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ピクニック


「おはよう」


先に着いていた僕はやって来た彼女に向かって手を振った。


「おはよう!」


カエデは僕に気づくとパッと笑顔になって駆け寄ってきた。つられてこちらまで笑顔になる。今日はTシャツに紺のパンツ姿だ。ポニーテールにまとめられた黒髪が彼女の動きに合わせて跳ねている。


「ほんとにごめんね、待ったよね」


側までたどり着くとすぐさま手を合わせる。


「ほんとだよ、寝坊したんじゃないかと思ってたとこ」

「そこは嘘でも今来たとこって言うところでしょ」

「それで、なんで遅刻したの。珍しい」


彼女のツッコミはスルーしておいて尋ねる。


「今日はピクニックだって言うから、お弁当作っていこうと思ったんだけど」

「卵焼き焦がしちゃった?」


言い終わる前に僕が言葉を継ぐと、彼女は目を丸くした。


「なんでわかったの」

「絶対不器用なタイプだろうな、と思って。まさかほんとに焦がしたの?」

「うるさいなぁ、難しいんだよ? 卵焼き」

「じゃあ、行こうか」


返事はせずに彼女の手を取る。さりげなくできただろうか。自分から手を繋いだのは初めてかもしれない。


「あ、うん」


彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに握り返してくれてほっとする。


向かう先は南町から少し東へ逸れたところにある丘だ。花畑と言うほどではないが、それなりに多く花々や木々が生えていて年中何かしらの花が見られる。これだけ言うと人気スポットのように思われるが、似たような丘が北町の西はずれにある上そちらの方が町から近いためカップルや家族連れは皆そっちへ行く。つまりは穴場なのだ。


丘の上まで登って振り返ると町が一望できた。空は爽やかに晴れ渡っていていいピクニック日和だ。緑の葉はそよ風に揺れ、色とりどりの花も咲いている。赤い花はゼラニウムだろうか。クロユリも咲いている。この辺りではあまり見かけないのでレアだ。


「この辺にしようか」


手近な木の下に辿り着くと僕はそう彼女に声をかけて持っていたバックパックからレジャーシートを取り出した。黄色一色のシンプルなものだが、人が3人は寝れる程度の大きさがある。


「うん............あ、手伝うよ」


シートが風で飛ばないよう2人で手分けして杭を打ち付ける。それが終わると僕はさっそく荷物を放り出し、靴を脱いでシートの上に寝転がった。太陽が眩しくて目を細める。彼女も隣に寝転がるのが気配でわかった。


「気持ちいーー」


ググッと音が聞こえそうなくらい彼女が伸びをした。


「カナタはここよく来るの?」

「いや。よくってほどじゃないよ、たまに。でも、カエデをここに連れてきたいなって思ったんだ」

「ふふっ、そっか」


こちらを向いてにやにやするカエデの頬をちょっとしたいたずら心からつつくと彼女はその手を振り払って起き上がった。


「またそういうことする」


ムッとしたような言い方だが、目が笑っている。僕も起き上がって言う。


「カエデがかわいいから」

「だーかーらー」


彼女の顔が赤く染まる。つられてこちらまで恥ずかしくなった。いつも通りだ。彼女が可愛らしいことをして、僕がからかって、彼女はちょっと怒ったそぶりを見せ


「!?............んっ」


キスされた。彼女は頬を染めながらもしてやったりという顔をしている。


「いいでしょう? どうせ、結婚するんだから。少しくらい、バチは当たらないわ」

「............まぁ、それも、そうか」


なんとかそう答えて笑うが、心臓はバクバクである。


「あ、そうだ。お弁当つくってきたんだ。少し早いけど食べよう」


少し露骨に話を逸らし過ぎただろうかと少し心配になりながらも荷物から弁当を取り出す。しかし、彼女はなんとも思わなかったようで、ショックを受けたような、驚いたような、どちらとも言えない顔をしている。


「え......えっ?」

「卵焼きも焦げてないから大丈夫だよ」


皮肉を言いつつ蓋を開ける。中にはおにぎりやブロッコリーといった定番メニューが並んでいる。砂糖をたっぷり混ぜただし巻き卵もある。


「せっかく私もつくってきたのに......」


言葉になっていないが、『私のより美味しそう

』だろうか。


「カエデのも食べればいいだろ、出してよ」

「え、これと並べるの」

「大事なのは見た目じゃなくて味だろ」

「見た目も大事だよ!いただきます!」


言ってだし巻き卵を頬張って......おかしな顔をする。


「あれ、美味しくなかった?」


彼女はぶんぶんと首を振りながらようやく卵焼きを吞み下してから口を開いた。


「ちっ......違うの。美味しいんだけど、その、予想外の味だったというか」


言いながら自分の鞄からお弁当を取り出す。一部のおかずは僕のものと被っているが、こちらの主食はおにぎりではなくサンドイッチだ。


「食べてみて」


言いながら少し焦げた卵焼きを手に持って差し出してくる。これは、あーん、というやつなのでは。少し迷ったが、思い切って口で受ける。もぐもぐと咀嚼するとようやく僕にも彼女の言っていた意味がわかった。彼女の卵焼きはしょっぱい味付けなのだ。


「ね?」


わかったでしょ?とでも言うように聞いてくる。


「ああ、しょっぱい方が好きだった?」

「ううん。家でいつも食べるのがしょっぱかったから......甘い卵焼きなんて初めて食べたかも。すっごく美味しい」

「そっか、よかった。卵焼きとか初めてつくったから上手くできたかちょっと不安」

「初めて!?」


言い終わる前に彼女が叫ぶ。


「う、うん」


彼女はがっくりポーズでうなだれている。どうやら、彼女は初めてではなかったらしい。


「げ、元気出しなよ。大丈夫だよ、美味しいから」


肩を叩くと彼女は顔を上げた。


「うん。ありがとう」


そしてケロリと明るい顔に戻って言った。


「気を取り直して。サンドイッチ食べてみてよ、こっちはちゃんと美味しいはずだから!」

「まぁ、重ねるだけの料理失敗しようがないもんな」

「そういうこと言わないのー」


そうして一通りの料理に感想を言い合いながらのんびりとお弁当を食べ終えると日はとっくに中天を過ぎていた。


「あーー美味しかった!」


空になった弁当箱を片付けてから僕は再度シートに寝転がった。日が暑いくらいに燦々と輝いている。ぽつぽつといたカップルや家族連れも帰ってしまったのか、聞こえるのは風の音だけだ。


「食べてすぐ寝ない方がいいよー」


言いながら彼女は眩しそうに空を見上げる。それきり会話は止まった。時たま思い出したようにぽつぽつと話しながらも静かな時間が流れる。しかし不思議と居心地は悪くなかった。流れる雲を眺めながらそよ風と彼女の息遣いに耳を澄ませる。ウトウトと微睡み始めた頃、町の方から鐘の音が聞こえてきた。時報だ。名残惜しく思いながらも上体を起こす。


「ごめん。もう行かないと」

「うん」


のろのろと立ち上がる。手早くシートを片付けてバックパックへ入れていると彼女が話しかけてきた。


「ねぇ」

「ん?」

「空がすごく広い。夜になったら、きっと星が綺麗に見えるだろうね」

「............そうだな」


言って空を見上げる。このまま、夜までここにいようと言えたらよかったのに。


「そうだ。今度、夜にここに来よう」

「そんなことできるの?」

「なんとかしよう。約束」


そして次に会う約束をしてから、またねと声をかけて別れる。こうやって手を振って別れることがあと何度できるのだろうか。


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