私は、貴方が好きでした
それは良くある話なのだと思う。
貴族が通う学園に、先日まで平民だった少女が、何らかの理由で通うことになることから始まる、使い古された成り上がりの物語。
天真爛漫なその心と、誰もが手を差し伸べたくなるような容姿で、身分ある男たちを虜にし、悪意ある存在を退け、幸せになる。
自らが虐げられていると思う者は、きっと気分の良くなる話なのだろう。
私はちっとも気分が良くないけど。
何故なら私は、その物語の“悪意ある存在”だからだ。
ただ彼を好きだっただけなのに、ただそれだけなのに、問答無用で退けられる。
婚約者なら当たり前のことをお願いしているだけなのに、
私はいつも愛する人にも家族にも、誰にも顧みられることなく、
ただかわいらしく、無邪気な存在が美しくあるためだけに死んでいくのだ。
自分が同じ人生を繰り返していると気が付くのは、
見たことがある風景だとか、
聞いたことがあるセリフだとか、
そんな日常の些細なことからだった。
何かおかしいと感じ始め、物心つくかつかないころには、
あぁ、また繰り返しているのだと当たり前のように思うのだ。
私の人生は、いつも同じだ。
ライサ・メレンチェフとして公爵家に生まれ、
父と母。兄と、弟、そして妹の六人家族の長女として育ち、
特に家族仲も悪くなく、ある程度幸せな子供時代を過ごし、
八歳で王家のお茶会に出席し、
初めて見る家族ではない見目麗しい少年に恋をするのだ。
運よく、数ある公爵家・侯爵家に王太子と同じ年のころの女子は私一人。
私に余程の疵瑕がなければ、順当な選択だろう。
特に何もしなくても、私は王太子の婚約者に選ばれる。
選ばれてすぐ私は家を離れ、王太子妃教育を受けるために王宮で暮らし始める。
初めて選ばれた時は、嬉しかったのだと思う。
初恋の人といつか結ばれ、幸せになれると、疑うこともなかった。
言われた通り勉強し、特に不思議に思うことなく王家の言葉に従い続けた。
王太子の婚約者なのに、顔を合わせることも無く、
婚約者なのに、挨拶を交わすことさえ無く、
婚約者なのに、誕生日を祝うことも無く、
婚約者なのに、エスコートされることも無く、
婚約者なのに、私は王太子のことを何も知らなかった。
十五歳になると、私たちは学園に通い始める。
卒業すれば、私はようやく王太子の妻になる。
それだけが、私を私とする唯一の支えだった。
後一年。
そんな時、彼女は現れる。
かわいらしい笑顔に、優しい声。
正義感あふれるまっすぐな瞳。
貴族階級の令嬢には許されない、ふんわりしたショートカットの髪を揺らして。
驚くような話術と、どんな人にも物おじしない態度。
何もかもが輝いている存在だった。
厳しいマナーや、貴族階級の窮屈な女性たちを見ている男性たちが虜になるのはあっという間だった。
ほんの数週間、いや、ほんの数日で、彼女は王太子の隣にいた。
長い長い婚約期間は、私と王太子の間に何も生まなかったのに。
楽しそうに笑う彼女と、それを優しく見つめる男たち。
私はどうすればいいのか、
泣けばいいのか、
笑えばいいのか、
叫べばいいのか、
悔しいと言う気持ちも、
切ない気持も、
二人を見た瞬間に
いつもどこか遠くに行ってしまう。
長いようで短い一年、
私はまるで操られるように、
王太子の隣に立つ彼女に、
私が考えられるありとあらゆる手段で、
王太子を私に返してくれるよう願った。
その答えは、卒業パーティーで返される。
彼女の取り巻きは、
王太子さえも、私が彼女にしたことを悪だと言うのだ。
婚約は破棄され、
王宮を追い出され、
家族には見放される。
私のことを、何も知らない、知ろうともしなかった癖に、
寄ってたかって私を責めて、そして死に追いやるのだ。
王太子に会えなくとも、言葉をかわせなくとも、
初めて会った日の面影と、遠くから見るその姿に、
いつまでもただただ恋をしていただけなのに。
繰り返しに気が付くたび、訳も分からず、流されるように過ごしていたが、何かを変えれば、何かが変わると知ったのは前回の生だった。
それは何度目の人生だったのだろう?
