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5話 変心湯

 央州は水の流れの悪い地で、いくつかの領地は広大な荒れ野を持っていた。

 赤土の霜を踏みながら朝早く、若い文官は息を白くして、町外れの街道を見下ろす丘に住む賢者の家を訪ねた。

 領主の筆頭代理人で盟友でもある者が昨年来よりひどく自分をうとむようになり、初春の宴にも呼ばれなかった、と文官は語った。その代理人に対して、誰かが人の心を変える呪法を使ったのか、昔通りの仲に戻ることは無理なのかを、文官は賢者に聞いた。

 人の心は、本人が望まぬ限りは変わらない、と道理を述べた上で、賢者は、お望みなら、と、いくつかの薬草や木の根を煎じ、これを飲んでひととき休まれるように、と語った。

 文官は言われた通りにして、奥の寝台で横になり、昔の出来事を振り返った。そしてかつては友だったその代理人が文官のためにしたことは、友のためではなく当人のためであったことに気がついた。値がはる筆記具の失せ物を長時間一緒に探してくれたり、昼食を共にして飯の具を交換したり、行き帰りをお互いに待ち合わせながら学校まで通ったりした、そのような幼少から青年期までの思い出は、友情からではなく同年代の忠臣を持つという打算によるものだと気がついた。

 うつろな夢から覚めた文官は、寒い部屋の中で、すっかり冷えた残りの変心湯を飲み、しばし考えたあと涙を流した。そして賢者にわずかな謝礼を与え、人の心は変えられないが、自分の心は変えられるものだな、と言った。

 前年より手がけられていた、荒れ地に水を通す工事は筆頭代理人に任せられていて、はじめに考えられていた見積もりを費用・年月ともに大きく越えて終わり、筆頭代理人はその座を失うことになった。

 新春の宴に招かれなかった若い文官を含む数人は、工事の間は閑職に甘んじていた。しかし新しい筆頭代理人はその者たちに、旧代理人とは縁の切れた者であるとして、しかるべき職を与え、領主になったのちも高い碌をさずけた。その多くは、かつて荒れ野だったところから得られる作物によるものだった。

 かつての筆頭代理人およびかつては若かった文官の名前が刻まれたふたつの小さい石碑は、今は用水の工事がはじめられた場所に並んで立っている。昔は別々のところにあったものと聞く。春には用水路の両側にはサクラが咲き、水のおもてをサクラ色に染める。


薬飲むさらでも霜の枕かな 芭蕉

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