第三次産業革命後
横浜港で初の感染者を出してからひと月が経とうとしていたころだ。
横浜に次いで香港、香港から中国本土へと浸透していくウイルス感染。その後、東南アジア諸国でも感染者の報告があり、イタリアでヨーロッパ初の感染者を確認したとき、ヨーロッパ中がパニックに包まれた。
ロシア本国では、中国方面の地方での感染が確認され始めていた。
本国からの命令が下ってからドイツに入ったルーカスは、フライブルクにある大学病院に配属されることになった。大学病院で内科の医師として就任してからは風邪やインフルエンザなどの一般的な診療がほとんどであったが、しばらくして風邪の症状だった患者が悪化して肺炎になっていく症例が増えていた。
これは中国の研究所での研究ですでに明らかになっている初期症状のうちの一つであった。
一人の少女が診察室にやってきた。
彼女の症状は咽喉が少し炎症を起こしていたための発熱と鼻炎からくる頭痛で典型的な風邪のようだった。
風邪をひくときは気持ちの面で落ち込んでいたりするときが多いように思う。そこで、彼女に世間話を交えつつ、気持ちが落ち込んでしまっていたりしないかを聞き出していった。
「この間、少し落ち込むことがあって、私そこしか家の外に行く機会がないんです。だから、そこに行くのがすごくおっくうになってしまって・・・。」
一つのコミュニティで何か失敗をしてしまうと、逃げ道になる新たなコミュニティが欲しくなるものだ。
気持ちが明るくなると免疫力が上がり、風邪も治りが早くなったり、そもそも病気になりにくくなるという論文をいくつか読んだことがあった。
しかし、精神科や心療内科に勤めている知人は健康状態に何か問題があると精神的につらくなりやすくなることがあって、精神科に来た患者には、はじめに血液検査をして貧血になっていないかを調べることが多いそうだ。貧血になっているだけで気分が落ち込んでしまっていたりすることがあって、それを改善するだけでも精神的に落ち込んでいた気持ちが立ち直ることがある。
だから病院にきたときは日ごろの食事や生活リズムが乱れたことによって精神的に参ってしまっている人が多いため、心を治すよりも先に体を治す方が先だとも言っていた。
そのことを思い出した私は、彼女に血液検査を勧めた。
金をとるためだけに血液検査を頼まれていると勘違いされないように、理由も丁寧に伝えて、彼女も納得してくれた様子で検査することに同意してくれた。
彼女の血液を検査するために三十分ほどの時間を要した。比較的早く検査結果を出すことができる方法だったため、その日のうちに検査結果を伝えることができた。
検査結果としては軽い貧血の症状がみられた。
やはり体が健康でなかったための気持ちの落ち込みが風邪を引いた大きな原因になっていたのかもしれない。彼女には貧血をやわらげるために取るべき食事やカフェインの摂取が欧州の方だと多くなる傾向があるためか、彼女も一日にコーヒーを多い日で十杯も飲むそうだ。コーヒーを飲むときはノンカフェインのものに切り替えるようにした方が良いと伝え、彼女は一生懸命話を聞いてくれていた。加えて、風邪に対する薬もいくつか処方し、彼女は礼を言って診察室を出ていった。
帰宅後、ルーカスはパソコンの電源を入れた。
イタリアで外出自粛宣言が発表され、日本では他者との接触を減らすためにインターネットでのオンライン会議をする企業や学校が増えていることをネットニュースで知り、インターネットでのオンライン会議が主流になっていくことが考えられ、そのためには今まで以上にインターネットの普及が必要となってくることを予想した。
第三次産業革命により二十世紀後半からパソコンやインターネットの普及が図られてきたが、これは第三次産業革命に続くインターネット普及のためのアメリカの戦略ですらあると考えることができた。
だとすると、アメリカがこのようにインターネット普及のためにウイルス流行という現象を引き起こしたとしたら、おおもとのこのウイルス流行は中国での研究ではなくアメリカによる戦略になると考えることもできる。その背景にどのようなものがあるのかはいまだ不明だが、このウイルス流行により最も得をする人間がいるとしたら誰なのだろうか。
自分の考え得る現状の可能性をロシア政府へ暗号文を使って逐一報告する。
現在、ドイツ国内では感染者は続々と出始めてはいるものの、死者数はほかのヨーロッパ諸国やアメリカ、中国に比べると多くはない。中国の場合は人口が膨大であるから、死者数が多くなるのは必然的に思えるが、アメリカの死者数の増え方は医療保険のない国であるが故のものなのかとも思ってしまうが、それを考慮しても相当な数を出していた。