仕掛けろ、ポーカー
「お前は何者だ。」
リョーマが問う。
「俺か? 」
少年がニッと笑い、続けた。
「俺は川嶋 暁義。 能力は飛行船を作ること。さっきみたいに攻撃もできるし、偵察もできるぜ。」
アキヨシはそう言って手をさしのばした。
しかしカオルもリョーマも、その手を握ることはない。少し残念そうにして伸ばした手を下げると、アキヨシは後頭部をかいた。
「まぁそうだよねー。いきなり現れて助けられてそんなこと言われてもって感じだよなぁ。あっはははは!」
「………。」
カオルの冷ややかな視線が彼を射抜く。
「まぁあれよ。ぶっちゃけ俺、この能力で先にあんたらのこと見させてもらってたんだよ。俺はあんたらに敵意は無いし、なんなら協力してやろうかなって。」
「…………カオル、どうする。」
「………。」
少し髪が乱れたせいで片目が隠れている彼にリョーマが問う。
「……ぃ…ょ…。」
初めてカオルが喋った。
リョーマと、ピンク色のボール状の生き物が目を丸くして彼を見た。
「……へ? あ、わり。よく聞こえなかった。」
アキヨシにそう言われたカオルは浅く俯くと、自分の前髪を更に乱して両目を隠した。やがて両手で自分の顔を隠し、その場にうずくまった。
「え? あ? わ、わり!! いや、なんかわりかった!」
アキヨシは焦って身ぶり手振りして謝り始めた。
リョーマは深くため息をつくと、カオルの頭をぽんぽんと撫で、慰める。
ピンク色のボール状の生き物も彼に寄り添った。
「…まぁ…こいつが良いなら俺としても構わない。丁度お前のような能力が欲しかった所だ。」
「あ、『いいよ』って言ってくれたのか! なるほどな! えっと、カオルくんだったけ? ほんっっとにわるかった!!」
「…アキヨシも謝ってるんだ。許してやれ…。」
しばらくするとカオルは立ち上がり、しかし目を合わせたくないのか前髪を退かすことはなかった。
「さっさとここを離れるぞ。余計なやつが来ないうちにな。」
「…そ、そうすっか……。…カオルくん…難しすぎんだろ…。」
バトルロイヤル会場であるこの島には、一応休憩できるスポットとしてキャンプ場がある。一行は最寄りのそこへ移動し、疲労を癒していた。
そこにはテントはもちろん、暖を取るために使う薪もある。食料もあるが…これに関しては持ち去っていく者もいるため、あまり期待しない方がいい。
彼らが辿り着いたキャンプ場にはまだ誰も来ていなかったのか、食料も何もかもが初期状態に置かれていた。
食料…これは実際に軍で使われている技術を使ったものだ。
「おいおい見ろよ! ちゃんと人数分揃ってるぜ!」
「こよーっ!」
アキヨシが興奮しながら言い、ボール状の生き物が嬉しそうに跳び跳ねる。
「ラッキー! おいなぁカオル! 見ろってー! スラフ食あるぜ! この袋の中身をお湯に溶かせばお味噌汁が飲めるし、紐を引っ張れば温まって鮭ののり弁が食えるぞ! しかもお茶も飲める! めっっっちゃスラフだなこれ!!」
「………………………………どうでもいい。」
カオルがボソッと呟いた。
テント内にある物を見ているアキヨシとリョーマ。カオルはポケットに手を突っ込んで一人で木にもたれ佇んでいた。
「…完全に拗ねてるな…。ずっと前髪を下ろしたままだ……。」
「俺…初めてちゃんと聞こえたカオルくんの第一声が『どうでもいい』なんだけど……。」
「カオル。拗ねていても仕方ないだろ? こっちにこい。セウフィト風の携帯食料もあるぞ。スラフ、セウフィト、マエニカがあるが、お前はどれがいい?」
この三人のなかでも最も大人っぽい彼は、24歳の立派な成人だ。
ちなみにアキヨシは19でカオルは18なので、必然的にリョーマが彼らを引っ張ることになる。
「…………。」
カオルが口を開いてくれるようになったと思ったが、そうでもなかったらしい。
彼はもしかして極度の“人見知り”なのだろうか?
