は一瞬戸惑っていたが、それを受けた。

要は、まだ細菌の分析が出来てないのに!と心の中で叫んでいたが、あれだけそれを声高に訴えていた彰が、今この瞬間には全くそんな事には気が回っていないようだった。

…何のことない、彰さんはこれまで、愛してる人が居なかったからキスしてなかっただけじゃないか。

要は、内心思ったが、帰ったら検査だなあと、ため息をついていた。

どちらにしろ、彰の玉砕覚悟の告白が、実を結んだのは確かだった。


二人が、並んで屋敷の方へと帰って行くのをそろそろと後ろからついて歩いて戻って行き、何気ない様子で、キッチンに居た二人に合流した。

キッチンでは、彰がそこのテーブルに座って、紫貴を前に遅ればせながらクリスマスディナーを食べていた。

「彰さん。」

要が声を掛けると、彰がそれは機嫌よく言った。

「要。どこへ行っていたんだ?クリスマスなど、祝ったことも無かったが、しかしたまには良いものだな。」と、紫貴を見て微笑んだ。「私達にとっても記念日になったし。これから毎年祝おう。」

もう結婚する感じになってるし。

あくまでも、結婚を前提に交際なのだ。

とは、水を差すので言えなかった。

「え」要は、聞いていたとは言えないので、驚いたように言った。「紫貴さんに、もしかしてオッケーもらったんですか?」

間下も聞きたいだろうが、間下からしたら彰が笑っているのがもう、感動のようで、涙ぐんで言葉がない。

彰は、もう満面のドヤ顔で言った。

「紫貴に正直に私の気持ちを話したら、分かってくれたのだ。結婚を前提に付き合ってくれると。」

紫貴は、あまりに彰が子供のように嬉しそうなので、苦笑して言った。

「彰さんがご立派なのに、私などがと思っているのですけど、とても強く仰ってくださるので。いきなり結婚は出来ませんけれど…私も歳ですので、やはり御親族のかたのお気持ちもあります。彰さんには、よく考えてくださる時間が必要ではないかと思いまして。」

なるほど紫貴は現実的だ。

伊達にあの歳まで生きて来てはいないのだ。彰と結婚すれば間違いなく玉の輿なのだが、それを簡単には喜べない。それが、必ずしも幸福とは思っていない証拠だった。

「また君はそんなことを。」彰は、顔を曇らせて言った。「私に親族など居ない。弟だけなのだ。誰も反対など出来ないし、させるつもりはない。」

紫貴が言っているのは、そういう事ではないのだが、それでも紫貴は、頷いた。

「はい。ですけれど、やはり幾らか一緒に過ごさなければ、お互いに知り合う時間が必要ですわ。」

彰は、頷いた。

「君に私を知ってもらって、安心してもらえるように努力する。」

紫貴は、首を振った。

「彰さんには私を見て頂きたいのです。まだ、私の本質をご存知ないと思いますの。それからお決めくださいね。」

念を押すのは、結婚したわいいがそうじゃなかったから離婚だとは、なりたくないからなのだろう。

紫貴からしたら、彰が自分の何をそんなに気に入ったのか、きっと分かっていないのだ。

要にだって、分かっていなかったが、彰にしか分からない何かがあるのだろう。

それから彰が食事をするのを見守っていた紫貴だったが、そこへ、なっちょんと蓮が入って来た。

どうやら、紫貴が居ないので探しに来たようだった。

「こももさん?あら、あきらさんと一緒に居たの?」

紫貴は、頷いた。

「ええ。まだ夕食を食べていなかったから呼びに行って、一人で食事もと思って、ここで居たの。」

蓮が、こももの腕を引っ張った。

「もう終わったでしょ?行こう、対戦式のがあって、テツがめっちゃ強いんだよ。こももさんもやってみない?」

紫貴が、やんわりとそれを断ろうとしていると、彰がいきなり、蓮の手を紫貴の腕から払った。

「何をしている。軽々しく触るな。」

蓮が、驚いて彰を見る。紫貴が、慌てて言った。

「彰さん、この子達は私の子供みたいなものですから。他意はないのですわ。」

彰は、だが腹の虫が収まらないようだった。

「それでも、君とは血も繋がらない男だろう。」と、蓮を睨んだ。「馴れ馴れしくするな。私の妻になる女性なのだからな。」

いや、まだ決まってないから。

要は思ってオロオロしたが、蓮となっちょんは仰天した顔をした。

「ええ?!」と、紫貴を見た。「それって…それってこももさん…。」

紫貴は、困ったように彰を見ていたが、息をついて、言った。

「後で話すつもりだったの。あの、さっき彰さんからお付き合いして欲しいと言われて。それで、いろいろお話を聞いて、では結婚を前提にお付き合いをと決めたところなのよ。とても私や子達や、家族の事をいろいろ考えてくださっていて…それで、知り合って行こうと思って。」

