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初デート

これは僕と彼女の1ヶ月間の物語。


「はじめまして」


そう言って扉から現れたフィアンセは僕にはもったいないくらい美しい女性だった。その優雅な所作は育ちの良さを伺わせ、その顔に湛えた微笑みは月並みな言葉だがまるで女神のようであった。薔薇の花をかたどった美しい髪飾りもその優美さの前では引き立て役に甘んじている。


僕らのような貴族間において親の決めた婚姻は珍しいものではない。会ったその日に結婚する者もいるくらいだ。式は1ヶ月後と決められた。その日に僕は結婚可能な年齢になる。当人の選択権はないも同然である。僕のような下級貴族と結婚させられるなんて、相手からしたらとんだ災難だろう。うちの親が弱みでも掴んでいるのかもしれない。


「では、私は失礼しようか」


僕が美しさに呆けている間にその言葉だけを残して親は満足げな笑みとともに部屋の外へ消えていった。


「……あ。えっと、はじめまして。カナタです、って知ってるか」


なんとなく名乗ってしまってから必要なかったことに気づく。取り繕うものの僕の乾いた笑い声だけが虚しくこだました。


「……んっ、ふふっ」


僕がどうすることもできずに戸惑っていると堪えきれないとでも言うように吹き出す声が沈黙を破った。


「え?」

「あははっ、すっかり私に見惚れてたでしょう。かーわいい」


先ほどまでの優雅さはどこへやら、目の前の美しい女性、いや今となっては可愛らしい少女は目に涙すら滲ませながら笑っていた。


「んふふっ、堅苦しいのは嫌いなの。期待させちゃったみたいでごめんなさいね」


目じりの涙をぬぐいながらそう言って悪戯っぽく笑う。黙って大人しくしていれば美人なのに、笑うだけで随分と幼い印象に変わる人だった。そして、ひとしきり笑ってから唐突に告げた。


「ねぇ、せっかくだから結婚する前にさ......」


少し頬を染めて、上目遣いで。


「デート、しない?」



貴族の結婚はその業務の開始を示す。所帯を持つことで本格的に親の後を継ぐ準備が始まるのだ。そうなればもう『恋愛』をしている時間はなくなるだろう。結婚までの1ヶ月、それが僕と彼女に事実上残された時間だった。




「ごめん、待った?」


彼女の後ろ姿を見つけて声をかける。


「全然」


ふふっと笑いながら彼女は振り返った。サラリとした黒髪を今日はおさげにしている。髪型が変わっても気づけるのはいつも同じ髪飾りをつけているからだ。美しい白薔薇の髪飾りが彼女の黒い髪によく映える。


「ねぇ、本当に良かったの?」


彼女が少し心配そうに尋ねた。


「何が?」

「わかってるくせに。結婚するのにこんなこと」

「僕がそうしたいからいいんだよ。だいたい、言い出しっぺはそっちだろ」


彼女の言葉を遮って答える。


「それは......そうだけど......」


それでもまだ不安そうにする彼女に僕は笑いかけた。


「それより、今日のワンピース可愛いね」

「ありがと。新しく買ったのよ」


こちらの意図を汲んだのだろう。嬉しそうにそう言って彼女がくるりと回ると、ピンクの小花柄のワンピースがヒラリと揺れた。


「よかった」

「何が?」


不思議そうに小首を傾げる。あざとい。


「そっちも楽しみにしてくれてたみたいで」

「そりゃあ............これが、最後のデートになるかもしれないし......」


語尾はぼそぼそと小さくなりながら彼女は少し頬を赤くして答えた。


「僕はそのつもりはないけど」

「でも、カナタだって忙しいでしょう?式に向けた準備とか」

「カエデのためなら時間くらい作るよ」


言ってから我ながらクサイ台詞だと自嘲する。


「私だって、カナタのためなら時間くらい作るけど......って、なにニヤニヤしてるの」


知らず口元が緩んでいたらしい。


「いや、ごめん。普段は美人なのに僕の前では可愛らしい顔を見せてくれることが嬉しくて」


彼女の顔がカーッと真っ赤に染まる。ほら、可愛い。


「もう、初めて会った時はあんなに可愛い反応してくれてたのに」

「カエデがボロを出すのが早すぎるんだよ」


そんなことを話していると、ゴーーーーンというチャイムの音が聞こえてきた。時報だ。


「あっ、ほらカナタがくだらないこと言ってるから。早く行こう、今日は私がエスコートするんだから」


そう言って僕の手を引いて歩き出す。照れ隠しだろう、まだ耳が赤い。

先にくだらないことを言い出したのはカエデの方だろ、という言葉を飲み込んで僕は手を引かれるまま歩き出した。



カエデに連れられてたどり着いた店は古書店だった。少し埃っぽい店内には古書が発する独特の香りが広がっている。


「古書店なんて初めて入ったよ。カエデはよく来るの?」

「ええ、独特の雰囲気が好きでたまに。それにここなら本も安いしね」

「本くらい僕が新品を買ってあげるのに」

「それは遠慮しておく」

「遠慮なんて」


しなくていい、と僕が言おうとすると彼女にしっ、と人差し指を唇にあてがわれた。思わずどきりとする。


「書店では静かに、ね?」

「あ、あぁ。ごめん」


僕が小声で答えると、彼女は満足げに頷いて本棚の奥へと消えていった。僕がはぐらかされたことに気づくのはもう少し後のことである。慌てて彼女の後を追うも、所狭しと立ち並ぶ本の森の中で完全に彼女の姿を見失ってしまった。

