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グリン 初来島のとき


 飲バラ扇動罪、とかなんとか、こじつけの罪状でアルチュンドリャ社長が逮捕・起訴され、彼と同級生の副社長ナオスガヤが社長職を引き継いでいた。

 刑事裁判の公判期間中、ビイル薔薇精油中毒後遺症で身体はボロボロに壊れてしまい、禁断症状による不眠から精神も病んでしまったアルチュンドリャは、実刑判決が確定し、刑務所へ送られた数週間後に心臓発作を起こして亡くなった。

 しばらく後、当時5歳か6歳だったグリンは、母レイヤに連れられてネプチュン鳥島を初めて訪れる。



 ビイル薔薇精油製造株式会社の受付嬢は、お口をあんぐり開けて固まっちゃった。

 社長のナオスガヤさんにお会いしたい、と訪ねてきた、どこかよその国の人? もしかしてこの世の人ではない? とも思える美しい(妖しい?)女の人と、その人を外国語で「かあちゃん」と呼んでいるらしい、可愛らしい女の子。

〈この子はネプチュン鳥の妖精さん? 半透明じゃないけど・・〉


 受付へ降りて来たナオスガヤ社長は、その人を、

「レイヤさん」

 と呼び、

「アルチュンは・・・」

 と言い淀み、こみ上げてくる嗚咽を飲み込んだ。

「ナオスガヤさん。わかっています」

 レイヤさんは言い、ふたりは抱擁して挨拶を交わす。


 レイヤさんがアルチュンドリャの死を知っているとしても不思議ではない。この人は呪術師であり、プロフェッショナルな霊感も備え持っている。

 それとは別に、ナオスガヤさんは、彼女が連れている子どもを見て仰天する。女の子の瞳は、ジュピタン人のレイヤさんとは違い、深いサファイアブルー。

「レイヤさん・・・こちらのお嬢ちゃんは・・・」

「はい。アルチュンの子どもです」


 ネプチュン語で、

「こんにちは」

 とごあいさつした女の子は、にっこり笑う口元がアルチュンドリャに似ている。乳歯の1本抜けたお口が可愛い。


 ナオスガヤさんは、レイヤさんとグリンちゃんを、アルチュンドリャの両親の家へ連れて行った。

 そのときのご両親の驚きようといったら、もう悲しいのか嬉しいのか自分達にもわからない、と言いながら号泣し、レイヤとグリンを抱きしめる。


 ご両親とナオスガヤさんに案内され、母子はアルチュンドリャの墓を訪れた。

 平地より少し淡い色味のビイル薔薇が咲き乱れる丘の上。バラ色の彫刻作品を並べたような、そこがそのまま天国みたいな、墓地の丘。


 まだ新しい墓石に、フォーチュンドリャとアルチュンドリャの名が刻まれている。十代の頃から死ぬまで離れ離れになっていた兄弟が、ようやく、また仲良く寄り添い、眠る墓。

 レイヤは墓石に両手をかざして亡き二人の気配の残影に触れ、あの世での魂の安寧を祈る。

 プロの呪術師は、肉親との交霊はしない。職務上であっても、亡き人との交霊は、特別な場合を除いて禁じられている。こちら側からあちら側への交信は、神様を通して祈るよりほか、手段はないのだ。

 グリンはお祈りのあと、おとなたちが語り合う傍らで、ネプチュン鳥たちと無邪気に戯れていた。



 レイヤとグリンは、ナオスガヤさんが手配してくれた家に滞在し、しばらくすると、グル・ワヒラサも小さいデューンと荷物を抱えて観光にやってきて、家族でひと月ほどネプチュン鳥島で暮らした。


 グリンには最初から、ネプチュン鳥の言葉が理解できた。ネプチュン鳥から島の情報をあれこれ教えてもらい、島の同年代の子どもたちとも仲良く遊びまわっていた。

 デューンちゃんはまだよちよち歩きに毛が生えた程度のちびっこだから、姉ちゃんのあとをついて走ってもすぐに転んで泣きべそをかく。そんなデューンに、ネプチュン鳥のヒナ鳥たちは優しくしてくれる。デューンが泣き止んで自分の力で立ち上がるのを、励まし、見守りながら待っててくれるのだ。

 ネプチュン鳥たちの優しい香り、それはつまりビイル薔薇の香りなのだが、それがデューンの記憶に、自分を守ってくれる匂いとして、成人した今に至るまで残っている。グリンのネプチュン鳥島人の遺伝子から発せられるバラのような香りも、そこからきているのだ。

 あのときは自分たちもまだ幼くて、社会情勢みたいなことはわからなかったけど、いい匂いのお花畑で毎日遊んだ、夢のような楽園生活だった。



 ロージーさんとお会いしたのもこの時だ。

 フォーチュンドリャさんの恋人だったロージーさん。彼女が一時アルチュンドリャにも恋心を抱いていたことを、レイヤは直感で知る。兄弟もロージーも、なんだかちょっと要領の悪さが似ている。ここぞ、という時に、大事なことが空振りしてしまうのだ。レイヤもそういうところがある。

 アルチュンドリャを挟んで、時空のずれた三角関係、みたいなロージーとレイヤだけど、互いに同志的な愛着を感じる。


「フォーチュンドリャさんとも縁のあるかたで、もう少し年下の、朗らかなかたと、良きご縁で結ばれるでしょう」

 ロージーは、初対面のレイヤからそう言われてちょっと面食らったが、まんざらでもなかった。

 フォーチュンと別れ、アルチュンとは指を触れあったことすらなく、恋愛運がどうも冴えない感じのロージーだが、仕事も頑張っているし、少しでも前を向いて生きていかなきゃ、という気持ちになっていたところだ。

 占いとかにはあまり関心もないけれど、本家ジュピタンの呪術師からそんなふうに言われると、やはり嬉しいものだ。


 レイヤとグル・ワヒラサは、島に滞在中、守護石鉱脈をペンデュラムで辿(たど)りながら貴石をひとかけら掘り出し、ジュピタン産の子宝気流の粒子を混ぜ、祝福の(まじな)いをかけて磨いた。まだ少し早いけどロージーへの結婚祝いだ。


 ジュピタンへ帰る前、翌年小学校へあがるグリンのために、祖父母がランドセルを買ってあげたいという。離島だからデパートなどはないので、通販カタログで、グリンの好きなやつを選ばせてくれた。

 グリンが迷わず、

「これがいい」

 と、瞳を輝かせて選んだのは、深みのある上品な色味のローズピンクのランドセル。

 小学校の入学式では、グル・ワヒラサが一眼レフカメラで撮影しまくり、ランドセルを背負ったグリンの写真をネプチュン鳥島の祖父母へ送った。どっちがどっちを背負っているのだか、ってな風情の〈ぴっかぴっかいっちねんせい〉の定番ショットだけれど、満面笑みを咲かせるグリンの肌と髪の色に、ランドセルのローズピンクがとてもよく似合っていた。

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