なっちょんは、要を見る。要は、こっちだってワケが分からないと肩をすくめて見せた。

蓮は、茫然としていたが、叫んだ。

「そんな!」蓮は、地団駄踏むほどイライラとして、言った。「テツがあんなに長い間こももさんを想ってたのに!知ってたんじゃないの?!なのにどうして!」

紫貴は、慌てて答えた。

「テツさんはいい人よ。もっと若くて良い人いるはずだもの。私なんか子持ちで離婚歴がある年上の女なんだから。応えることなんて出来ないでしょう。」

蓮は、彰を指さした。

「この人だってテツより年下じゃないか!」と、蓮は泣きそうになりながら言った。「なんで…お金なの?!お金なんでしょ?!この人が金持ちだから!」

「やめなさい!」なっちょんが、鋭い声で言った。「こももさんがそんな人でないのは分かってるでしょ!それに、お金があるのは良い事よ。養って行けるんだもの。これからこももさんだけでなく子供達が困った時でも。そうでしょ?」

蓮は、ブルブルと唇を震わせている。

彰が、言った。

「…それの、何が悪い。」皆が、彰を見る。彰は続けた。「そうだ、私は最後には説得に金の事も持ち出した。だが、それの何が悪いのだ。私が持てる全てを注いで、紫貴と結婚したいと思ったのだ。私は紫貴の全てを受け入れて守って行くと決めた。私が出来ることは、何でもする。病気になればそれを治し、金に困れば出す。その覚悟が無くて、どうして結婚など言い出せるのだ。君の親友は、その覚悟があったのか?紫貴を支え切れる力があるのか?私にはある。それだけのことをして生きて来た。だからこその、褒美なのだと思っている。」

彰さん…言ってることは何だか腹が立つけど、でも立派だよ。

要は、そう思った。

いつの間にか、開いた扉の向こうから、皆がこちらの騒ぎに何事かと覗いて来ていた。

その中に、テツも居た。

蓮がそれに気付いて、そちらを向いた。

「テツ…、」

テツは、くるりと踵を返すと、走ってその場を離れて行った。

「待てよ、テツ!」

蓮が、それを追って行く。

メイド達が、どうか、どうかと皆を居間へと押し戻そうとしている中、なっちょんが言った。

「しき、って、こももさんの本名?」紫貴は、黙って頷く。なっちょんは息をついた。「そうよね。いいと思う!ここまで言ってくれる人となら、きっと幸せになれるよ。ハンサムだし。」と、なっちょんは軽くウィンクした。「ただ、多分もう、テツと蓮は無理かな。私はこももさんとこれまでだってこれからだって友達で居たいけど、あの二人は駄目だと思う。仕方ないよ、何かを得たら、何かを失うんだもの。こももさんが決めたことだから、それでいいよね。」

紫貴は、また頷いた。

彰は、そうか紫貴の交友関係を、自分は真っ向から壊してしまったのだ。

途端に、彰は自分がとんでもない事をしたような気がして、慌てて紫貴を見た。

「すまない、紫貴。私が我慢しなかったばかりに、君は長年の友人を失くすことになってしまったのだな。」

紫貴は、首を振った。

「いえ。こうなってしまったからには、いつかはあの二人にも話さなければならなかったんです。ただ、最悪のタイミングになってしまっただけで…もう、ここで対面人狼は出来ないでしょう。皆にせっかく集まってもらいましたのに。申し訳ないですわ。」