そう考えると、さっきの「いいよ」の一言にどれ程の勇気が要っただろう。リョーマにもアキヨシにも分かりやしないが、おおよその想像はできる。きっと彼にとってそれは、暗闇の道のなかを灯りも無しに突き進む勇気と同等なのだろう。
「……。」
そう考えると、アキヨシはとても悪い気がしてならなかった。声が小さいのはきっと、暗闇の道を抜き足差し足で通るようなものだ。本人は大分進んだ気でいても、実際はそんなに進んでいない…とか。
「…か、かおるくーん…?」
アキヨシが恐る恐るカオルに近付く。
「………。」
目が隠れているせいで全く感情が読めない。
「…いやぁその…ほんと、悪かった…。」
「………。」
「お前…もしかしたら…色々? …悩んでたかも知れねぇってのに……。」
「…………?」
「ほんと……ごめん…。」
「………。」
カオルはフフッと笑った。
そしてやっと前髪半分をどかして片目を露にさせると、優しく微笑んで首を横に振った。
「許してくれるか…?」
カオルはこくりと頷いた。
「…へへっ…。今度から気を付けるよ。人それぞれなんだから、ちょっとは配慮しろって話だもんな…。」
「…?」
「…なぁ、ちょいちょい『?』って首かしげんなよ…言ってること伝わってねーみてーじゃん…俺は一方的に喋る外国人かよ……。」
カオルはクスッと笑った。それにつられてアキヨシも笑う。
2人が笑顔になっているのをリョーマは見守っていた。
ボール状の生き物はそんなリョーマを見て、その球体を傾げた。
「お前ら、どうでもいいけど早く食え。」
「こよよ!」
「おっと…言われちまったな…。1人で突っ立ってるのもあぶねーし、一緒に食おうぜ?」
カオルは今度こそ素直に輪に入っていった。
食事を終え、ゆっくりしていると空が漆黒に染まっていた。
周りに警戒しつつ焚き火をする。
緊張が続いた中でこの焚き火の温もりが手を介し、上半身に伝わると、やがて全身にそれが染み渡っていった。
この心地よさ、一言で言うならば、“極楽”が適当だろう。
「あ"っだげぇ…。」
アキヨシが言う。
「…そういえば俺、まだお二人さんのこと知らねーからさ。この機会に色々話さね? せめて好きな食いもんくらいは知りてー。」
彼が続いた。
「…話すってお前…。修学旅行にでも来たつもりか? というか…馴染みすぎだろ…。さっき会ったばかりなんだぞ。」
リョーマが薪をくべながら言う。
カオルはずっと丸まって焚き火に手をかざしていた。
「つっても、敵か味方かの明らかな証拠…? って何もなくねっすか? 」
ぱちっと弾けたような音が鳴る。
冷たい風が肌に触れる。
「こよー。」
「…つーかあえて突っ込まなかったけど…こいつこそ何者なんだよ…?」
「こよ?」
ボール状の生き物は球体を傾げ、アキヨシを見つめた。それを彼は持ち上げ、じっとその目を見つめ返す。
「なぁ、こいつのこと、『こよ』って名付けて良いか?」
カオルに向けて言う。
当の彼は目がショボショボするのを感じ、あくびをしながら目を擦った。
「眠そうだなカオル?」
リョーマが言うと、彼はゆっくりと首を横に振った。
「…ここは俺が見張りをしてやる。お前らはゆっくりしてろ。」
「え、あ、だったら俺も…!」
「ダメだ。ここは俺に任せて休め。」
カオルはこくりと頷くと、テントの中へ入っていった。アキヨシもこよを連れ、彼が行くならと続いた。
雲がだんだん分厚くなっているように見えた。肌寒さが増す度、焚き火から離れたくなくなる。それにしてもアキヨシの姿から察するに、学校ではイケイケだったんだろう。だからこんなに早く溶け込めたのかも知れない。
カオルは全く喋らない。感情も中々外に出ないようだ。
それに記憶喪失…。それが因果しているかは分からないしなんとも言えないが、何であれ不思議な男だ。
基本なにも喋らないのに、どうしてか彼を頼ることができる。背中を預けられる。
リョーマはポケットからシガレットケースを取り出し、中にあるタバコを一本、口に咥えた。
ジッポライターで着火させ、一つ吸って吐いた。
「…。」
やめたつもりだった。
けど思い出したくないこと…いや、忘れてはならないことだが、それは今ではないというタイミングに限って頭に浮かぶ。
リョーマは一時的にそれをしずめるために煙草を吸った。
今ではない。今ではない。と、心のなかで何度も呟きながら。
忘れやしない。病室で静かに眠った彼女のことを。最後まで明るく振る舞い、そして朽ちていった美しい花を。
怒りが沸々と沸いてくるが、煙草を吸うと落ち着く。いや、落ち着いたように感じた。
しかし次の刹那、その一時を邪魔する何か、視線が自分を射るのが分かった。
