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うそつき


様々な食べ物の匂いが立ち込める屋台が並ぶ一角、そこで僕はカエデを待っていた。今日は年に一度のお祭りだ。カエデは毎年この日は忙しいらしいのだが、少しなら時間が取れるということで一緒にまわることになった。


「カナタ、ごめんちょっと遅れた」


息を切らせてカエデが走ってきた。裾が斜めに切られたオシャレなデザインのスカートに上は黒のパーカー姿だ。髪は簡単にまとめられている。


「いや、大丈夫。時間もないし行こうか」

「うん!」


キョロキョロと屋台を見回しながら歩く。


「僕お祭り来るの初めてなんだよね」

「私も屋台を見てまわるのは初めて」

「おーい、そこのカレシ。カノジョにかっこいいとこ見せてかない?」


不意に声をかけられた。振り返ると人の良さそうなおじさんが屋台から顔を覗かせて手を振っている。


「射的屋だって、行こ」


カエデに引かれるまま屋台に近づくと、おじさんがにこにこと説明してくれた。


「へぇ、当てると貰えるのか」

「1セット5弾だ。やってくかい?」

「ああ、頼む」


実弾銃であれば少し触ったことがある。自信満々で狙ったのだが、外した。


「あれ」

「「惜しい!」」


カエデとおじさんがハモる。その後も3度外したところでようやくコツを掴み、5度目でようやくクマのぬいぐるみを取ることができた。受け取ったクマのぬいぐるみを彼女に差し出す。


「はい、あげる」

「ありがとう!大切にする!」


ニコニコ笑う彼女を見ながらクマのぬいぐるみ程度でこんなに喜んで貰えるのならいくらでもプレゼントするのに、と考えているとふと甘い匂いが鼻腔をくすぐった。あたりを見回すと匂いの出どころがすぐに判明する。


「カエデ、あそこのお店行ってみない?」


射的屋からほど近い店を指差す。


「うん、いいよ」


店の前まで行くと、暖簾にりんご飴と書いてあるのが読めた。


「りんご飴......知ってる?」

「名前だけは」


カエデも食べたことはないらしい。


「すいません、りんご飴1つください」

「はい!まいど!」


元気のいいお兄さんから1つ買って2人で齧る。なんだか恋人っぽい。


「んっ、口が、ベタベタになっちゃう」

「食べにくいな、美味しいけど」

「ん〜」

「あと、僕が食べようか」

「ごめん。ありがとう。あっそうだお金半分」

「いいよ、今日くらい奢らせて。片手ふさがってる状態で受け取るのも面倒だし」


彼女はしばらく不満そうに唸っていたが納得したようで頷いてくれた。その後お面屋さんにも行ったが、そこタイムアップだった。


「ごめんもう行かないと、ほんとにちょっとしかまわれなくてごめんね」

「いや、時間つくって貰えただけで十分だよ」

「今度はいつ会えそう......?」


彼女に恐る恐る聞かれて、そうだ!と叫ぶ。祭りに夢中で忘れていた。


「5日後空けられる? 楽しみにしてて」


自信満々に告げる。彼女のためにとっておきを用意したのだ。


「5日後ね。うん、大丈夫。じゃあまた、いつもの場所で」

「うん、また。頑張ってね」


本当にぎりぎりまで付き合ってくれたのだろう、走り去っていく彼女の後ろ姿を見送る。祭りのメインステージを見れないのは残念だが僕もこの後は用があった。名残惜しく思いながらも帽子を目深に被って彼女とは反対の方向へ歩き出す。いつのまに僕はこんなに恋していたのだろうか。





約束の5日後。僕は彼女を連れて図書館に来ていた。町で1番、とまではいかないがそれなりに大きな図書館だ。そして最大の特徴は貴族階級専用図書館であることだ。


「今日は貸し切ったから」


ドヤ顔で彼女に告げるとカエデはわかりやすく驚いてくれた。


「えっ、えっ、そんなことできるの!?」

「まぁちょっと手続きが面倒なだけで貴族の血縁者なら誰でも貸し切れるよ。もともとそんなに稼動率高くないしね」


古書店に連れて行って貰った時に難しそうな本を持っていたから本が好きなのだろう、と思ったのだが大当たりだったようだ。目をキラキラさせている、と思ったら瞬間不安げな顔になった。


