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第22話 薔薇園と吸血姫

 暖期の終わりの、一番日が長くなるころ、珠州の領主に請われて、若い武官と、さらに若く見える監視者は薔薇園の怪異の正体を探ることになった。日暮れ時を告げる寺の鐘は遅くに鳴らされ、蒸し暑さを感じさせる薔薇園の坂をのぼって、丘の上でふたりは日没を見た。武官は戦いに臨む戦士と同じく黒革の胴衣、監視者は肩で紐を結ぶ涼しげな真紅の連衣裾を身にまとっていた。


 夜に薔薇の花を摘んでいく何者かがいるようなので、確かめてもらえないか、というのが領主の望みだった。


 日の盛りに薔薇は咲き、あわただしく散る。散った花びらは勝手次第だが、なぜか今年は蕾のうちに摘まれるのだ、と。


 ふたりは宿を出るときに、宿の主人から3包の握り飯を受け取った。その握り飯を薔薇園の丘の上で食べ、筒に入れられた茶を飲んだ。


 握り飯はふたりで11個あり、中身は鮭・昆布・梅干しだった。ふたりは鮭と昆布の握り飯を食べたあと、昆布と鮭の握り飯を食べ、茶を飲むと残った2個の握り飯を半分にして分けた。つまりふたりは各人が鮭と昆布を各1個半、合わせて3個食べた。


 すこし遅れて来た賢者は、黄色に黒い稲光の模様が入った半袖の単衣で、残された3個の握り飯がすべて梅干しであることを確認すると失望した。


 梅干しの具はふたつに割ることが難しかったのだ、許せよ、と、監視者は言い、だったらふたりで梅干しの握り飯をひとつずつ食べればいいじゃないですか、と、賢者は嘆いた。


 今宵もまた妖異を斬れると思うと腕がなるな、と、武官は破妖の剣の素振りをしながら闇が濃くなるのを待った。


 水銀灯とらじうむ灯の明かりが頼りなく、人影が絶えた薔薇園をところどころ照らし、夕景より数が増えた蝙蝠は、散った花で食欲を満たしたのか次第に数を減らしていった。


 闇の中でも薔薇の種類は、匂いで嗅ぎ分けられる、と、監視者は語り、ああ、そうですねえ、と、賢者はその傍らで同意した。濃い薄い、さらっとした、ぬめっとした、甘い苦い、その他いろいろ。


 おまえに嗅覚などがあったのか、と、武官は監視者に言った。大気の届かない星々の世界では、無用なものだろう、とも言った。


 私の五感のうち、味覚・嗅覚・触覚はヒトを模して作られたので、確かに機械度は高い、と、監視者は語った。


 しかしこのように、色も香りも平和な園で、あえて武を誇ることもあるまい、ここはひとつ、妖異と話し合いで片をつけてみないか、と、監視者は武官に言った。


 ふん、と、武官は鼻で笑った。


     *


 濃い闇の中で、ひときわ大きな影が育った。その影は大きな蝙蝠の羽を持つ巨人で、3つの大きな袋を持ち、顔のように思える影を薔薇の花に近づけてその匂いをかぐように見え、手のように思える影でその咲き誇る花と蕾を袋に入れはじめた。


 武官は剣を持ってその影を斬ると、それは監視者ほどの大きさの、3つの影となった。


 監視者が手をふると、昼のうちに用意しておいた複数の夜間照明が、武官と3つの影を照らした。3つの影は、赤・黄色・白の舞踏会用正装をした、小さな蝙蝠の羽を持つ姫たちで、おのおのは手に鞭・短刀・槍を握っていた。


 武官がそのうちのひとりに斬りかかると、ほかのふたりに責められる、という形になった。鞭に絡め取られた武官の剣は、その鞭から滴り落ちる液で切れ味を失い、短刀は武官が身につけていた黒革の胴衣の隙間からその体をちくちくと刺し、長い槍は武官の頭をぽかぽかと殴り、おまえたち卑怯ではないか、と、武官は無駄な抵抗を続けた。


 待ったまったまったぁぁぁあ、と、監視者はその喧嘩に割って入った。


     *


 白の姫はジゼル、黄色の姫はベル、赤の姫はバスコと名乗り、監視者よりひとつずつ握り飯を受け取ると、わぁ、海産物でない握り飯だ、わぁわぁわぁ、と機嫌を直して丘の上の敷物に座った。


 なぜそのような悪さをするのだ、とりあえず話し合いをしようではないか、と、白々しく武官は言った。


 私たちは、薔薇の花弁や植物の実を食べて長寿を誇る一族で、ヒトからは吸血姫などと呼ばれております、しかし決して害をなすものではありません、と、姫たちは説明した。


 しかし、薔薇園の花を、今年は妙に取られすぎている、というのが領主の話です、と、賢者は言った。


 私たちが薔薇から作る薬は、切り傷には特に効くのです、それが昨今、急に注文が増えまして、と、姫たちは話を続けた。


 おまえのせいかよ、と、監視者は武官に言い、武官は、おれのせいだったの、と驚いた。


 破妖の剣は複数あり、武官おひとりの罪ではありません、ただ、それをいたずらに使う武者修行の者が増えたためです、と、姫たちは言った。


 なるほど、と、武官は言った。それはいち領主で何とかなる案件ではないので、各州王に頼んでお触れを回すようにしよう。妖異退治の武者修行は控えるようにみたいなものを。


 あと、ヒトと戦うときは、3体で囲めば負けない、ということを、妖異の間に伝えておいてくれ、と、監視者は言った。


 ヒトがひとり以上で妖異に向かってきたときはどうします、と、姫たちは聞いた。


 ひとりで戦わないと武者修行にならないではないか、と、武官は虚しく笑った。


     *


 空のかなた、虚空へ、宇宙へと、この地上に、住む、知性体は、いつか、天を、目指す、ことが、あろう、と、赤の姫は、賢者と武官を背中の上に乗せて、腕立て伏せをしながら言った。監視者は、自分の体は見かけより重たいから、と言ってその傍らに座った。


 ヒトは、残念ながら、この地上の、重力を、振り切って、飛び出す、ことは、できない、はずだ、また、その闇の、濃さにも、絶えられない、だろう、最初の、宇宙の、探検者は、われら、吸血一族に、なる。


 黄色の姫は、赤の姫の汗をぬぐい、白の姫は敷布を交換して体液を手桶に絞り落とした。


 古来より「ル」の名前が織り込まれている者は神に近く、また「ミ」は神そのものである、と聞きます、と、賢者は語った。


 ふむ、ジゼル姫はでぃずにーの偽姫、またベル姫は野獣王と結婚して姫になる町娘だったな、と、監視者は言った。


 わかったぞ、赤の姫、おまえの本当の名前はバスコ・ダ・ガマガエルだろう、と、武官は言った。


 無礼者、と、赤の姫は背中のふたりを振り落として立ち上がった。


 私の名前はミカエル、神にして天使である、と、赤の姫は言った。


 いずれにしてもカエルだよな、と、賢者・監視者・武官は小声で話し合った。


     *


 後日、監視者たちのもとへ3つの小さな小瓶が届いた。この間のお礼に、薔薇の花を煮詰めて作った香水です、という添え書きがあったので、3人はそれぞれ、赤・黄色・透明の液体が入った瓶を分け合った。


 そのどれもがいい香りがして、ふたつを混ぜるとさらにいい香りになったのだけれども、3つを混ぜると人糞の匂いになるのだった。


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