タバコを捨て、変身する。
と同時に、渇いたこだまが空に響いた。
銃声、だろう。
「な、なんだ!?」
アキヨシとカオルが目を覚ます。
リョーマは戦闘の姿に変身し、剣の面をどうやら盾にして被弾を防いだらしい。
カオルらはテントから出ると、腰部分に装着されたスキルトリガーに手を伸ばす。
こよの頭部にある葉っぱに似た器官が森の方向を指し示した。
「あっちの方から…!?」
「この銃声…恐らくスナイパーライフルじゃない…。…今のは…ハンドガンか…!?」
リョーマはチッと舌打ちした。
「発砲した地点から移動していると考えた方がいい…!」
「カオル、俺らも!」
アキヨシがスキルトリガーにカセットテープを挿した。
≪Black or White.≫
≪What color of your mind?≫
≪Tipe airship...!!!!≫
光に身を包まれ、それがおさまると彼の姿が変わった。
パイロットの制服を模した戦闘服が、彼の変身後の姿だ。
「俺の飛行船で!」
いや、肩章がついているせいで軍人のイメージの方が勝っている姿で、彼はどうやって飛行船を出すのか…。笛でも吹いて出現させるのか、或いは……。
カオルも変身する。
≪My fist is breaking the darkness!!≫
≪(Get ready hmm?) weapon the knuckle!!!≫
リョーマの隣に移動し、彼の背中を預かる。
「出すぞ!」
アキヨシが言う。
そして彼は、鼻の穴の一方を押し潰し、片方の穴から空気を出す。
やがて鼻提灯のように白色の風船が膨れ上がり、それは徐々に飛行船の形に変わっていった。
「……………。」
カオルは目を丸くしてそれを見ていた。
驚愕。その2文字に尽きる。
思っていたのと大分違い、ハッキリ言ってしまえばマヌケな召喚方法だったからだ。
しかしそんな方法であるにも関わらず、偵察も攻撃もなんでも来ざれなのだからさらに驚いた。
「いっけー! 俺のエアシップー!!」
3隻生み出し、空に浮かぶ。暗闇の森を上空から見下ろし、その映像をパネルで確認する。
敵の姿はまだ見えない。
が、たぁんという渇いた音が再び響いた。
1時の方向から見えた線が、カオルの右肩にヒットした。
「…っ!」
血が流れる。ズキズキと痛むし、傷口が尋常でないくらいに熱い。
「方角が大分変わった…!? くそっ…ハンドガンな分、身軽なんだ…! カオル、お前は下がってろ!」
苦しそうな表情を浮かべながらも、カオルは首を横に振った。
バトルスーツ姿に変わっている時、身体能力も向上している。なので一気に大移動していたとしてもなんらおかしくはないのだ。おかしくはないのだが…。
また、例のこだまがした。
今度はカオルの足下、地面に被弾した。ちゅんっと一瞬だけ、弾丸が過ぎる音がした。
土が抉れ、足に掛かる。
左斜め前方、すなわち11時の方向からだ。
「…っ!」
「カオルを狙っているのか…? アキヨシ、まだか!?」
「もーちっと!」
まだ掛かるらしい。
上空2隻からと地上1隻からの合計3窓しているわけなので、彼の動きも慌ただしそうだ。
渇いたこだまが空に響く。
今度はリョーマを狙ったらしいが、僅か少し動いたことで被弾は免れた。
「…?」
カオルはここで、何かおかしいことに気付いた。
「…………。」
抉れた土の方向を見る。
次に自分の肩の傷。撃たれたときに見えた刹那の線は、一時の方向からだった。
「ちっ…! いったいどこから…!」
リョーマが言う。
剣に刻まれた弾丸の跡。先ほど、盾にした時に出来たものだろう。
その傷はリョーマ本人から見て“11時の方向”から来ていた。
最初につけられたその弾痕。次に当てられた1時の方向から来たらしい弾丸。
相手が位置を変えたとして…
リョーマとカオルは同じ位置にいる。
「………!」
気付いた。
「カオル、どうかしたのか?」
「…!」
彼は黙って、11時と1時の方向をそれぞれ指さした。
「…敵はこの区間を一瞬で移動していると…?」
リョーマが言う。
しかしカオルは首を横に振った。彼はリョーマに二本の指を立てて、「2」を示す。
「2人いるのか…!?」
リョーマが言うと、今度は首を縦に振った。
「なるほど。了解だ。アキヨシ、見てたな?」
「合点承知! その方向を調べてみるぜ! 見付けたら即反撃!」
初めて連携というものがとれた気がした。
カオルもリョーマも、直進してくる弾丸に警戒しながらアキヨシからの報告を待った。
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