仕方なくキョロキョロと本を眺めながら彼女の姿を探し歩いているとふと一冊の本が目についた。


背表紙には『青薔薇の王子』の文字。


「懐かしいな......」


思わず手に取る。幼い頃に読んだお伽話だ。たしか内容は、王子様が身分違いの恋をする話だった気がする。好きな女性と王子としての責任の間で板挟みになった王子は......王子は最終的にどちらを選んだのだったか。


「何を見てるの?」


僕が結末を見ようとページをめくろうとしたその時、背後から声をかけられた。振り返るといつのまにかカエデがいた。僕の手元の本を覗き込んでいる。


「いや、なんでもないよ。それよりそっちは?」


僕は手に持っていた本を書棚に戻しつつ、彼女の手に持っている数冊の本を示す。


「あぁ、読みたかった本が見つかったの。今日は運がいいわ」


そう言ってニコニコと本を抱えた。ぱっと見でも難しそうなタイトルが並んでいる。


「何の本なんだ?」

「まぁ、小説とか」


誤魔化すように笑って続ける。


「カナタは欲しい本とかなかった?」

「あぁ、僕は別にいいよ。その本の代金、出すから貸して」


そう言って差し出した手は、彼女に掴まれた。


「もうお会計済ませたから大丈夫」


いつのまに。


「さ、次の店行こ。あと装飾屋さんと服飾屋さんにも行きたいの」


そのまま手を引かれる。


「引っ張らなくても行くから」

「そうじゃなくて。私は、手が繋ぎたいんだけど」


照れたように答える。


「......っ、あ、そっ......か」


つられてこちらまで赤面してしまう。



その後まわった装飾屋と服飾屋でもまた僕がかっこよく奢ってみせることはできず、あっという間に日は傾いていた。ゴーーーーンと時報の鐘が無情になる。夕日に照らされながら商店街を彼女と手を繋いで歩く。この時間がずっと続けばいいのに、なんて考えてしまう。


「今日、楽しかった。ありがとう」

「いや、僕も楽しかったよ。普段入らないような店にも行けたし」

「うん。今日は私に付き合ってもらっちゃったから、今度はカナタの好きな場所ね?」

「ああ」


そんなことを話しながら歩いていると、不意にグイと繋いだ手が後ろに引っ張られた。見ると彼女がショーウィンドウを見て立ち止まっている。視線の先を見ると青色のピアスが飾られていた。


「欲しいの?」

「あっ、ううん。ごめん、行こ」

「買ってあげるよ」

「いいよ」

「いいから」


そう言って店に入ろうとするが、強い力で腕を掴まれた。


「ほんとに!ほんとにいいから」

「えー」

「早く行こ!」


ほとんど引きずられるようにしてショーウィンドウの前を離れる。


「気にしなくていいのに」

「そういうことじゃないの」


声に冷たさが混じる。なにか彼女なりのポリシーがあるのかもしれない。余計なことは言わないでおこうと思い、また大人しく歩き出す。


お互いに歩幅が小さくなっていく。少しずつ、南北の境が近づいてくる。


この町は北町と南町で対象なつくりになっている。別に敵対しているとかではないが、基本的に同じ町内の店に行く方が近いためあまり人の行き来はない。僕たちは2人とも北町に住んでいるが、今は南町に来ていた。境まであとおよそ20メートルといった距離まで近づいたとき僕たちは繋いだ手を解いた。二言三言、次に会う約束を交わしてから彼女が笑って言う。


「またね」

「あぁ、また」


彼女はそのまま手を振って駆け出していく。僕もそれに手を振り返してから、ゆっくりと歩き出した。



--------数日後---------



カナタは自室で座り心地の良さそうなソファに腰掛けてお茶を飲んでいた。隣にはブロンドの髪を長く垂らした美しい女性が座っている。


「カナタ、私貴方のこと本当に愛しているのよ?」

「それは、ありがとうございますカヤさん」

「カナタも私のこと愛してる?」

「えぇ、何を言わせようとしてるんですか」


そう言って驚いたように身を引く。


「なーに?言えないの?」

「そういう、わけでは............ないですけど......」


カナタはそう言って顔を逸らした。


「それとも何。心に決めた女の子でもいるの?」

「それは貴女ですよ。カヤさん」


一本取ってやったと言うようにニヤリと笑って答える。


「あら」


カヤと呼ばれた女性は頬を染めた。


「ねぇ、私もっと貴方と仲良くしたいわ」


そう言って腕を絡ませる。


「......っ、ちょっとカヤさん。人が来ますよ」

「別にいいじゃない。見せつけてやりましょうよ」

「そういうわけには」

「貴方には私がお似合いなんだ、って」

「それは」


カナタが困ったように言葉に詰まる。すると、カヤはすっと絡ませていた腕を解いて身を引いた。


「ごめんなさい。困らせたいわけじゃないのよ。でも、私は貴方のことがどうしても」


カナタの手がカヤの頭に伸びた。そのままゆっくりと頭を撫でる。


「大丈夫ですよ」


カヤがその手を振り払う。


「ちょっと、撫でないでちょうだい。私の方が一応歳上なのよ」

「1つしか違わないじゃないですか」


そう言って笑う。と、急にカヤが真面目な顔になってカナタに向き直った。


「ねぇ、1つだけお願いしてもいい?」

「1つと言わず、いくらでもどうぞ」


カナタが笑って先を促す。


「その......」


一瞬言い淀んでからカヤは一息に告げる。


「私のこと、愛してるって、言ってくれない?」


カナタはキョトンとしてからふっと吹き出した。


「そんなことですか」

「私には大事なことなのよ」

「わかりました」


カナタはゴクリと唾を飲み込んでから噛みしめるように言った。


「愛していますよ。カヤさん。これからもずっと」



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