それには、扉の所でメイドに押しとどめられている、ガチが言った。

「それは大丈夫!今行列作っても手に入らない最新ゲーム機が四台もここにあるし、それに夢中になってるから!」

それには、まなかも言った。

「そうそう!ソフトも今出てる奴は全部ダウンロードしてあるの!もう徹夜で明日帰るまでに全部やろうってみんなで言ってたぐらい。」

それには、間下が言った。

「皆様がお越しになるからと、ご退屈されてはと従業員たちが考えて買い集めていた物ですので、楽しんで頂けたら幸いです。」

彰が、言った。

「なんだ、そんなもので良いなら一泊と言わず、好きなだけ滞在して良いぞ?食事は準備させるし。確か年明けまではここを誰も使わないはずだ。夜は寝た方がいい。」

また航空券を予約し直すのか。

要がうんざりしていると、かっつんが言った。

「オレは居たいけど、嫁が怒るから帰らなきゃな。みんなは居たらいいけど。」

ワイズが、肩を竦めた。

「オレだってここに居たい。ちょっと嫁にいつまでなら居てもいいか聞いてみるけど、多分駄目だろうな。」

ワイズは、言うが早いかスマートフォンを出して、何やら打ち込んでいる背中が見えた。

なっちょんは息をついた。

「私は帰るわ。たぶん、あいつらが帰るから。お目付け役が必要でしょ?」と、皆を見た。「みんなはどうするの?」

全員が、どうするどうすると顔を見合わせて考えている。

要が、言った。

「今日就寝前にいつまで滞在か決めてください。航空券の予約があるんですよ。空いてる時で良かった…いつもの年末年始だったら無理だった。」

「どうしても無理だったらヘリを出せ。」彰が言う。「一番デカいのなら輸送出来るだろう。」

要は、彰を睨んだ。

「駄目ですって。飛行機で帰ってもらいます。」

紫貴は、呟くように言った。

「私は高い所が苦手なので…あまり飛行機もヘリコプターも乗りたくないですわ。」

そうなのか。

彰は言った。

「ならば船もあるし、無理して乗らなくてもいい。」

山の中にはどうやって行くんだろう。

要は思ったが、皆があちこちに連絡をしたり、話し合いをしたりを始めて居間へと戻って行き、要はみんなの滞在期間の確認に出て行き、キッチンに残ったのは、彰と紫貴、間下だけだった。

間下が、言った。

「紫貴様、紫貴様はこちらに滞在なさいますか?」

紫貴は、首を振った。

「私は帰らなければならないのです。子供達を放って来てしまっているので。」

彰は、言った。

「君の子供達にも挨拶をしておきたい。また日を改めて、どこかに来てもらえないだろうか。君のご両親にもご挨拶に伺うと言っておいてもらえないか。」

それ、結婚決定の流れなのだが。

間下はハラハラしながら見ていたが、紫貴は、もう疲れているのか、頷いた。

「ええ。」

そうして彰に促されて、紫貴は彰と一緒に居間へと向かったのだった。


そうして、その夜どうしても彰は一緒に寝ると聞かなかったが、まだ早いと要に留められて、諦めた。

紫貴が今現在、妊娠しても大丈夫な体調なのかを、まず検査してからでないと、高齢出産になるのでリスクが高過ぎるのだ。

たった一度で妊娠するほど若い訳では無かったが、何があるか分からない。

それで紫貴を失ってしまうようなことがあったらと言うと、さすがの彰もそれ以上無理は言えなかった。

早急に紫貴の精密検査をするために、近隣の提携病院に予約を入れて自ら行く事を決めていた。

結局、年明けまで11人のうち独身の6人が残り、三日まで過ごしてから、関東へと皆、帰って行った。

長い滞在だったが、皆仲間同士楽しんでいたらしい。

帰ったのはかっつん、ワイズ、なっちょん、蓮、テツの五人だった。

途中、紫貴が子達三人を連れて別荘を訪問し、彰もその日また別荘まで来て三人と対面してから、しばらく話して、後は残っていた6人と一緒にゲームに興じていた。

皆20代の若い子達で、紫貴に育てられたらしく落ち着いた、品のある子達だった。

彰に対して反感があるようでもなく、媚びるでもなく、ただ淡々とどんな人なんだろうと、観察しているようだった。

彰は、子達に言っても仕方ないのだろうに、訥々と自分がどれほど紫貴と結婚したいのかを熱く語っていた。

ゲームをしている時も、順番が回って来ていない子に、語り足りないのか隣りに座って話す話すで大変だった。

後から紫貴に聞いたところによると、子達はあれは本物だから大丈夫じゃないかなと言っていたらしい。

あれだけしつこいなら、母さんが根負けしたのも分かる、と息子は言っていたのだそうだ。

子達がオッケーを出したので、紫貴もホッとしたのかそれから、彰が会いたいと言うとすぐにウンと言うようになった。

時には彰があちらの家に泊まることもあったが、子達も居る家なので、きっちり別の部屋で寝ているらしい。

付き合い出してから、なので彰はまだ、紫貴に指一本触れられていなかった。

待ちに待った健康診断では、紫貴を一度、あの薬で仮死状態にして、徹底的に調べた。

後でおかしな病気が見つかって、命を落としたりしたら大変だからと、彰がどうしてもやると聞かなかったからだ。

ようは死んでいる状態なので、何をしても紫貴は苦しくも無いし、痛くもない。

精密検査をするには、この状態なのが一番、本人にとって楽なのだと彰は言っていた。

いつもなら、部下達が手分けして作業して、自分はそれを見ているだけの彰だが、いうなれば丸裸にするわけなので、誰も入るなとシャットアウトして、本当に多くの作業を、彰はたった一人でやり切った。

やれば出来る子なのだ。

あちこち綺麗に洗浄も済ませ、体内までピカピカの状態にオーバーホールされた紫貴は、目が覚めた後、実は便秘気味だったようだったのだが、お腹がへっこんだ!と驚いていた。