「どうかした?」

「あの、楽しみにしててって言ってたってことは、私が本好きなの知ってたの?」

「古書店によく行くならそうなんだろうなって、違った?」


彼女はふるふると首を振る。


「違わない。けど、実はちょっと怖かったんだ、古書店連れてくの。ほら、賢しい女の人って好きじゃない男の人も多いから」

「そんなの気にしないよ」

「ありがとう。すごく嬉しい」


今度こそ満面の笑みでそう言うと彼女は早速本棚の奥へ駆けていった。今回は見失わないように後を追う。着いたのは学術書のコーナーだった。


「難しそうな本読むんだなぁとは思ってたけど、学術書も読むんだ」

「うん............」


と、そこで彼女は言い淀んだ。しばらく迷うように目を泳がせてから彼女は覚悟を決めたような顔になって一息に告げた。


「あのね! 私、天文学者になりたいの」

「え......それは」


その先は言えなかった。はっきり言って無謀だ。学者とは通常貴族に生まれた男子がなるものだ。それなりの教育を受けていたとしても女子には風当たりが強い世界であると言わざるを得ない。所帯を持っていればその風当たりは夫にまで及ぶだろう。しかし、その夢を僕が否定してしまうのはいけない気がした。僕が黙っていると彼女が話を続ける。


「わかってるよ、難しいことは。だけど、それでも、何もする前から諦めたくない。可能性は0じゃないんだから」

「可能性は、0じゃない、か......応援するよ。頑張って」


その言葉に不安そうだった顔がパッと輝く。


「よかった。ありがとう。正直止められるんじゃないかって思ってた」

「正直、止めたいよ。でも、それは僕が口出せたことじゃないだろ。僕が当主になったら女子の学者進出を応援する。約束」



その後はそれぞれ好きな本を読んで過ごした。たまにお互いの好きな本の話をして、たまに読めない字を相手に聞いた。静かな時間を過ごすうちに、時間は飛ぶように過ぎていった。昼には彼女がリベンジで作ってきたお弁当を食べた。今度の卵焼きは焦げていなかった、特訓したらしい。



「なぁ、いつだったか星空を見に行こうって約束しただろ」


午後、読書がひと段落したところで僕は切り出した。


「あぁ、うん」

「今度の祝日、夜空けられそうなんだ。行かない?」

「ほんと? 行く!楽しみにしてる」


パッと顔を輝かせた彼女に少し申し訳なさを感じながらも告げる。


「............たぶんそれが、最後だ」


彼女の顔が曇ったのは一瞬だった。


「............そっか......じゃあ、しっかり楽しまないとね!」


それはたぶん、空元気だった。だけど敢えて指摘するのは野暮な気がして僕は黙っていた。



「ねぇ、こないださ、見ちゃったんだよね。女の人と観覧車乗ってるの」


次に切り出したのは彼女だった。どきりとする。


「あぁ、見てたんだ」


動揺を見せないように答える。


「うん。綺麗な人だったね。ブロンドの髪に黒薔薇の髪飾りがよく似合ってた」

「ああ」


彼女は一冊の本を取り出して言った。


「この本、さっき棚で見つけたんだ。『青薔薇の王子』、古書店でカナタが見てたやつ」

「ああ、覚えてたんだ」

「うん。あの後戻って買って読んだんだ」

「へぇ」


言ってくれれば買ったのに、と思ったけれど。彼女はそういう人だ。


「王子様が平民の女の子に恋をする話。結末、覚えてる?」

「いや、小さい頃に読んだんだ。もう忘れちゃったよ」

「王子様は女の子を選んだ。駆け落ちして、末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし」


しばらく間を空けて続ける。


「でもそんなのお伽話の中だけだよね」


僕が何も言わずにいると彼女がこちらを見て言った。


「馬鹿なこと、考えないでよ」

「......わかってる」


ひどく、胸が苦しかった。







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