また繰り返しだと気が付いて、急に全身から力が抜けた。
いつでも私は王太子を好きだったのに、その時は何故か、何とも思わなかった。
好きでも、嫌いでもなく、不思議なくらい何も感じなかった。
ただ王太子を好きだった時には考えられないくらい、自堕落に過ごしていたと思う。
だけど、私以外の物事は、当たり前のように過ぎて行き、
やっぱり卒業パーティーはやってくる。
自分の心に向き合わず、
自分の心にフタをして、
私は“誰か”の言うことを真に受けて、何も言わずにすべてを受け入れていた私が、初めて言い返した。
「私と殿下は政略結婚です。そこに感情はありません。
それは、殿下が一番良くご存じでしょう?
私が誰か、貴方は本当に知っていますか?」
お茶会での挨拶以来、こうして顔を合わせたことも無い。
名前を呼ばれた事もない。
そんな貴方に、私が何を期待するのか……
そう言いたかった。
でも、何故か涙が裏切った。
私は王宮に戻り、陛下に会った。
私にはいつも護衛が付いていた。
取り巻きたちが言う私の悪は、ねつ造だった。
私と王太子の婚約は解消され、王太子たちは毒を飲んだ。
私は家に帰り、しばし家族と過ごした。
ぼんやりと庭を見つめていると、父が近づいてきて言った。
「もう、これからは後悔がないよう生きるんだぞ」
と。
言っている意味が分からなかったが、私は黙って頷いた。
せっかく自由を手に入れたのに、私はその後すぐ病気になり死んでしまった。
家族に見送られながら、私は思っていた。
これでもう、繰り返さないのではないかと。
――――――なんてことはなく。
私はまた繰り返しの人生の最初に立っていた。
私はいつものように、過去を思い出した。
そして、何かを変えれば、何かが変わると言うことも。
王太子に会うお茶会までの時間、私は過去の繰り返しを思い出していた。
つなげれば何十年もの時間があったと言うのに、実のある記憶は本当に少なかった。
あの長い時間で、私が知った場所は、生家と王宮、学園とその道すがら。
私が話したことのある人は、家族と陛下、王妃に宰相、家庭教師と幾人かの侍女と護衛。
婚約者に決まってからの感情は、楽しいことも、嬉しいこともなく、
寂しさと、切なさと、苦しいことばかり。
そして極め付きは、寒気さえ覚える悲しさだった。
あんなに長い時間を、私はなんて無駄にしていたのだろう。
何故、自分で考え、自分の力で何かしようとしなかったのだろう?
その答えは知っている。
私は彼が、好きだったのだ。
自分のすべてを犠牲にしてもいいくらい、好きだったのだ。
こう言うのを、馬鹿の一つ覚えって言うのかしら。
そう、自分を自分で笑った。
そして、また考える。
何故、私は何度も同じ時を繰り返しているのだろう?
私以外、いいえ、私自身、この繰り返しは何の得にもなっていない。
一体何のために、私は、この物語を繰り返すのか……
そしてどうすれば、この物語を終わらせられるのか。
その時、父の言葉を思い出した。
私は今までと違い自分で選んだドレスを着て、
自分で選んだアクセサリーを身につけ、お茶会へ向かった。
いつもなら、呼ばれるまで待っていたけど、今日は違う。
たくさんの少女たちの間を縫って、私はまっすぐ彼の元へ向かった。
堂々と、胸を張り歩むだけで、人々は私の前に道を作る。
彼に取り入ろうと集まる少女たちを押しのけ、私は彼の前に立った。
私を見て、周囲は静まる。
さぁ、何十年分の努力の成果を見せつけよう。
教師たちがほめたたえる立ち居振る舞い。
誰よりも美しいカーテシー。
貴方のためだけに私は社交のすべてを身につけたのだ。
ゆっくりと頭を上げると、彼が驚いた顔で私を見ていた。
さぁ、貴方を好きだった、私を認識しなさい。
強く思いながら、最高の笑顔を顔に張り付ける。
嘘の笑顔ではない。
私の、心からの笑顔だ。
「王太子殿下、ライサ・メレンチェフと申します。私ずっと王太子殿下をお慕いしていましたの。以後お見知りおきを」
「ライサ……」
王太子が私を見つめながら、名を繰り返した。
私はすっきりした気持ちで、頷く。
その瞬間、気持ちいいほど爽やかな風が通り過ぎるのを感じた。
そして、世界はほどけた。
この後、彼女はループから逃れられたのか、
それとも真の悪役令嬢として目覚めるのか、
と言う感じに終わらせたかったのですが……どうでしょう?
テンプレものですが、
最後まで読んでくださりありがとうございました。
またよろしくお願いします。
5/18 文章を少し変更しました。内容に変更はありません。
アルファポリスさんでも公開してます。