そんな汚れ作業まで一人でこなした彰に、研究所からデータ解析に呼ばれて来ていた部下達も、本気なんだと感心していた。

検査をしただけなのに体が軽くなったと紫貴が喜んでいたのを横目に、とても疲れた様子だった彰だが、これで紫貴とやっと夜も過ごせるようになる、と、別の理由でとても喜んでいた。

とはいえ、それだけでは万全とは言えなかった。

まだ、年相応の細胞を、活性化させて元気にしなければならないのだ。

妊娠することも大切なのだが、その状態を維持して母体が健康であるために、重要な事だった。

今度は、研究所の別の班がやって来て、紫貴を往診した。

紫貴は、毎日ほど彼らにデータを取られては薬を処方され、それを飲んで毎日を過ごすことになった。

いっそのこと娘たちの方がいいのでは、彰さんなら大切にしてくれそうだし、と紫貴が言うのに、彰は絶対に首を縦に振らなかった。

紫貴の娘は娘であって、紫貴ではないからだった。

そんなこんなで、年も開けて数か月、彰は紫貴の両親にも挨拶に行き、妹とも会って来たらしい。

樹にも報告を済ませ、まだ紫貴が入籍すると言っていないにも関わらず、外堀からどんどんと埋めていく状態になってもう時間の問題となっていた。

そもそもがまだ、離婚してから一年経っていないので、いくら何でもまだ早いのでは、というのが紫貴の父母の意見らしかった。

紫貴も、そんなに急いでいないのだが、体が急いでいる。

このまま行くと、産む頃には46歳になってしまう。

彰が言う通り、紫貴は充分に妊娠・出産出来る体だったが、細胞は生まれ変わるので、あまり時が経つと段々に難しくなるのではと思われた。

最近の彰は、紫貴の事もあって尋常でないほど忙しいのだが、そんな合間に、執務室でパソコンの前に座り、メールを処理しながら言った。

「もう、いっそ既成事実を作ってしまったらと考えているのだが。」

要は、目の前で報告をしていたのだが、顔を上げた。

「え?紫貴さんですか?」

彰は、画面から目を離さずに、手を忙しなく動かしながら、頷く。

「紫貴の両親が心配されるのは分かる。だが、私は必ず紫貴を大切にする。もう離婚してから半年以上経つのだから、良いではないか。」と、ふと手を止めた。「…未だに、紫貴に触れることも出来ていないし。」

結局そこだろう。

要は、思った。付き合い出してから、紫貴の家に行く事はあっても彰の屋敷には泊まりに来ることがないからだ。

彰の屋敷なら大きいしベッドはキングサイズだしで、全然問題ないのだが、紫貴の家だと普通の民家なので、部屋は普通サイズだし子達はたくさん居るしシングル布団だし部屋は別だしで、何も出来ないのだ。

一度、彰の屋敷に誘ったりしたが、紫貴は子達を置いてなかなか外泊したがらないので、それも叶わなかった。

そんなわけで、彰は毎回悶々としているわけだ。

「だったら、ちょうど世間のパンデミックも収まって来て旅行が復活して来てますし、どこかに誘ってはどうですか?さすがに旅行となれば、二人きりですし大丈夫だと思いますよ。仮に、子供達も連れて行くとしても、部屋は別に取ればいいんですから。問題ないですよ。」

彰は、タンタンとキーボートを打つ手を止めないで言った。

「そうだな。ならばドイツは?」

要は、それには顔をしかめた。

「ちょっと待ってください、まだ渡航は無理です。隔離されますよ。時間が無駄になります。国内にしてください。」

彰は、息をついた。

「国内は関東と関西しか知らない。帰国してからずっと日本に居る時はここだし、持っている土地は関西。外出したら海外。日本国内を旅行した記憶がない。」

要は、頷いた。

「じゃあ、探して来ましょう。旅行のパンフレットでも見て来ますから。どうせ、紫貴さんの所に行って来ないといけないんで。この検査をクリアしたら、無事にいつ妊娠しても大丈夫になりますからね。これまでは可能だけど、保証はない、って感じでしたけど、今日の検査で順調ならゴーサインです。」

彰は、手を止めて要を見た。

「紫貴によろしくな。旅行に行きたいから日程を決めて欲しいとメールしておくから、返事を聞いて来ておいてくれ。出来たら二人で行きたいと。それから、パンフレットでどこに行きたいか決めてもらって来てくれないか。私がその近くの良い宿を取る。」

要は、頷いた。

「はい。では、行って来ますね。」

「頼んだぞ。」

そうして、彰はまた仕事に戻ってキーボードを叩き始めた。

要は、関西に向けてヘリに乗って飛び立ったのだった。

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